捨て犬を拾ったと思ったら妖狐でした

神田未亜

出会い

 小さい頃から、捨て犬や捨て猫のたぐいにやたらと縁があった。

 学校の帰り道や、習い事に行く途中にふと出くわす。

 段ボールに入れられ、雨に濡れている姿なんかを見ると、どうにも放っておけない。

 そうして拾ってくるたびに親には叱られ、もらい手を探すのにずいぶん苦労したものだ。

 探しきれずに結局うちの子になった野良達が、実家には何匹かいたりする。

 

 でも。

 今回の拾いものがまさかあんなことになるなんて、思ってもみなかった。


***


 ふわあ。

 と、木城きじょうゆかりは思い切りあくびをした。

 県立桜木高校。その二年生の教室の一角である。

 ちょうど一日のカリキュラムが終わり、生徒達は思い思いに席を立ち、がやがやと部活や帰り道へと移動を始めたところだ。

「なあに? ゆかり。大きなあくびね。ホームルーム、そんなに眠かった?」

 友人の田端絵美がその様子を見て、からかい混じりに話しかけてくる。

 ショートカットのゆかりに対し、髪を長く伸ばし、しとやかそうな少女だ。

「絵美。ん、いや、そういうわけじゃないんだけど……。ふわあ」

 言っている端からまたあくびをする。

「昨日夜更かししたとか?」

「ううん。夜更かしはしてない。でも、最近なんだかよく眠れなくてね」

「眠れない?」

「うん。夢見が悪いっていうか……」

 絵美はゆかりの隣の席に座る。小首をかしげてゆかりを見た。

「なにか悩み事?」

「悩んでるつもりはないんだけど。でも、なんだろうね。ここ数日、毎日同じ夢をみるんだ。必死で走ってる――何かに追いかけられて、一生懸命走って逃げてる。そんな夢」

「……いやな夢ね」

「そうなんだよ。夜中に目は覚めるし、起きたときには心臓はどきどきしてすごい疲れてるし。もうやめてほしい」

「毎日同じ夢を見るっていった? 偶然じゃないのかしら。何かを暗示してるとか」

「ええ? やだよ。そんなの、絶対悪い何かじゃん」

 ゆかりは肩をすくめる。

「たまたま疲れてただけだって。きっと。ただの偶然」

「だといいけれど」

「不吉なこと言わないでよね。……ふあ、今日は早めに寝ることにするよ」

 そんな話をして、絵美と別れた。


 帰り道。

 ゆかりは眠気を我慢して、とぼとぼと歩く。

「ほんとに、今日くらいはゆっくり寝たいな……」

 あくびをしながら帰り道を辿っていたとき。

 道端に、何かが落ちているのが目についた。

(……なに? 大きいゴミだな)

 だが近づいてみると、ゴミではないことに気がついた。

「ちょっと……事故にでもあったの?」

 思わず駆け寄る。

 横たわるそれは、明らかに小動物を思わせる、毛皮の塊だった。

 薄茶色の毛皮は薄汚れていて、ぼろぼろだ。

 ぐったりと道路に伸びている。

 駆け寄ったゆかりは、ざっとその小動物らしきものの外見を確認した。

 幸いにも、どうやら、外傷はないようだ。

 丸まっていて何の動物かはっきりしないが、三角形の耳が見える。

 ――と、そのとき、耳がぴくりと動いた。

「――! まだ生きてる!?」

 ゆかりはそっと毛皮に手をあてた。

 ……温かい。脈打っている。

「ちょっと、きみ、大丈夫?」

 軽く揺するが、反応はない。

 生きてはいるものの、瀕死の状態であるようだ。

「怪我とかはなさそうだから……行き倒れかな? お腹減ってたり、衰弱してるとか……」

 ゆかりはしばし考えた。

(お父さんお母さんは怒るんだろうな。またそんなの拾ってきて!って)

