あたしとメイドさん再び

「座敷童さん、スフレパンケーキ。作りましょう」

「すふれ? ぱんけーき?」

「以前座敷童さんが食べたがっていたやつです。駅前の店もスフレタイプのパンケーキらしいので」

「あ、あれは君が食べたいと思ったからで!」

「はい、ですから作りましょう」


 土曜日の午後。のんびりと時計の針が鳴り響く居間で、おやつの時間もちょうどいいしと言い出したあたしに、座敷童さんがきょとんと眼を瞬かせる。


 しかし、「座敷童さんが食べたがっていた」のあたりでほんのり頬を上気させて自分が食べたかったわけじゃないと主張する様子はどう見てもツンデレでした。


 つまり食べたかったんですね、座敷童さん。とあたしは生暖かく微笑んだ。


 確かにお店で食べた方が美味しいかもしれないが、手作りだって悪くないだろう。

 あたしがにっこりと笑えば、気を取り直したかのように座敷童さんは顔を輝かせた。パンケーキが興味をそそるらしい。


「道具はありますし、材料は昨日買ってきましたし準備万端です。10分後にここに集合しましょう」

「今じゃダメなのか?」

「服も着替えないとですし、髪もまとめないと。準備が必要なんです」

「なるほど、乙女の特権というやつだな」


 ははっと座敷童さんは陽気に笑った。そのまま座敷童さんと居間で別れる。あたしは部屋に戻り。

 ワンピースを汚れが目立つ白から黒に変えたり、髪をサイドで結んで邪魔にならないようにしたりと、部屋にある鏡面台できちんと整えて。


 姿見の前でくるりと一周してみておかしなところはないかを確かめる。なお、これは鏡面台であって決してドレッサーとは言ってはいけない。カタカナになると一気にお姫様感が出るからだ(偏見)


 さて、再び居間に戻ればあっという間に10分後。のはずなんだけど。


「…こない」


 座敷童さんが来ない。時間を聞き間違えたのかなと首を捻っていると、廊下からばたばたと足音が聞こえた。座敷童さんだ。いつもなら足音なんて立てないで歩いてくるのに珍しいなと思っていると。


 突然廊下と居間を隔てる襖があいた。すぱーんと、景気よく。


「待たせた!」


 はぁはぁ、肩で息をしながら居間に入ってきた座敷童さんはいつの日かに見たメイド服姿だった。ゴシックでミニスカな白ニーハイと絶対領域が眩しいそれだった。髪を後ろでお団子に束ね、ヘッドドレスを着用している。…いや、衛生的にはきちんとしているかもしれないけどさぁ。


 時間がかかるのは乙女の特権とか言ってたけれどあなた乙女じゃないでしょうに。あたしよりもおしゃれに身を入れてるとか何なの? あたしおこだよ。とまぁ冗談はさておき。


「なんでまたメイド服何ですか?」

「これは作業用の服なんだろう?」

「まぁ…いっか。相変わらずよくお似合いで。座敷童さんはまるで野に咲く一輪の百合のようですね」

「ゆ!? …あ、ありがとう。俺の君」


 ぼんっ! と赤くなると片手で顔を覆いながら、座敷童さんは照れ照れお礼を言ってくれた。ふむ、可愛い。ではなくて。


 いつもエプロンが掛けてある洋服かけからあたし用のものと座敷童さん用のエプロンを持ってくる。にしても。白い布地に目を落としながら、それを座敷童さんに手渡す。受け取った座敷童さんが広げたそれは…


 白い割烹着だった。


 いや、いいけど。メイド服に割烹着とかなに!? ってならない? 新ジャンルひらけそうなんだけど。別にいいんだけど! 似合うし。


 あたしの心の中の葛藤など知らない座敷童さんはちゃっちゃかそれを身に着けると、あたしを振り返った。あわててあたしも黒いエプロンを身に着ける。


「君、準備は出来たぞ」

「じゃ、台所に行きましょう」


 ちゃぶ台の上に置いておいたスフレパンケーキのレシピページを開いたクックパッ〇を片手にあたしたちは台所へと通じるのれんをくぐった。


 端的に言おうか。調理には全く問題はなかった。途中までは。


 ハンドミキサーの騒音ともいえる稼働音にビビった座敷童さんが材料の入ったボウルを落としそうになったりしたのが少しの問題だったが、結果的にはふんわりと焼き目も美しいスフレパンケーキが焼けたし、大体は大丈夫だったのだ。


 クックパッ〇を開いたタブレットにメールが届いて、着信音が鳴り響いたときにそれは起こった。音に驚いた座敷童さんが盛り付け用にと切っていたバナナではなく、自身の人差し指の腹をさっくりと切りつけてしまった。


「いっ…」

「大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ、ちょっと切っただけで…」

「こんなに血が出てて。失礼します」

「え、あっ…」


 頭を下げて、ぱくっと血のにじむ指先を口にくわえる。途端口内に血の香りが広がった。うう、鉄臭い。不快だがいたしかたない。


 それから数分後、血が止まったかどうか傷口を舌でなぞれば、びくんと座敷童さんの身体がはねる。


 ちゅっと音をたてて口から指を抜くと、そばにあったティッシュで血の止まった指先を包む。傷は思ったよりも浅かったらしい。よかった。


 そこまでしても反応がないなと思って座敷童さんを見上げると―――。


「座敷童さん?」

「あ…」

「危ないですから、包丁を握ってるときによそ見なんてしないで下さい」

「う…す、すまない」

「それとも…よそ見なんてできないほどに夢中にさせてあげましょうか?」


 ティッシュに包まれた人差し指に唇を当てながら言えば、首まで赤くなった座敷童さんが、潤んだ眼であたしを見下げた。切った指がそんなに痛かったのかな?


 にしても、本当によそ見をするなんて危ない。今回は少しなめていれば血が止まるくらいの軽い切り傷だったが、次も同じとは限らないだろう。ここらへんで注意しとかなければと思っての言葉だった。


「き…」

「き?」

「気を付けますぅぅぅっ!」


 座敷童さんはあたしが巻いたティッシュをしっかり押さえて、台所から飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る