あたしと調理実習

「座敷童さん、ただいまです」

「おぉ。お帰り、俺の君」


 木曜日の夕方、玄関にて。学校から家に帰ってきたあたしを、座敷童が迎え入れてくれる。いつも座敷童さんは迎え入れてくれるけれど、毎日玄関で待っていてくれるんだろうか。なにそれ大変申し訳ないんだけど。


 いつも笑顔でお帰りって言ってくれるからなんとなく流していたけども、もしそうだったらどうしよう。そんな気持ちで座敷童さんに尋ねてみると。


「座敷童さん、毎日お出迎えしてくれなくても大丈夫ですよ」

「き、君! 俺が玄関で待っているのがそんなに嫌だったのかい!?」

「いえ、座敷童さんが大変かなって」

「君っ! 俺のことを考えて…。えっと、気にしないでくれ。俺が好きでやっていることだから」

「でも」

「君が俺のもとに帰ってきてくれるということを確かめて、安心したいだけなんだ」


 切ない顔で本当に気にしないでくれと言われれば、そうですかと返すほかない。いや、気にするけどね! …明日はもうちょっと早く帰ってこようと思った。今も学校で授業が終わったらほぼ直帰だけど。


 中途半端な時期に転校してきたあたしが入れるような部活も委員会もなかったからだ。それはさておき、座敷童さんて健気というかなんというか…座敷童ってみんなこんな感じなのかな。不思議である。


 考えつつ框を上がり、廊下を進む。先を行く座敷童さんの薄い背中を見ながら、居間にたどり着きちゃぶ台についたとき、そういえばと思い出して横に置いたスクールバッグをあさる。


 そんなあたしの突然の行動に、温かいお茶を淹れて台所ののれんをくぐってきた座敷童さんが目を丸くする。


「どうしたんだい?」

「えっと…あ、ありました。座敷童さん、お菓子はいかがですか?」

「おっ! いいねぇ、もらおうか」


 スクールバッグの中から取り出したのは小分けにされたラッピング袋に入った6枚のクッキーだった。


 かばんの中に6つ入ったそれの中から1つ取り出して座敷童さんに渡す。その時にバッグの中身が見えたのか、座敷童さんが首を捻りながら口を開いた。


「ずいぶんたくさんあるようだが…」

「クラスの女の子や友達にもらったんです。友チョコみたいな感覚じゃないでしょうか」

「ともちょこ?」

「2月14日に、友達に対して日頃の感謝を込めてチョコレートを贈ることです。普通は恋人や異性にあげるものなんですよ」

「なんと! いまはそんな行事があるのか!」


 湯のみをあたしと自分の前に置きながら、おぼんを胸に抱く座敷童さん。その桃色の目はきらきらと輝いている。彼の女子力センサーに触れたのかどうかは知らないが、カレンダーの5月の文字を見て、へにょんと肩を下げた。2月はまだ遠かった。


 苦笑しながらもあたしは友達やクラスメイトの女子たちにもらったクッキーのラッピング袋、赤いリボンをしゅるりとほどく。いただきます、と声をかけてから、クッキーをかじる。ちょっと焦げているけれど問題なく美味しかった。


 1人でもしゃもしゃ食べているあたしと、自分が手に持っているラッピング袋を見比べてそれを開けると、座敷童さんはその細い指で1枚掴んで口に入れた。

 そして、嬉しそうに破顔した。


「美味いなぁ、これ。君が作ったのかい?」

「今日、調理実習だったので。班のみんなと協力して作ったんですよ。あたしは焼き担当だったのです」

「いい焼き加減だぜ!」

「ありがとうございます」


 さくさくさくさくと2人でクッキーを食べ進める。やはり先になくなってしまったのは座敷童さんのほうで、甘いものが好きな彼はちらちらと物欲しそうにこちらを見てきた。あげないけどね!


 一応あたしがもらったものだし。それを他者にあげるなんて不義理は出来ない。いや、義理も別にないんだけど。あたしが嫌なのだ。あたしが食べなければいけないのである。


 飽きてきたけど。そこは調理実習、全員同じ味になってしまうのは仕方のないことだけれど。


「ちょうりじっしゅうって何だい?」


 あたしが1枚たりとも渡さないとわかった座敷童さんは、自分が持ってきた湯のみからお茶をすすった。ほう、と息をつきながら言った。

 白い髪が窓から差し込む夕日に照って赤く染まっているのが綺麗だった。


「主に食育…食事に関する教育を行うための調理のことですかね。授業の一環なんです」

「ほう。面白いもんだな」


 にこにこご機嫌な座敷童さん。甘いものがそんなに嬉しかったのだろうか。今度お菓子とかチョコレートのアソート、いっぱい入ってるの買ってきてみよう。あ、飴が名前に入ってるくらいだから飴も好きかも。買ってこよう。


 1人心のメモ帳に書き留めていると、座敷童さんが声を上げた。


「君は料理上手だなぁ」

「いえ、今日あたし焼いただけですし。…あ、でも」

「?」

「焼きながらかけたおまじないの威力は絶大だったみたいです」

「おまじない?」

「あなたが喜んでくれますように、ってかけたんです」


 ふわりと出来るだけ柔らかく微笑んで見せれば。一瞬でトマトよりも赤くなった座敷童さんが轟沈したように、ごんっと頭をちゃぶ台にぶつけた。

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