第4話 イルマ爆発

「すごい……これが……TAMAの力……」

俺が精霊たちの戦いぶりに見惚れていると、後ろから肉球で叩かれる。

「てっ」

「何ぼけっとしてる。お前が欠けた与野の力を補う大使なら、何という事は無い戦いだったんだぞ」

うるるからの戦力外通達……そう、俺は県民でありながら、部外者なのだ。

ワツキが美少女形態に戻ったサキちゃんを心配そうに見やっている。

「圧倒的に火力不足です……このまま第二波、第三波が来たら……恐らく耐えられないでしょう」

じりじりとした焦燥感が俺たちを包んでいる。

「……俺がサキちゃんを撫でれば、みんなの力が出るんだな?」

「ただ撫でりゃいいってもんじゃない。心から埼玉を愛していなければ、逆にサキちゃんのLL値が奪われるだけだ。サキちゃん、このままではサキちゃんも他の精霊たちも危ない。武蔵は埼玉が好きじゃないし……別の大使候補を探したほうが……」

うるるが返事を促すように視線をやるが、サキちゃんはふるふると首を横に振った。

サキちゃんはただ、俺のほうを見つめている。

(サキちゃんは無条件に俺をこんなに信頼してくれているのに……俺は何もできないなんて)

ぐっと拳を握りしめるが、俺にはウラーと戦う術すらないのが何より悔しい。

俺は八尾と、その脇にいる女の子を見る。

(せめて剣があれば戦えるのに……。俺だって、周りにいる人くらいは守りたい)

ふと、サキちゃんが俺をじっと見つめているのに気付いた。

「むさし……それは……誰?」

「え?」

「むさしの後ろに……誰かいる」

「誰か……?」

振り返っても、そこには誰もいない。だが、サキちゃんは何か見えているようにじっと目線を俺の背後から動かさない。

(精霊であるサキちゃんには見えて、俺には見えないもの……?)

俺は八尾と違い、心霊現象とかホラーが苦手だ。『もしかして→幽霊』というサジェストが脳裏に浮かんだので、俺は少し身震いした。

「サキちゃん……? じょ、冗談はやめようよ?」

「ううん、確かにいるの……むさしの後ろに……」



背中に一筋の汗を感じていると、何かが飛んできて地面に激突した。

「あれは……イルマ!」

うるるが叫んだ。

砂塵の向こう側で、一匹の茶トラ猫が倒れている。

全身に凍傷を負って痛々しい姿のイルマは、よろよろと四本足で立ち上がろうとする。イルマということは、この猫が埼玉南西部の守護を預かる、入間の精霊なのだろう。

すかさずサキちゃんが駆け寄って、太陽の力でイルマの傷を癒やしている。

「イルマ……しっかり」

「サキちゃん……ごめんなさい。都内から押し寄せたウラーたちによって、私たち南西部組の精霊たちは……ほぼ全滅しました……狭山のさやにゃんは凍結し、所沢のトコロザーも瀕死になった後、行方不明に……今は川越を中心とした比企・南部連合の精霊たちが懸命に戦っていますが、どの精霊たちも大量のウラーに押されてじり貧です。秩父組も分断されて、今はどうなっているのか……」

