あたしと悩みごと


「はぁ…」


 しとしとと雨が降る水曜日の、夕食後の居間で。座敷童さんが淹れてくれたお茶を片手に、あたしはつい口からこぼれてしまったため息。それにあわてて口もとを押さえる。幸せが逃げてしまう。


 いや、もう逃げられているというか、幸せじゃないからこそため息が出るというか。まぁ、屁理屈なのはわかっているんだけど。はぁ、と気付かずに指の隙間をすり抜けて、ため息がまた1つ吐き出された。


「君、何か悩み事でもあるのかい?」


 しゃらりと小さな折り鶴と玉の連なった簪で音を立てながら、座敷童さんは心配げにしかし優雅に首を傾げた。赤い布地に金色の鶴らしき鳥の刺繍された豪奢な着物の袖で口元を隠しながら。帯留めも簪と同様なものからセットだろう。


 今日は鶴尽くしだなとその美貌に目をやる。ただし、わずかばかりはだけられたそれは座敷童さんの白い肌と相まって妙に色っぽかった。圧倒的な女子力に怯えしか抱けない。ではなくて。


 今日の女装も目が覚めるほど美しいです、座敷童さん。

 その存在を、すっかり忘れていた自分に内心更なるため息をつきながら。あたしは座敷童さんに苦笑を向けた。


「わかります?」

「それだけため息を漏らしていて何を言っているんだ。俺でよければ相談にのるが」

「そうですね…聞いてくれます?」

「あぁ、もちろんだとも」


 大船に乗ったつもりで話してくれていいぜ! とんっと胸を軽く叩きながら這って見せる座敷童さん。思わず笑みをこぼしながら、あたしはため息の原因である人物について語った。いや、本当に悩みの種なんですけど。


 悩みすぎて夜しか眠れないから。授業中の居眠りで廊下に立たされてなお眠るあたしが言うんだから相当の案件だということをわかってほしい。


「あたし、この間図書室…学校の、本がいっぱい置いてあるところで、ある後輩と知り合ったんです。2日前…月曜日でした」

「うん、それで?」

「なんか昨日いきなり「気持ちは嬉しいんですけど、先輩とは付き合えません。あなたと僕では生きてる世界が違うんです」って言われて」

「は?」

「そうなりますよね! あたしもつい「は?」って言っちゃいました」


 あれは本当に驚きだった。お昼休みの図書室、開いた窓から入ってくる他生徒の声を微笑ましく聞きながら読書にいそしんでいれば、影が差した。


 それに顔をあげると、一昨日知り合ったばかりの。学校一の美少年と名高いらしい(友達情報)後輩の姿。白い頬を赤らめ、もじもじとしている様子はいつかの座敷童さんを彷彿とさせた。


 正直に言おうか、この辺りで嫌な予感はしていたと。まさか告白もしていなのにフラれるという予想外もいいとこな現象に呆気にとられたあたしを置いて、後輩は颯爽と去っていった。あたしは昼休み終了のチャイムが鳴るまでショックというか、様々な驚きが大きすぎて固まったまんまだった。


 図書室にはちょうど先生も席をはずしていてあたしと彼しかいなかったというのは幸いだった。っていうかなんだよ住んでる世界が違うとか。凡人がって言いたかったのかあの子。意味わかりませんぬ。


「き、君。告白を」


 そんなことより目の前で顔を青ざめさせている座敷童さんの方が大事だ。本音、後輩のことは何とも思っていない。確かに言われてみれば顔は綺麗なもんだったなとは思い出せるが、うちの座敷童さんほどではないくらいの認識だった。大事な座敷童さんに変な誤解をされてはたまらないと、胸の前で両手を振った。


「するわけないじゃないですか。なのになぜかあたしの友達に、あたしがあの子のこと好きだーみたいに言いふらしてるみたいだから困ってるんです」

「なんだい、そりゃあ」


 座敷童さんの形の良い綺麗な眉がきゅっと顰められる。顔を嫌そうに歪めて、怖い怖いとでも言いたげに二の腕をさすっている。ですよね! そんな反応になりますよね! 座敷童さんの嫌悪の表情というレアを見られたことに若干気分を高揚させながら、あたしはもう一度ため息をついて口を開いた。


「あたしに恋を教えてくれるのは座敷童さんなのに」

「き、君…!」

「とりあえず、周りには違うってもう一度言っておきますね。好きな人がいるからって」

「す…ぜひ、ぜひそうしてくれ! なんなら恋仲だと言ってくれてもいいんだぜ!?」

「あー…そっちの方がいいかもしれません。座敷童さん、(この茶番に)付き合ってください」

「も、もちろんだとも!」


 きらきらとLEDに輝く簪にも負けないほどきらびやかな笑顔で、座敷童さんは笑ってくれた。座敷童さんたらそんなにこの茶番がお気に召したのだろうか。


「じゃあ、あたしには。あたしの心に朝を運んで幸せにしてくれる恋人がいるって言っておきますね」

「き、君ぃぃぃぃ!!」


 なんか知らないけどテンションが上がりまくったらしい座敷童さんがそのまま・・・赤い顔をして居間から乙女走りで去っていくまで数十秒もかからなかったことだけはここに明記しておきたい。


 この期に及んであの格好で乙女走りとかなんなの? あたし一応女子だけどそんな走り方できないよ。座敷童さんの女子力があたしより遥か高みにあるということを再確認した出来事だった。解せぬ。




 後日


「なんか「稀少価値4のこの僕を袖にするとかありえない」って逆ギレされたんですけど。稀少価値って、座敷童さんお知り合いだったりしません?」

「…」

青井下蒼葉あおいかそうばくんって子なんですけど」

「下蒼葉か! あいつめ!」


 夕飯後のお茶を飲みながら、ちゃぶ台をひっくり返す勢いでキレた座敷童さんが吠えた。

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