第5話

小テストが終わって二週間が経った頃、柊木が調べた『龍忌堂』についての話を聴いた。

かれこれ時間が空いているのは調べるのに時間が掛かった事と、漆池の身体が空いていなかっただけである。

「一応調べたンやけど〜……」

「…………? どうした?」

少し言いづらそうな柊木に首を傾げながら問う。

「イヤ……少し言い難い事なんやけどな?」

「…………? あぁ……?」

「先に言うとく。『龍忌堂』なんて名前の店、一つも無いで。此処だけや無い、日本中に存在してへん」

「な……ッ!?」

「ホンマに無いんや。潰れてしもとる訳でもない、見付かりにくい訳でもない。元から無いんやそんな名前の店は▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪

「けど、深谷さんは……ッ!?」

「やから噂だけなら▪▪▪▪▪あるんやないかって此処ら辺りの噂を探ってみたんや。そしたら噂話は▪▪▪仰山あった……」

柊木は珍しく顔を顰めながら言った。

「噂はあるのに、実際には存在しない。こんなおかしい事は俺が調べてきた中でも、無かった事や。故に俺もどう調べたモンか解らへんかってん……」

「…………なァシュウ。ソレならこうも考えられないか?」

漆池は腕を組んで考えながら言った。

「…………シュウが調べてみて噂はあったんだよな? なら存在自体はあるんだ、多分。けど、現実の記述としては無いモノとして扱われてる。という事は……」

「今の日本じゃ勝手に店を開くッちゅう事は出来へんからな〜……」

「…………だったらこの世のモノじゃ無かったとしたら?」

「……………………は?『この世のモノじゃ無い▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪』やて?」

「…………仮に、だけどな。この世のモノじゃ無かったとしたら、噂話だけが存在してても納得出来る」

「けど、そんな事あるんやろか……?」

怪訝そうに柊木は呟いた。

「…………さァ……?」

「『さァ……?』て…………シユウらしゅう無いなぁ?」

「…………ン〜……確信が無いからな。なァ……若しかして、龍忌堂の話に狐が出て来ないか?」

「お? 知っとるん? 白い毛並みの狐〜」

柊木がコンコンッと狐の真似をしながら言った。

「…………その狐って……」

「何でもその狐って……」

「「え?」」

二人同時に話し掛けて暫く互いを見つめ合う。

暫くして柊木が

「シユウから言ってエエで?」

と笑って言った。

一拍置いた後、優弥は口を開いた。

「…………その狐って、なんて言うか人を馬鹿にしたような笑い方、するんじゃないか?」

「そうやな〜俺が聴いた話では『ニヤリとわらう』そうやで? それこそ人を小馬鹿にしたような、な……」

「…………やっぱり……」

──あの時の狐が『龍忌堂』に関わりのあるモノ▪▪だったのか……道理で狐にしては妙に人間臭い▪▪▪▪と思った訳だ………

「シユウ見た事あるんけ? 何でもその狐、誰でも見れる存在や無いみたいなんやけど……?」

「…………一度だけ……一度だけ、ソレらしきモノを見たことはある。けど本物かは解らない。すぐに消えたからな……」

「ふむ。その狐にも名前はあるらしいんやけど、どうもハッキリせぇへんねん。まるで雲隠れしたように▪▪▪▪▪▪▪▪曖昧や」

「…………雲隠れ、か……」

『龍忌堂』に行ければ謎は解決するのだろうが、まず其処に行く為のドアが開いていない。誰にでも開くWelcomeウェルカムな場所では無いのだから……

「「うーん……」」

二人共唸った。どうすればその扉が開くのだろうか? どうすれば『龍忌堂』がある場所に行けるのだろうか?

「…………行ってみるしか、無いよな……」

「…………せやなぁ……」

二人は下校のチャイムがなるまでずっと呻いた。

帰り道に柊木がハァ〜ッと溜め息をつく。

「ホンマに『龍忌堂』は何処にあんねや……」

「…………あの白狐に会えれば、行けると思うんだが……」

「せやね〜……あ」

「…………シュウ? どうし……あ」

二人の目の前にその▪▪白狐が鎮座して例のあのニヤッとした笑みを浮かべていた。

白狐は二人を暫く見てクルリと背を向けて走り出した。まるで『付いてこい』とでも言っているように……。

「シ、シユウ! 追うで!」

「…………あ、あぁ……」

慌てて白狐の後を追う。何処をどう走り抜けたのかは解らない。だけど気が付けば目の前に古ぼけながらも立派な店があった。脇に立て掛けてある看板に書いてあった名前は……『龍忌堂』。まさに二人が探していた店だった。

