あたしとメイドさん

「ただいま帰りました」

「お帰りなさいませ、ご主人様!」


 へいいらっしゃい! 副音でそんな声が聞こえそうなほどに威勢のいいお帰りなさいませをしてくれたのは言わずもがな、座敷童さんだった。


 片手で持っている友達の家でいただいた、新聞紙にくるまれた薔薇の花束。真紅の大輪を咲かせるそれをあたしは危うく落としそうになった。


「…何やってるんですか? 座敷童さん」

「君に最大の敬意をもってお帰りなさいませをだな」

「だからってメイド服着用とか何してるんですか本当に。あ、こないだ買ったやつじゃないですか」

「敬意を感じるだろう?」

「いいえ、まったく」


 黒と白、ゴシックでミニスカ。白のニーハイと絶対領域が眩しいそれはどう見てもコスプレ用のメイド服だ。

 実用的ではない、フリルにまみれたそれを見て、どこに敬意を感じろというのだろうかとあたしはため息をついた。


 そんなどこか冷たいともいえるあたしの反応はどう見ても美少女にしか見えない男の娘状態の座敷童さんには不満なものだったらしい。

 ぷっくりと両頬を膨らませると、つんっとそっぽを向いてしまった。


「座敷童さん」

「君に喜んでもらおうと思ったのに。あんまりだぜ」

(いや、いつあたしが座敷童さんの女装を見て大喜びしたと…?)


 確かに普通に座敷童さんが着物でいる時よりは、態度を軟化させた気はするが。

 だってあたしは自他ともに認めるくらいの男嫌いだ。野郎がうろちょろと視界の端で遊ぶくらいなら少しでも華がある格好をしていてくれた方がいい。


 あれ? これだとあたしは座敷童さんの女装を歓迎していることになるのだろうか。まあ、可愛いし。間違いではないか。


 黙り込んでしまったあたしに何を思ったのか、おろおろとし始める座敷童さん。

 儚げな雰囲気が一転して、捨てられた子犬のようなどこか縋りつくみたいなものに変わる。ひらひらとメイド服の裾が揺れて、黒い金魚みたいだと場違いにあたしは思った。


「き、君。本当は俺がこういう格好するの嫌だったのかい!?」

「いえ」

「う…で、でも」

「可愛いと思ってますし、大歓迎です」

「ほ、本当に?」

「えぇ。敬意はともかく、今日のメイド服も素敵に着こなせてますしとっても可愛いです。花丸です」

「本当か!」


 ぱぁぁぁと途端にその美しい顔を華やがせ、人離れした桃色の瞳をきらきらと座敷童さんは輝かせた。一瞬前まで捨てられた子犬のようだった雰囲気が霧散する。


 それをなんとなくほっとした心地で見ていれば、ほにゃりと座敷童さんは幼い笑みを浮かべた。

 それが眩しくて目を細めていれば、にこにこと笑う顔のまま、座敷童さんはあたしの、薔薇の花束を抱えていない方の手をぎゅっと握ってきた。優しい温かさのある手だった。


「ふふ。君に可愛いと言ってもらえるなんて今日は良い日だな」

「…いつも言ってませんでしたっけ?」

「『似合う』とは言ってくれるものの、なかなか『可愛い』とまでは言ってくれないじゃないか」

「そうでしたっけ?」

「そうだ!」


 あたしが確かに言ってないかもと思いながら首を傾げると、またぷうっと頬を膨らませる座敷童さん。

 今度はそっぽを向かなかったので、人差し指で突っつくとふしゅーと空気が抜けていった。何処か間の抜けたその音が面白くて、どちらからともなく笑いだす。


 一通り笑い終わったところで、目の端にたまった涙を拭いながら、座敷童さんがあたしが片手で抱える薔薇の花束を指さす。


「それ、どうしたんだい?」

「あぁ。友達の家にたくさん咲いていて、いただいたんです」

「なにか祝い事でもあったかと焦ったぜ」

「ふふ。大丈夫ですよ。なんにもありません」

「そうかい」


 にこにこと笑いあって、いい加減に玄関に上がろうとしたときだった。ふと思いついて、薔薇の花束から一輪抜いたのは。

 あたしに背を向けて廊下を戻ろうとする座敷童さんの華奢な身体が目に入る。


「しかし、真紅の花とは見事だな。これに見合うような豪奢な花瓶があったかどうか」

「座敷童さん」

「ん? どうしたんだ、き…み」

「あ、やっぱり」


 ヘッドドレスまで完璧につけている座敷童さんのまとめられた髪の毛。たぶんヘッドドレスをつけやすいようにだろうと思われる、流されたサイド。振り返った座敷童さんの耳の上に、友達のお母さんが丁寧にも刺抜きまで済ませてくれたそれをそっと乗せる。


 ぬけるように白い肌、きらめく白い髪。どこまでも赤が映える要素しかない美貌の座敷童さんに、大輪の薔薇の花はよく似合った。


「き、君…」

「ここが、一番見合いますね」


 美しいもの同士の組み合わせに目を細めながら笑うと、さっきまで白かったはずの耳が、顔がだんだんと赤くなっていく。


 え? と座敷童さんと目を合わせれば、潤んだ桃色がわずかに揺れていた。

 固まるあたしに、耐えきれなくなったかのように座敷童さんは顔を両手で覆うと、脱兎の勢いで廊下を走っていった。


「あとの花束どうしよう…」


 そんな置いてけぼりなあたしの言葉は、誰もいない廊下によく響いた。

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