 でも、こんなに弱っているところを見つけたからには、放ってはおけない。

 ゆかりはその小動物をそっと抱え上げ、自宅へと連れ帰った。


「ただいまー」

「おー、姉ちゃん、おかえり……って何だよその毛玉!」

 家に帰ると、弟の貴志たかしが先に帰っていた。

 貴志は一つ下の高校1年生。まだあどけなさの残るかわいらしい顔立ちをしている。

「毛玉とは何よ毛玉とは」

「なんだよ、またなんか拾ってきたの? なんでもかんでも拾ってくるなって、いっつも怒られてるだろ?」

「わかってるよ、わかってますよ。……でも、この子すごい衰弱してるんだもん。放っておけなくて」

「お人よしだなー。父さんたちに怒られてもしらねーからな」

「いいよ。甘んじて受ける」

「にしても、何? そいつ。すげー汚れてんね」

「そうなんだよね。とりあえず、お風呂にいれてくるよ。このままじゃ家の中汚しちゃうし」


 風呂場で、ぬるま湯を流す。

 お湯を嫌がるかと思ったが、そうした素振りはない。

「身動きがとれないほど衰弱してるの? それとももともと入浴好きなの……?」

 だがどことなく、表情を見ている感じでは気持ちよさそうに見えた。

 シャンプーを泡立て、くすんでいた毛皮を綺麗に洗い流してやる。

 そうすると、毛皮は見違えるように美しくなった。

 指どおりはすらりとなめらかで、つやつやしている。

「きみ、綺麗になったねえ」

 タオルで拭いてからよく見てみると、小動物はどこか不思議な外見だった。

 全身のサイズは両手に乗せて少し余るほど。丸まっている姿はまさしく毛玉だ。

 顔は犬のような、狐のような、どちらともつかない風貌をしている。

 ただし、しっぽはなかった。

「なんだろう? 狐っぽいけど、この辺に狐なんて出たっけ?」

 首をひねるが、小動物は知らぬ顔で目をつぶっていた。


「お風呂あがったよ」

「おつー。ん? なんかそいつ、すげー綺麗になったね」

「そうなんだよね。洗ってみたら、怪我もないし、毛並みもさらさら」

「それ、狐じゃね? 狐って何食うの?」

「なんだろう……」

 謎の小動物をキッチンへ連れて行く。

「まだ小さいよね。子供かな……。牛乳とか、飲むかな?」

 小皿に牛乳をそそいで、小動物の口元へ差し出す。

 目を閉じ、くたりとした小動物は、しばらく動く様子がなかった。

 だが、しばらくすると――。

「わあ!」

「おっ、飲んでる」

 ちろり、ちろりと牛乳をなめ始め、やがてぴちゃぴちゃと飲み始めた。

「よかった。食べる元気はあるみたいだね。ご飯は……と。昨日の残り物とか、食べるかな?」

「とりあえずやってみたら?」

 細かく刻んで差し出すと、それも小動物は食べ始めた。

「あ、目が開いた。しっかり食べてる。ちょっと元気でてきたのかなあ」

「まんまるで、真っ黒できらきらして、綺麗な瞳だな」

「よくみると凛々しい顔してるね、この子」

 きょうだいで和気藹々わきあいあいと批評しあう。

 しばらく食べ進めると、小動物はむくりと立ち上がった。

 ぺろりと舌なめずりをする。

 ぐったりしていた先ほどまでと違って、元気がでてきた様子だ。

「よかった、ちょっと回復してきたみたいだね」

「だな。しゃんとしてきた」

「ご飯はこれで大丈夫……と。んん、トイレは、とりあえずチビのを借りようか」

 チビとは、木城家で飼っている猫である。成長してもう充分に大きいのだが、子猫のときの名残でチビと呼ばれ続けている。

 そのチビは、小動物を不思議そうに見ていた。

「けんかしたらどうしようかと思ったけど、大丈夫そうだね」

「でも、うちでずっとは飼えねえぞ。ライもいるんだから」

 ライは、木城家の飼い犬。毛並みに雷のような模様が入っていたから、らいだ。

 チビもライも、捨てられていたのを拾ってきた子だ。

「そうだねえ、またもらい手を探さないと。まあ、でも元気になるまではとりあえず世話したらいいんじゃないかな」

「ほんっとにおせっかいだな」

「いいでしょ、かわいいし。この子」

「なんでもかんでもぽんぽん拾ってきたらきりがねーっての。なあ、それより飯にしようぜ。俺腹減った」

「はいはい。今日は私の当番だね。今作るから待ってな」

 木城家の両親は出張で飛び回っていて、なかなか家に帰ってこない。

 そのため、家事のほとんどはきょうだいで分担していた。

 手早くハンバーグとポテトサラダを作り、二人で食べる。

 小動物は静かにその様子を見ていた。

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