「え、マジか……着いてしもたやん」

「…………此処が、『龍忌堂』……」

「どないする? ……着いてしまったんやし、入ってみるか?」

「…………だな……」

意を決して二人はガララ〜ッと懐かしい音を立てて戸を開ける。

「…………し、つれい……します?」

「…………し、失礼しても、エエやろか……?」

恐る恐る中に向かって声を掛ける。

すると奥の方から誰かが出てくる音が聴こえてくる。

心が飛び跳ねるのを理解しながら二人は人を待った。



「じ〜ん! また来たぜ〜」

「…………………………あぁいらっしゃい。いつも元気ですね……」

「そう言う仁はいつも以上に顔色が悪いぞ? どうしたんだ?」

「…………………………単に寝不足なだけですよ……」

「そんな風には見えないけどなぁ〜」

龍忌堂店主秘洲仁は馴染み客である龍神堂たつみどうと話していた。

龍神堂は人間世界で所謂『情報屋』として存在しており、時々こうして情報をくれる為に龍忌堂に来る。

仁が龍忌堂に来る前から通っているそうで、オーナーの更夜とも仲が良い。

「…………………………今回のご要件は?」

「あぁいつものヤツとお前の身体について」

「…………………………なんで俺の身体なんですか……」

「仁が心配だからだろ〜? そろそろ食欲無くなる時期に入るだろお前」

「…………………………そう、ですけど……」

龍神堂はクシャクシャと仁の柔らかな髪の毛を掻き回す。龍神堂は仁と初めて会った時からこの仕草をよくする。

気に入っているのかどうなのか、よく解らないが龍神堂は仁の髪の毛をクシャクシャと掻き回す。仁が龍忌堂に来るまでは決して見ることの無かった、優しそうな微笑を浮かべて。

──慣れ、ないな……

未だに頭を撫でられるのは慣れない。自分が此処に居て良いと、生きていて良いのだと言われているようで。

此処に来てからずっと今までとは違う扱いを受けた。

間違っても殴られる事は無い。上手くヒトと話せなくても蹴られたりご飯を抜かれる事は無い。無理矢理酒の酌をする事も無い。それはとても嬉しい事だった。

なのに……なのに時々ふと思う。あの時は決して考えなかった事。

──俺は、居ても……良いんだろうか?

あの時は決して考えなかった。考えなくても良かった事。

「仁? どうした?」

「…………………………俺は、此処に居ても……良いんだろうか…………?」

「当たり前だろ? お前はもうここの家族だろ、此処以外に何処に帰るんだ?」

知らず知らずに零した言葉に、龍神堂が笑って返事してくれる。それに少し安心する。

更夜や白夜、極夜には絶対に言えない言葉。あの三人は仁が棄てられた時に助けてくれた、恩人だから。恩人故に、これ以上言えないし、迷惑も掛けられない。俺は耐える事しか、知らないから。俺は自分を傷付けるしか方法を知らない。

だから────

「仁。あまり自分を責めるなよ?」

「!?」

いきなり暖かなモノに包まれて思考が中断される。暖かなモノは龍神堂だった。龍神堂は優しく頭を撫でて仁を抱き締め言った。

仁は自分を責める事しか知らない。自分を責める事でしか自分を守れない。

俺たちは仁を見守るしか出来ないし、優しくしかしてあげられない。コレは仁が自分で乗り越えるべき壁▪▪▪▪▪▪▪▪なのだから。

「俺たちは見守るしか出来ないけど、傍にずっと居るからな。お前を置いて行ったりなんかしないから」

「…………………………うん……」

龍神堂の優しく血の通った言葉が身に沁みる。今まで掛けられた事の無い、優しい言葉は仁の冷たく冷えた心の奥底にまで染み込んでいく。

ガララ〜ッ

店の方で戸が開く音がする。そして一拍置いて少し引き気味の申し訳無さそうな声が聴こえてくる。ソレも二つ。

「…………し、つれい……します?」

「…………し、失礼しても、エエやろか……?」

「…………………………龍神堂さん、客です。行ってきます」

「ん。行ってこい、無理はすんなよ?」

仁は龍神堂の腕の中から出て店に向かう。龍神堂はその華奢な背中を優しく微笑んで眺めていた。

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