あたしと着物ドレス


「結局、お団子食べるの夜になっちゃいましたね」

「なぁに、月を見上げながらの団子もおつなもんさ」

「そうですね。それにしても…満月ですねぇ」


 お給料の引き出しを終え、お団子を買って来た日の夜。軽めに夕飯をすませて20時頃。


 あたしと座敷童さんは買ってきたみたらし団子に合うようにと渋いお茶を湯のみに淹れ、月が照らす縁側に腰かけていた。


 花なんかはないけれど、立派な木々の隙間から入る月光に照る玉砂利が敷かれた庭。

 足を地面にたらして空中でぶらぶらさせていれば、座敷童さんが隣で苦笑しているのが見えた。なぜ?


「かけた月も風情があるが、満月もこう、圧倒されるものがあるよな」

「今日の満月は近くに見えるだけ、余計にそう思いますよね」

「大きいなぁ」

「大きいですねぇ。あ、ほら、掴めそうですよ」

「本当だな」


 のんびりとお茶をすすりながら、どこか枯れた会話をする。いいや、情緒があると言ってほしい。趣があると。


 今夜のあたしはいつもとひと味違う、風情を楽しむ女の子なのである。こんなに大きいならと手を伸ばせば、座敷童さんも笑いながら一緒に興じてくれる。

 ところで


「座敷童さん、今日のお服は着物ドレスなんですね。お化粧に簪まで。愛らしいです」

「へへ、せっかくの君との月見だからな。思いっきりおめかししてきたぜ!」

「とっても良く似合ってますよ! 月の美しさが霞むようですね」

「ありがとう、俺の君」


 照れ笑いしながら、サイドテールにした白髪によく似合う赤い簪をいじくる座敷童さん。


 赤い襟もとに白い布地。そこには桜と蝶が舞っていて、裾と袖を繊細なレースで飾った可愛らしい着物ドレスだった。


 黄色い帯に桜の帯留めを使っているところがさりげなくおしゃれだ。さらに、今回は薄く形の良い唇を彩る口紅の塗り方と色の選び方の上手いこと。聞けばお化粧をしたのは今回が初めてだったらしい。まじかよ。


 女子力高い系な座敷童さん。女の子なら嫁に欲しかったかもしれない。あたしが男なら。


「座敷童さん、口紅持ってたんですね」

「給料で買ったんだ。ゆそうしすてむは便利だな。あ、たぶれっとを借りた。すまない」

「いえいえ、あれ、共同で使おうと思ってましたから。どんどん使ってくださいな」


 ほのぼのと会話を続けながら、団子を手に取る。甘いたれのたっぷりついたみたらしを頬張りながら。隣で同じように団子を食べている座敷童さんを見る。


 紅が取れないようにか一口一口小さい口で食べ進め、ぺろりと唇をなめる仕草は可憐というかどこか色気すら感じられた。


 なんたること。乙女として負けてませんかねぇ? と考え、やめた。負けてる。間違いなく。だからやめよう、これ以上自分を傷つけるのは。


 無言で団子をもぐもぐしているあたしに、湯呑みからお茶をすすった座敷童さんがこてりと首を傾げる。しゃらりと涼し気に簪が鳴いた。


「どうかしたのかい?」

「いいえ、なんでも。それより座敷童さん。『月が綺麗ですね』って知ってますか?」

「? 確かに綺麗だが」

「ふふっ、違いますよ。『愛してる』の意訳なんだそうです」

「愛っ!?」


 かぁぁと満月という最大の月光量で照らされた座敷童さんの白い肌が、夜目にもわかるほど赤くなる。知らなかったのか。

 ぱくぱくと何か言いたそうに空気を噛む紅唇は結局何も伝えることなく閉ざされた。


「昔の人は風情があると言うか、風流ですよね」

「…そうだな。俺じゃとても考えつかないぜ」

「ですよねぇ。あ、じゃあ座敷童さんなら何て言いますか? 『愛してる』を」


 心の中からちょこんと覗いた悪戯心のままに尋ねれば、きょとんとその桃色をまん丸くしてから座敷童さんは考え込んだように腕を組んだ。


 んーと首を捻る様子をにこにこ笑って見ていれば、それに気づいた座敷童さんがにやりと笑う。なんだろう?


「そういう君は、なんて言うんだい?」

「あたしですか?」

「ああ」

「そうですね、あたしなら…『あなたの瞳に浮かぶ月を毎日見ていたい』ですかね」

「あうっ!」

「あう?」


 レースの縁取りがされた袖下から、わずかにのぞく指先で、座敷童さんは胸を押さえた。


 っていうか、いつもの発作か? あう・・・会う? 誰に? 月だしかぐや姫とでも言いたいのだろうかと座敷童さんを見れば、上気した頬に潤んだ瞳であたしを震えながら見ていた。


 寒いのかな? ひざ掛けでも持ってこようかと立ち上がりかけたあたしのワンピースの裾を、座敷童さんがそっとつかんだ。


「どうしました? 寒いですか?」

「寒い? いや、大丈夫だ。それよりも」


 うろうろと視線を頼りなく漂わせ、迷うようにしてから、もう一度あたしを見る。それに微笑めば、座敷童さんはちょっと困ったみたいな顔をして口を開いた。


「俺、なら」

「はい」

「『最期まで、君と共に』かな」


 さっきまでの赤面が嘘のように白い頬で、切なそうに、どこかやるせなさそうに呟いた座敷童さん。

 え? なにこのシリアスムード。やめて、背筋がぞわぞわするから!


「そうですね、なら今夜は『最後まであなたと共に』月を見ましょうか」

「え?」

「あなたが、月に帰ってしまわないように、ね」


 にっこりと笑えば、座敷童さんは大きく目を見開いて。そのまま百合の花が咲きこぼれるように笑ってくれたのだった。


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