第15話 紫門との約束

「よう、お二人さん。仲良く登校だね」


 昇降口に着いたところで箒が陽気に声を掛けてきた。辰也はわざらわしそうに手を振った。


「からかうな。別にそんな関係ではない」

「あのフェニックスとの戦いの時に戦うひかりちゃんを見て綺麗だって言ってたじゃない。辰也が他人を褒めるなんて。それも力にしか興味の無い辰也の口から綺麗なんて言葉が出るなんて、あたし驚いたんだけど。てっきり夜のうちにキスも済ませたのかと」


 お調子者なその言葉を聞いて辰也が少したじろいだようにひかりには見えた。


「お前、昨晩は屋敷にいなかったよな? あれからすぐに帰ったよな?」

「うん、邪魔しちゃ悪いと思ったからね。あたし、煩いし。辰也って気配に敏感だし」

「お前が煩いんだ。分かっているならこの場から去れ。さっさと行け!」

「はは、じゃあね、ひかりちゃん。辰也にいじめられたらいつでもあたしに頼ってよ」

「はい」


 箒は陽気な笑い声を残して走り去っていった。


「あの人っていつもああなんですか?」


 ひかりは同意を求めて辰也に訊ねた。さっきの言葉もきっと人をからかうための冗談なんだろうとしか思っていなかった。

 興奮したのか辰也の顔も少し赤くなっていた。


「あいつは俺を舐めているんだ。俺がお前に負けたから、さらに調子づいている」

「あ……」


 苦虫を噛み潰すような辰也の顔にひかりは地雷を踏んだかと思ったが、辰也はそれを責めてきたりはしなかった。

 代わりに鋭い眼光と迫力を見せて言ってきた。


「お前、昨日のことは何も覚えてないよな?」

「え? 何をですか?」


 ひかりはきょとんとしてしまった。昨日のことと言われても色々あったので、どれがそのことなのか分からなかった。

 ひかりが口元に指を当てて考えようとすると辰也はびっくりしたように引き下がった。


「いや、何でもない。とにかく箒の奴には俺が言い聞かせておくから、お前は何も気にしなくていい。じゃあな。勉学には励めよ」

「はい」


 ひかりは一礼して彼を見送り、すぐに自分達が目立っていたことを思い出して、自分の教室へと急いだ。




「ひかり、今朝生徒会長と一緒だったよね?」

「なになに? 二人は付き合ってんの?」


 そう言われたらどうしようとひかりは悩んでいたのだが、現実では次のように言われただけだった。


「ひかり、今朝生徒会長に呼び出されてたよね?」

「なになに? 何か失敗したの?」

「いや、別にそういうわけでは……」


 周囲から見たらそう見えたのだろうか。

 慣れない会話にひかりは戸惑ってしまう。クラスメイト達は優しかった。


「何か困ったら言いなよ」

「あたしらクラスメイトだからね」

「はい、よろしくお願いします」


 ひかりは頭を下げながらクラスメイト達の様子を伺った。


「よろしくお願いされちゃったあ」

「夜森さんってユニークだよねー」


 クラスメイト達は笑顔を残して去っていく。ひかりは教室のみんなの様子も伺った。今更のようにみんなはこんな顔をしているのかと意識した。

 見ていると相手に気づかれて手を振られてしまった。ひかりは慌てて目をそらして自分の席に付いて本を開いた。

 授業が始まる。今日の授業は随分と平和に感じた。

 



 放課後になった。ひかりが帰ろうとすると紫門が声を掛けてきた。


「ひかり、ちょっといいか?」

「なに?」


 紫門は顔を動かして外へ出るようにと促した。ひかりは不思議に思いながら立ち上がった。



 

 紫門に連れてこられたのは人気のない屋上だった。振り返った彼の真剣な眼差しを見て、ひかりはまた不用意に自分が来てしまったと身構えた。

 紫門は大きく息を吐いた。


「そう身構えるなよ。別に今すぐお前を退治しようってわけじゃない」

「なんだ……」


 ひかりは肩から力を抜いた。だが、続く言葉と強い意思を聞いて再び身を強張らせた。


「今夜に決めた。今夜俺と戦ってくれ」

「今夜って……?」

「夜じゃないとお前は本気を出せないんだろう? フェアじゃない勝負をする気は俺には無い。そうでないと力を付けてきた意味も無くなるしな」


 紫門の発する気は強くなっていた。それは夜が来る前の今のひかりでも感じられた。


「ちなみに断ったら、明日の朝にお前を退治することになる」

「わたしに選択権は無いじゃない」

「そうでも無いだろう? お前は困ったらすぐに近くの誰かに噛みつく奴だ。それこそこの俺の腕にだってな」

「そう思われるのは心外なんだけど」


 それに彼の血は舐めただけで噛みついたわけじゃない。


「お前は不完全でもあの辰也に勝ってみせた。俺は昼のお前でも油断の出来ない奴だと思っている」

「夜のわたしはあのフェニックスにも勝てるんだけど」

「一人では勝てなかっただろ? 手こずるどころか手も足も出なかった」

「むぐ」


 精一杯強がったつもりなのに図星を突かれて口を噤んでしまう。紫門は話を続けてきた。


「夜のヴァンパイアともあろう者がこの俺と戦うのを恐れているのか? 意外と臆病者だったんだな」


 安い挑発にひかりは大きくため息を吐いてから答えた。


「分かったわよ。受けてやるわよ。時間は何時が良い?」

「時間も場所も前に俺達が戦った時と同じだ。それこそリベンジマッチにふさわしいだろう?」

「分かった」


 そうして、ひかりと紫門は再び勝負をすることになった。




 帰宅して早速準備をしようとしたのだが、部屋に入る前に母に呼び止められた。


「ひかり、生徒会長さんに迷惑は掛けなかった?」

「掛けてないよ」

「もうお祭りも終わったんだから、委員の活動もほどほどにして勉強もしっかりするのよ」

「分かってる」


 どうも自分は委員の活動で泊まりになったと思われているようだ。しっかり者で威厳もある生徒会長にそう説明されたのだろう。

 まあどうでもいいことだ。これから勝負が待っている。

 部屋に入るとクロが出迎えてきた。


「お帰りなさいませ、ひかり様。昨日は大変だったようですね」

「本当にね。クロはどこに行ってたの?」

「ずっと家にいましたよ。猫の身で祭りで人の賑わう場所に行くと踏んだり蹴ったりされて大変な目に合いますから」

「……」


 意外と使えない使い魔だと思った。

 まあ、ペットは飼い主に似ると言うし、猫に期待しすぎるのも良くないのかもしれない。

 ひかり自身も混雑する場所というのは苦手だ。

 ともかく準備をすることにする。服を並べて考える。


「デートに行かれるのですか?」

「違うから。紫門君と勝負するだけ」

「ヴァンパイアの恰好で行かれるのなら関係ないのでは」

「気分の問題だから。着替えるからクロはあっちに行ってて」


 確かに関係ないとは思ったが、ひかりは着替えてからヴァンパイアの姿に変身して飛び立った。

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