第3話 事のはじまりはじまり その2

 「ただいまぁー」


 誰も居ない部屋に帰宅の挨拶、これほど虚しい行為も他にはないだろう。

 私はある案件にかかりっきりで、正月休みを取れなかった。

 なので、元旦から仕事をして居るわけだ。

 昨日は大変だった、寝る前に部屋の血を出来るだけ落とし手の治療をして金槌も洗って。

 そして今日は仕事…、少し眠気がするがあの穴が消えないうちに遊びつくしたいって気持ちもあった。

 今日は準備万端、武器を手元に用意して、懲りずに釣をするのだった。

 

 今日は何を餌にしようかな? 肉は肉食が寄ってきそうだし甘い菓子でもつけてみようかな?

 我ながらアホな考えだったが、これが釣果に繋がった!

 グングンっと手応えがあり、その後はびくともしなかったので根掛かりかと思ったが、またビクビクンっと引っ張られた。

 巻き上げる手応えは軽く、これは糸が切れたかと思ったが針は残っていた。

 そして、針には手紙が刺さっていた。


「こんにちは、はじめまして私は野上康介と申します。

 針に付いていた和菓子は、有り難く頂戴しました。

 久し振りの日本の食べ物は、涙が出るほど美味しかったです。

 と言うのも、私がこちらの世界に落ちたのは1998年、平成10年の出来事でした。

 当時小学生だった私は興味本位で穴に飛び込み、帰れなくなってしまいました。

 今、糸のゆく先を確認しましたが、かなり空の高い位置に黒い穴が開いています。

 もし出来ましたら私を引き上げて頂けないでしょうか。」

 

 びっくりした。

 向こうに飛び込んじゃった人が居たことも、それが日本人だったことも。

 そして、1998年確かに行方不明になった小学生のニュースがあった、私は覚えていた。

 神かくしだの誘拐だの迷子だのとニュースになった子だ。

 もう18年前の話だ、当時は私も小学生で他人事とは思えなかったからだ。

 

 しかし、そうなると彼はおそらく28歳くらいになる、この40cm位の穴はおそらく潜れないのではないだろうか?

 私は釣針を外すと、先にタッパーを括り付け、中にメジャーと手紙を入れてスルスルと降ろしていった。


「はじめまして、杉浦奈々子と申します。

 まさか日本の方がそちらに居らっしゃるとは思いもしませんでした。

 今こちらは2016年、平成28年となっています。

 穴から引き上げると言う話ですが、こちら側の出口の大きさを計った所、穴円形で直径が36cmでした。

 女の私でさえギリギリ通れるかと言った大きさですので、心配になりメジャーをそちらに送りました。

 体の一番太い所が、それ以下であれば引き上げは可能だと思いますが、丈夫なローブが今はありませんので後日引き上げたいと思います。」


 そして帰ってきた手紙はこうだった。


「杉浦奈々子さん、わざわざメジャーありがとうございます。

 残念な事に、私は育ち過ぎでしまってとても36cmの穴など潜れそうにありません。

 こちらでの生活にも慣れ、特に不自由なく暮らしておりますので引き上げの件は無かったものとして下さい。

 ただ、できればですが、こちらの世界では調味料、特に塩や胡椒が少なく不自由しております。

 少し分けて頂ければ幸いです。

 追伸-出来ればカミソリも在ると非常に助かります。」


 こうして私は異世界に暮らす日本人と文通をする事になった。


 

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