第26話 決闘 真理亜 VS ヴァンパイア

 この町では魔物の出る夜に霧が出る。

 それは魔物達の戦いを邪魔されないようにと人間を遠ざける目的で祖父が用意したシステムだったが、王者を決める戦いが終わっても霧は消えることなくこの町に根付いていた。

 ヴァンパイアの姿に変身したひかりは夜空を飛びながら地上を見下ろした。今夜は町の霧が濃く出ている。町もこれからの戦いを予感しているようだった。




 霧の増えてきた校庭の中心で真理亜はキャンプファイアのような大きな篝火を炊いてヴァンパイアが来るのを待っていた。

 野次馬達は彼女の邪魔をすることなく遠巻きに様子を眺めている。紫門と狼牙も野次馬達の中に混じって勝負が始まるのを待っていた。

 夜の霧の力は人間を遠ざけるはずだったが、真理亜の霊力と炊かれた篝火がそんな霧の力を遠ざけているかのようだった。


「あいつなら何の心配も無いだろうがな」


 夜まで校舎内の生徒会室に残り、辰也は窓から外の様子を眺めていた。箒が座っている椅子を回しながら気楽に声を掛けてくる。


「ひかりちゃんの心配をしているの?」

「学校の心配だ。あいつらが何か被害を出さないかと俺は心配しているのだ。生徒達があれだけ残っているのに生徒会長である俺が帰るわけにもいくまい。分かったらお前も奴らが余計なことをしないか目を光らせておけ」

「はーい」


 言いながら箒は自分の千里眼の能力を発動させることにした。ハーピーの目は遠くまでを見通す。

 日が沈んで完全な夜となった暗い星空を、ヴァンパイアがこちらに向かって飛んでくるのが彼女の目には見えていた。




 学校の上空まで辿り着いたひかりは一旦そこで静止して校庭の様子を見下ろした。

 夜だと言うのに学校には活気があって、大きな篝火を炊いた中央で真理亜が待っているのが見えた。

 ここからあそこに飛び込むの? 迷っていると隣で飛んでいる使い魔のクロが訊ねてきた。


「どうします? ひかり様。ボイコットするなら今の内ですよ」

「ボイコットは……しない。いや、するものか!」


 自信を持つためにひかりはあえて強気に言い放った。そして、自分を鼓舞するために語気を強くしたまま続けた。


「わたしはこの町の魔の王者! 夜のヴァンパイア! あのような小娘の挑戦如き、正面から打ち破ってくれるわ!」


 チート能力を持った主人公は敵を恐れたりしない。ただ圧倒して勝利するのみだ。ひかりは躊躇いを振り捨て、真っすぐに力強く、挑戦者の待つ地上へと急降下していった。


 強大な闇の王が近づいてくるのを真理亜も感じていた。


「来た!」


 瞑想していた目を開き、対峙する。強大な者の降りてきた風圧に篝火が揺れ、野次馬の一般生徒達は目を逸らした。

 風が収まってみんなは目撃することになる。夜のヴァンパイアの姿を。その姿は星空の下にあって篝火に照らされて美しい。夜の王者は言う。


「サハギンが世話になったようね」

「あれを見ていたのね」

「当然だ。わたしはこの町の魔の王者。ヴァンパイアだからな!」


 対戦者に向かってひかりは啖呵を切る。一応この前のフォローを忘れずに入れておく。ついでに恰好も付けておく。最近ちょっと忘れかけていたけど、戦いの感覚も思い出してきた。

 空想を現実に。ひかりは王者の姿を思い描き行動する。


「さて、借りを返させてもらおうかしら。わたしにやられる覚悟は出来てる? このザコが」

「当然。お前を倒すための準備をあたしはしてきたのよ。今よ!」

「!?」


 真理亜は全く予想外の行動に出た。彼女が手を振り上げると数機のヘリコプターが夜空に飛び立ったのだ。ライトがこっちを照らしてくる。

 ひかりは結構驚いたが、王者が動揺する素振りなど見せてはいけない。相手に舐められないよう、すぐに平静さを取り戻し、威厳を持って言った。


「ヘリを呼んだか。先に言っておくがわたしにミサイルは通用せんぞ」

「勘違いしないで。あれは攻撃のために呼んだんじゃないわ」

「では、何の為に?」


 訊くと、真理亜はまたひかりのびっくりするようなことを言った。


「撮影するためよ。この町の人達に目を覚ましてもらうために。ヴァンパイアのやられる姿を目撃してもらうためにね。テレビ局と交渉するのは大変かと思ったけど、ヴァンパイアと戦うと言ったらすぐにOKが出たわ。こっちが引くぐらいに。今頃はお茶の間に生中継ね」

