第6話 2014年の出来事

 2014年は鬱からはじまりました。会社を辞め研究所を立ち上げたもののコンサルタントの仕事は、開店休業状態。2013年は夏の3週間しか仕事をせず、70万円しか売り上げがありませんでした。私は駅前の一等地に住居兼オフィスを構えましたが、なにぶん体調がすぐれませんでした。4月には情報分析の委託契約の話が出て交渉を進めていたのですが7月に没になりました。退職金も底をつき、とにかく稼ぐ必要がありました。「次世代文明の誕生」という本を出版し、アマゾン・マーケットプレイスで販売できる仕組みを作りました。ここで、銀行から50万円借りました。躁状態でした。リスパダールやベゲタミンを飲んでいました。

 妄想が出ました。2015年4月○○大学学長就任予定。2015年3月○○株式会社取締役就任予定。これらは、facebookのタイムラインに書きました。8月はいったん冷静になったのですが、9月になっておかしくなりました。画期的な日本の防空システムを開発したので、防衛省から25億円の報奨金が現金輸送車で運ばれてくるはずだと思いました。

 私の躁うつ病の特徴は妄想があることです。非定型精神病と診断されたこともあります。初診前から薄っすらと妄想はありました。ノストラダムスが予言した世紀末の大王は私だという妄想です。それには、世界を驚かす論文を書くことだと思いました。誇大妄想、重要人物妄想です。実際にちまちま論文を書いていたのだから笑えます。いや、笑えないか。

 9月の月曜日、私はマンションに空き巣が入ったと警察を呼びました。女性警察官に障害者手帳を見せました。荷物を持ってと言われ、警察署に呼ばれました。1時間ほど熱弁をふるいました。きっと支離滅裂なことを言ったのでしょう。私はワゴン車で山奥の病院に運ばれました。時間は夜になっていました。即、入院です。私は脱走を試み、失敗して保護室に入れられました。リスパダールを1日12mg飲まされました。妄想は2週間ほどで無くなりました。

 数週間して敵対していた母が来たのには驚きました。主治医は、母親と仲良くすること、家賃の安い場所に引っ越すこと、退院後半年は仕事をしないことが退院の条件だと言いました。病院ではこれを「環境調整」と呼んでいました。人権問題だと思います。

 通帳に残高がほとんど無いことを指摘されたので、その気になれば1ケ月100万円は楽に稼げますというと、永久入院だといわれました。

 懇意にしている弁護士に電話で相談しました。そんなことを言われる筋合いはないが、入院していては話にならないと言われました。

 行政の相談員は医師に従えと言いました。そして生活保護になれと言いました。妻とは離婚の話が出ており、これを機に離婚することにしました。外泊中に大阪の喫茶店で、妻と娘が来て、ささやかなお別れパーティーをしてくれたのは嬉しかったです。

 とにかく1ケ月の収支をベースに家賃の安いところに引っ越す。短絡的なマニュアルを押し付けられました。とにかく退院しなければなりません。何度も長期の外泊をし、不動産会社と打ち合わせを行い、物件を決めました。

 行政の相談員は有無を言わせず、引っ越し代は社会福祉協議会から借りろと言われました。無審査で300万円くりなら借りられる私がなぜ、と思いましたが、相談員と議論しても無駄だと思い何も言いませんでした。面倒なことに、二人の民生委員と話をしないといけませんでした。融資の審査の関係で、引っ越しは翌年の1月になりました。

 主治医は、一人暮らしは高いハードルだね、と言いました。当然、父母にも一緒に住めないか打診したのですが、無理という回答でした。

 精神障害者の私は、引っ越しまでの緻密なスケジュールを作り、友人の協力を得て、無事引っ越しに成功しました。退院が1月9日。引っ越しが1月28日。役所や金融機関などの住所変更手続きも完璧に行いました。

 能力はある。しかし、狂っている。それが私なのです。

 引っ越したこと、生活保護の道筋をつけられたことで、私はブランド品、パソコン、本をほぼすべて処分しました。後は場末で生き延びるだけ。すべての過去を清算したつもりでした。

 新しい生活が始まる。悲嘆と安堵。しかし、それも長くは続きませんでした。(了)

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