第4回 ~奄美のシマ唄巡礼~

※ これは文字媒体のラジオ放送です

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この放送では、皆様からのさまざまな奄美情報をお待ちしております。

ご意見、ご感想などがありましたらどしどしお寄せください。

なお、この放送はフィクションです。

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「うがみんしょーらん、名瀬高校一年生、奄民あまみん部長のリコです」

「こんにちはー。同じく奄民のミドリです。今日も、『ミドリとリコの“シマ唄きばらんばぁ~”』の時間がやってきてしまいました。どうぞ最後までよろしくお願いします。なお、この番組は『シマ唄の未来を考える、奄民』、奄美民謡研究部の提供でお送りします」


「今なんか『やってきてしまいました』っていわなかった?」

「いや、だってね。シマ唄を標榜しているくせに、毎回毎回シマ唄についてほぼ触れてへんやん? 軽くプレッシャーかけられてる気がするねん」

「わかってるんなら、ちょっとは話題にあげたら?」


「いや、あげなあかんなーとは思うんよ? せやけどなかなか、シマ唄いうても幅広いやん? なにから喋ればいいのやら、よくわからへんやん?」

「まあ、確かにな。歌詞だけでも千や二千じゃきかないもんな」


「それに、島人しまっちゅじゃない人にいきなりシマ唄の話してもわからへんことない?」

「いや、すでに奄美のマニアックなトークしてる時点でついてこれてる人少ないから……」


「それでも、奄美には興味ある人はいると思うけど、シマ唄ってねぇ……」

「シマ唄やってる人間の口からでるセリフじゃないね。そうしたら、こんなのはどうかな。シマ唄ゆかりの地を紹介するみたいな」


「おお、それはありかも!」

「シマ唄ってさ、地名が入っている唄が結構多いんだ。その場所を紹介してみたらどう?」


「リコちゃんが真面目なこといってるわ……」

「あたしはいつだって真面目だよ!」


「はいはい。それで? 地名が入っている唄ってどういうのがあるの?」

「そうだな、例えば奄美自然観察の森がある長雲ながくも峠の地名が入った『長雲節ながくもぶし』だな。これは龍郷たつごう集落と秋名あきな集落の間の峠道を越えて愛しい人に会いに行くときの気持ちを唄ったものだといわれているんだ。


  〽長雲ながくもながさ しのじ ハレ さよじびりゃ

   加那かなうむいなしば くるま ハレ 等原とうばる


 長く急な長雲峠も、峠のむこうで待つ愛する人を思えば平原のようだ、って感じ」


「りこちゃんには当分、縁のなさそうな話やね」

「うるさいな! 放っておいてよ!」


「ちなみに、これって他の歌詞もあんの?」

「あるよ。有名なのはこういうやつ。


  〽西久にしく早走馬はりゃうまに 朱塗しゅぬくらきてぃ

   長雲ながくもば らち きば龍郷たちごう

 

 っていう歌詞で、これは西久にしくという村に、すごく脚の早い馬がいて、長雲を越えて、恋人と一夜を明かした後に、その馬に朱塗りの鞍を掛けて長雲峠を疾走していけば、あっというまに龍郷に帰り着いた、っていう伝説を唄っているんだ」


「ふーん。ところで、その乗って帰ってきた馬ってどうすんの? 乗り捨て?」

「えーと、他の地名の唄? 有名なのはなんといっても『嘉徳かどくなべ加那かな節』だね」


「……いま思いっきり無視したよね? したよね?」

「ちなみになべは人の名前だけど、嘉徳が地名なんだよ。ついでに、歌手の元ちとせの出身集落だよ」


「へぇ、そうなんや? 行ったことないわ」

「大島南部の太平洋側にあるしずかな集落なんだって。アダンの防風林を抜けると、広い浜辺がばーんと広がるその光景に感動するらしいよ」


「らしいって、リコちゃんも行ったことないん?」

「いや、実は一度行こうとしたことはあるんだよ?」


自転車チャリで?」

「さすがに自転車では行けないから! すごく遠いから! お父さんの車で行ったんだけど、本当なら名瀬から国道を通って住用町を越えて、網野子あみのこのあたりで林道に入るルートが早いんだけど、ちょっと色気だしてマングローブから太平洋まわりでいちっていう集落から林道に入ったんだよ」


「ごめん、全然わからへん」

「要するに、20キロ近くもある細い山道を越えるルートで行ったのね。で、あともう数キロメートルで嘉徳に着くってところでさ、倒木があって通行止め。結局マングローブまで逆戻り。あの時のお父さんの絶望した顔が忘れられなかったよ」