「中継されてる!?」


 冗談では無かった。これ以上騒ぎになりたくないひかりの行動は早かった。すぐさま闇のマントで顔を隠し、指先で小さな炎弾を放った。

 ライトを破壊し、下降していくヘリ。ついでにこっちに向けられているスマホやカメラも破壊しておいた。

 チート能力者ならば造作もない芸当だ。後で弁償代を請求されても困るが、それは今考えるべき問題ではない。バレなければいい。

 ひかりは改めて敵に向き直る。王者であるヴァンパイアとして。


「あいにくと撮影はお断りなのよね」

「せっかく朝から交渉して来てもらったのに……」


 それで学校を休んで外を出歩いていたのか。

 ひかりは心の中で真理亜にごくろうさまと言っておいた。テレビ局と交渉が出来るとは彼女の可愛さと人徳故だろうか。可愛いって強いなと思う。

 少しの失敗をさせても、真理亜は全く油断も落胆もしていない。

 元より戦うために来たのだから、気構えは十分のようであった。


「でも、今ので分かったわ。お兄ちゃんを倒せる実力はあるみたいね。しかし、あたしは甘くない!」


 真理亜が鞭を振るってくる。紫門が『俺はヴァンパイアに勝っているぞ』と無言の抗議を行っていたが誰も気にせず、ひかりは王者の笑みを浮かべて前へと飛び出した。


「粉砕してあげるわ、小娘!」


 余計な前置きが終わって、戦いが始まった。

 ひかりは鞭を掻い潜って接近し、さらに真理亜が振り上げる腕をこちらも腕をぶつけて静止させた。お互いに至近で睨み合う。


「紫門と同じ技ではこのヴァンパイアには勝てんぞ!」

「くっ!」


 ザコなら怯えて逃げ出しそうなヴァンパイアの鋭い眼光を前にしながらも真理亜は蹴りを放ってくる。ひかりは黒い翼を広げて後方に飛んで回避した。


「人間にしてはなかなか運動が出来るようだ」


 ひかりは知らないが、きっと真理亜は体育の時間には人気が出る子だと思う。みんなから応援される人の好さと能力の高さを持っている。運動音痴で人付き合いの悪いひかりと違って。

 学校の授業に思いを馳せるひかりに対して、真理亜は今の勝負に全力だった。彼女の瞳は目の前のヴァンパイアしか見ていなかった。


「確かに甘く見られる相手じゃないわね。あれを使うか」


 前に昼の校庭で見た黒い穴が空中に開く。あの時はサハギンを出してきたが、今度は何を出してくるのかと思っていたら、長くてごついガトリングガンが出てきてひかりはびっくりしてしまった。

 ガトリングガンはとても重そうな音と地響きを立てて地面に設置され、真理亜は銃口を真っすぐにこちらに向けてきて、何のためらいも情けもなく引き金を引いた。


「この銀の弾丸を食らって昇天しなさい! 発射!」


 とてもけたたましい音を立てて銃弾が連射されてくる。ひかりはすぐに回避に移る。


「真理亜! それをこっちに向けるなよ!」


 紫門が注意を飛ばしてくるが、気分を高揚させている真理亜が聞いている様子はない。野次馬を誤射されては困るのはひかりも彼と同じなので、ひかりはあれを試してみようと思った。

 足を止めて銃弾に正面から立ち向かう。真理亜が一瞬驚いた顔を見せるが、すぐに手を緩めることなく銃撃を続行した。

 飛んできた無数の銃弾に向かってひかりは手を伸ばす。


「えいっ!」


 ひかりは飛んできた銃弾を次々と素手で掴んでいった。漫画で見て自分もやってみたいと思ったことはあったが、意外と出来るものだ。ちょっと度胸がいったけど。

 全てを掴み終わって、ひかりは安心して手のひらを開いて銃弾をパラパラと地面に落とした。ついでに決め台詞だ。


「わたしにこのような玩具は通用しない」


 決まった。


「銀の弾丸を素手で掴んで平気なの?」

「うん、平気。いや、平気だぞ」


 ちょっと台詞を外した気がする。王者としての威厳を見せなければ。ひかりは改めて敵と向かい合う。


「さあ、次はどうする? 手が無いならこちらから行かせてもらうが、良いか?」

「くっ、まだよ!」


 悔しそうな顔をした真理亜が次に出して来たのはでかい十字架だった。それを思い切りぶん回して投げつけてきた。


「これならどうよ!」

「やれやれ、チート能力者には何をやっても無意味だというのに」


 ひかりは余裕を持って避け、再び真理亜と向かい合う。


「さて、わたしにやられるべきザコは次に何を見せてくれるのかな、ガッ!」


 ひかりの言葉は途中で封殺された。後ろから飛んできて後頭部を強打した十字架によって。真理亜は満足の笑みを見せて戻ってきた十字架をジャンプして受け止めた。

 頭に当たった分、軌道が少し上にずれていた。少女は軽やかに着地した。


「当たれば無敵というわけではないようね」

「クッ、このわたしが漫画みたいなミスを!」


 避けたと思っていたら後ろから戻ってきた武器にやられるなんて、ザコのやられ方じゃないか。

 ひかりもよく漫画で読んでこいつ間抜けだなと思ったものだ。同じミスをしてひかりは苛立った。


「もう手加減はせんぞ!」

「こちらもね。今度は二個よ!」


 真理亜は指先だけで器用に大きな十字架を回して今度は二個を時間差で飛ばしてきた。


「同じ手が通用すると思うか!」


 ひかりはそれを避け、もう一つも避け、戻ってきたのも避け、また避けて……避け続けて……


「何回飛んでくるのだ! これは!」


 あまりにもしつこく来る物だから炎弾を放って撃ち落とそうとした。真理亜が黒い笑みを浮かべる。

 気が付いたひかりはすぐに漆黒の双剣を構えてクロスした。炎弾と十字架が激突して巻きあげた煙を突き破って十字架が向かってくる。なぜ落とせなかったのかと思ったら、迫る十字架は何やら輝くバリアを纏っていた。


「聖なるフォースに抱かれて、滅しなさい、ヴァンパイア!」


 真理亜が指先で送る念を強めるとともに、聖なる光が強くなる。ただの十字架の物理の力だけでなく、それは霊的な力を纏っていた。

 一発目に続いてすぐに二発目も加勢するように飛んでくる。ひかりは何とか二つの十字架を抑えようとする。

 真理亜の霊的センスを甘く見たわけではない。が、予想外の強い力に双剣を押され、ひかりは校庭の隅まで吹っ飛ばされていった。

 役目を終えた十字架が真理亜の手元に戻っていく。

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