第30話 古の王サラマンディアの伝説

 今日の授業も無事に片付いた。学生であるひかりにとって教室でやる事は席について話を聞いてノートを取ることぐらいだったが。

 午後の授業は眠くなって困る。何とか耐えた放課後の解放感がたまらなかった。

 ひかりは真っすぐに帰路につく。家に帰ってくるなり母に呼ばれた。


「ひかり、お爺ちゃんが話があるって」


 何だろうと思って行ってみると、祖父の他にもう一人厳つい顔をした客の老人が来ていて、向かい合ってお互いに将棋を指していた。

 何だか声を掛けられる雰囲気では無かったので、ひかりは黙って正座して将棋の行方を見守った。

 何回かパチンという音を聞いた後、厳つい顔をした老人の方が話しかけてきた。


「昨夜、町で勝手な奴らが暴れていたようだな」

「はい、骨みたいな奴らでした」


 何だか辰也みたいなことを言う人だなと思った。思いながらひかりは続けて補足した。


「この町の魔物では無いようでした」

「いや、奴らはこの町の魔物じゃよ」


 今度は祖父の言った言葉にひかりはびっくりしてしまった。あの場所にいた誰もが奴らは町の魔物ではないと判断したのに祖父はそれをひっくり返したのだ。

 驚くひかりに祖父は言った。長い時を生きる賢人のように。


「だが、今の時代の魔物では無い。ひかりの仲間が知らないのもそれでじゃろう。みんなまだ若いからの。わしもこの町に来た頃に人の話でしか聞いたことが無いが、奴らはおそらく死王サラマンディアの眷属。わしがこの町に来るよりずっと前の時代にこの町を支配していた魔物じゃ。今日はその事をお前に教えておこうと思って呼んだのじゃ。聞いておくか?」

「はい」


 ひかりは姿勢を正して答えた。王として、この町の魔物のことなら聞いておくべきことだった。その場所にクロもやってきて隣に座った。そして、祖父は話し始めた。

 古の時代にこの町を支配していた王、サラマンディアの伝説を。



 かつてこの町に君臨していた王がいた。彼は絶大な力と恐怖でこの町の民達を支配していた。

 誰も彼には逆らえなかった。逆らえばすぐさま処刑されてしまうからだ。誰もが恐怖に怯えながら暮らしていた。

 そんな恐怖政治を強いていたサラマンディア王が興味を持っていたのが死術と呼ばれる術だった。その研究を進めるため、彼は人の命を使って様々な実験を行った。

 王宮に連れていかれて帰ってこなくなる友達や家族。人々の我慢はいつまでもは続かなかった。ついに王宮に向かって反撃の狼煙が上げられた。

 王は人々の意思になど興味を持たなかった。死術によって作り上げた無敵の軍団を差し向け、逆らう民達を皆殺しにした。

 彼にとってはこの反乱すら好都合なことだった。人々の命を手に入れてさらに死術の研究を進めることが出来たのだから。

 彼は従う者にも興味を持たなかった。必要なのは自分の研究の役に立つ道具だけだった。


「それがサラマンディアという王なのじゃ。そして、そんな恐怖に満ちた死の王国もいつしか滅び、後にこの町が出来ることになる」


 ひかりは話を聞きながら身震いしてしまった。あまりにも今の時代の魔物と違いすぎていて恐れを抱いてしまった。

 そんなひかりを見て、客の老人の方が声を掛けてきた。


「恐れるならば辰也に王の座を譲るか? わしはそれが良かれと思ってこの老人に話を通しに来たのだ」

「お前の方が老人じゃろう」


 軽い憎まれ口をたたき合う二人。その頃にはひかりにもこの客人の正体が分かってきていた。ひかりは強い決意を込めて言った。


「大丈夫です、竜帝さん。この町の今の王はわたしです」


 少女ながらも強い眼差し。その目を見て人の姿をした竜帝は軽く笑った。


「さすがはわしに勝っただけのことはある。後はそこにいる老いぼれのように口だけではないことを証明して欲しいものだ」

「はい」


 ひかりは強く答える。老いぼれ呼ばわりされた祖父が冗談めかして相手に不満を述べた。


「わしだってお前に勝ったことがあるぞ」

「もう随分と前のことだ。それに勝負の数ではまだ引き分けだろう? 言っておくが、そこの娘に負けた分は数には入れんぞ」

「ならばここで決着を付けるか? 今度はこの将棋で」

「いいだろう。お前が負けを認めて這いつくばるまでやってやる」


 祖父達がまた将棋を指し始めたので、ひかりは黙ってその場を退室した。

 もう彼らは引退して一線を退いた身だ。今の魔物の問題を解決しないといけないのは、今のひかりの役目だった。

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