「あはは、笑ったらアカンけど、目に浮かぶわ。その顔」

「奄美って雨が降ると普通に道路が通行止めになったりするから。とにかく、この『嘉徳かどくなべ加那かな節』はシマ唄の難曲であると同時に、人気の曲でもあるんだよ」


「あたしまだ唄ったことないねんけど?」

「ちょっと変わってるからな。さんがりといって、三味線の調弦ちんだみも変えないといけないから」


「ふーん。それで歌詞は?」

「北部のカサン節と南部のヒギャ節とでかなり変わるんだけど、おおむねこんな感じ。


  〽嘉徳かどくなべ加那かなや 如何いきゃしゃるれたかぃ

   うやむぃじまち しゅてぃむぃろ


 意味は、嘉徳かどくのなべという女性は、どのような生まれをした人なのだろう。親に水を汲ませて、自分は座ったままで水浴びをするという。って感じの、まあいわば伝説や噂話のたぐいだね」


「リコちゃん、聞いていい?」

「なんだ?」


「なべ加那さんってニート?」

「なんでだよ!」


「いや、座ったままで親に水浴びさせるってあたり。壁どんしたら、水浴びさせろよッ! いつもいってんだろ! って感じの人なんかなって」

「飛躍しすぎ! そうじゃなくて、まあ、諸説あるんだけど、一説にはこのなべ加那は神様のような神々しさがあって、親もそのことを自覚して、娘に対して神様のように敬っていたというのが有力だね」


「ほー、実際はどうやったんやろね。なべさん」

「なんか渡辺さんのあだ名みたいにいわないで……」


「そういえば、なべさんって田辺さんとか稲辺とかには使わへんよね。不思議」

「あはは、確かに。他にもいろいろと地名の入った唄はあるんだけど、カサン節でよく唄われるのに『芦花部あしけぶ一番いちばん節』というのがあるんだよ」


「あしけぶ! あたしの住んでる有良あったの隣!」

「その芦花部にばあ加那かなっていう女性がいて、その美しさにあちこちで噂がたつほどだったらしいよ」


「へえ、ばあさんが」

「絶対いうと思った! ちゃんと若い女の人だから! 超人気だったんだから!」


「いまでいうところの石原さとみ的な?」

「それはどうか分からないけど、とにかくそのばあ加那がすごい人気だったってのが伝説に残っていて、その唄が


  〽芦花部あしけぶ一番いちばんや 上殿地うんとぬちぬばあ加那かな

   小早くばや一番いちばんや 実久さねく小早くばや


という唄が有名だね」


「ごめん。最初の芦花部一番とばあ加那以外全部わからへん。

「これは、奄美の一番北にある『赤木名あかきな』の代官所に、奄美の最南端の先にある『加計呂麻島かけろまじま』の若者たちが、上納品を届けに行った帰りに、赤木名の浜から小早こばやつまり、舟で加計呂麻に戻るときに、実久さねく集落の若者が、せっかくだから、噂に聞く芦花部のお屋敷に住むというばあ加那を一目見ようとして寄り道をしたらしいんだ。その実久の若者は、寄り道をしたにも関わらず、ばあ加那の不思議な力を得て、結局一番に加計呂麻の浜に帰り着いたという伝説だよ」


「へえー、芦花部って結構山の中のほうやったけど、そこまで寄り道しても一番にできるほど、ばあさんってすごかったんや?」

「ばあさんはやめろ! まあ、何にしてもこの唄も芦花部あしけぶ秋名あきな方面では人気のある唄だね。やっぱりお里自慢の唄っていうのはいいもんだよ」


「ばあ加那がいたら、ぜひ会ってみたかったね」

「そうだな。どんな綺麗な人だったんだろうね」


「うん、というか、いっしょに住之江競艇に……」

「高校生はギャンブル駄目だから!」


「蛭子さんと地方ロケとかさせてみたり」

「それ絶対に競馬か競艇行く! ばあ加那の使い道間違ってるから!」


「何にせよ、昔の奄美には絶世の美女がようさんおったんやね」

「まあ、伝説になるっていうくらいだから、やっぱり美しかったんだろうね」


「アーマーミー48とか作れたり?」

「随分地方色強そうなグループだな。それより、今日もそろそろ時間だけど、どうだった。ようやく本気でシマ唄話をしてみたんだけど」


「うーん、そうやね。なんていうか、やっぱり思うんは、あたしシマ唄の話題でラジオすんの、まだ無理っぽいわ」

「このラジオ番組のコンセプト全否定かよ!」


――この番組は『シマ唄の未来を考える、奄民』奄美民謡研究部の提供でお送りしました。

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