さいたまの精霊たちに、一様に緊張の色が走る。

「どうしてウラーが急に活発化したんだ?」

「それが分からないの。今までは各地方の精霊たちがうまく対処していたのに……」

みやちゃんが呟いた。

「今まで埼玉へウラーの侵攻が遅れていたのは、私達の力の他にも、埼玉が海に面していなかったという地理条件もあるの。ウラーたちは海からやってくる」

「へ、へぇ……」

俺が埼玉を嫌っていた理由の一つ、「海なし県」が、こんな所で役立つとは……。

「おそらく、ウラーは精霊の盾に阻まれて、埼玉だけ攻略できなかったんだ。日本征服の仕上げとして、方々に散ったウラーを集め総力をぶつけてくるだろう……」

「そんな……またあの化け物が来るのか……?」

うるるの不吉な分析に皆が顔をこわばらせると、みやちゃんの首輪についている鈴が激しく鳴った。

「南西から三体のウラーを感知……近付いてくる!」

俺が見やると、冷気で起こった白煙の向こうに巨大な怪物の影が何体も見える。

「そんな……この状態で複数のウラーに襲われたら……」

イルマは回復していたサキちゃんを止めると、茶髪美少女の姿に変身した。

「サキちゃん……もう、結構です」

「でもイルマ……まだ、怪我が……」

「良いんです……皆さん、よく聞いてください。西部の皆は捨て石となりながらも、ウラーの弱点を見つけました。それは、腰にぶら下がっている、二叉の部分です……」

「ぶら下がった二叉? まさか……ウラーのタマタ……」

俺が次の言葉を繋げようとすると、うるるとみやちゃんのダブル肉球パンチが飛んできて塞いだ。

「確かに、ウラーの腰の下の方には、二叉に別れた尻尾のような部分があるな。そこを攻撃すればいいのか?」

「はい……」

イルマは虫の息でうるるに答えると、ぼろぼろの体で立ち上がった。

「私はサキちゃんをお守りするため、一人さいたまへ送り出されました……サキちゃんは、私の命に代えても……お守ります」

イルマはサキちゃんの制止を振り切って、先頭を歩いてきたウラーに近付いていく。ウラーの足下にぴたりとくっつくと、振り払うウラーの腕をかいくぐって、二叉の尻尾に登った。

尻尾を掴まれたウラーは不気味な叫び声を轟かせてイルマを振り払おうとしているが、決死の覚悟を悲愴感漂う表情に浮かべたイルマは、絶対に離れようとしない。

「イルマ……一体、何を?」

「大丈夫……私たちは砕けない……土地を愛する人々の気持ちがある限り……サキちゃん、みんな……必ず、埼玉を守って下さい」

イルマは体内のLL値を急激に上昇させていく。激しい熱で、辺りの寒波が一時的に止まった。

「爆煙炎上・精霊タマ・火焔フレイム!」

強烈な光芒が沸き起こり、イルマが爆発した。三体のウラーは崩壊し、イルマの放出した熱によって溶けていく。

「イルマァァーっ!」

サキちゃんが絶叫した。

イルマを燃やし尽くす炎柱は、さいたま新都心のビル群よりも高く空へと伸びていく。

――――ちょっと待て、ゆるっとした美少女精霊がこんなガチな殺し合いをするなんて、誰も聞いてない。


立ち尽くす俺と精霊たちの頬に、イルマの残した一滴が降ってきた。

「そん……な……イル……マ……」

サキちゃんは地面にへたり込み、ぽろぽろと涙を流し始めた。

「ごめん……なさい……イルマ……私が……たたかえないから……いっつも……守ってもらってばかりで……」

サキちゃんの小さい背中は、小刻みに震えている。

あまりにも痛々しい姿にに、思わず俺は手を伸ばして触れようとした。が、うるるが止める。

「触れるな――サキちゃんは私たち守護精霊とちがって、戦うことができない。守護精霊たちは、埼玉を守るために何でもする」

「でも……だからって……自爆するなんて……」

「サキちゃんを守る事……それが私たち、守護精霊に課された使命だ。たとえこの身が砕けようとも」

俺は他の精霊たちを振り返った。皆、悲しみを堪えてはいるが、一様に唇を結び、決して声を上げて泣こうとはしない。

すると、サキちゃんが突然噎せて倒れた。苦しそうに喉元を押さえ、震えている。


「まずい……サキちゃんの体力がますます落ちている」

畳みかけるように、みやちゃんの首輪についている鈴が再び鳴った。

「西部から巨大なウラーを感知……!」

俺が見やると、冷気で起こった白煙の向こうに、今までのウラーよりも遙かに大きい影が見える。

「あれは……よよのちゃんを殺したウラー……!」

ワツキが叫ぶと、精霊たちが殺気立つ。

巨大ウラーは一薙ぎで新都心のビル街を破壊した後、人々が身を寄せ合っているさいたまスーパーアリーナの方へ向かって行く。

「大変だ! さいたまスーパーアリーナには、マーシャとまどか……俺の友達がいるんだ」

「私が行こう……よよのがいない今、私が埼玉防衛の要だ。ワツキ、サポートを頼む」

「しかし、うるるさん、まださっき消費したLL値が回復していませんが……」

「これくらいどうという事はない!」

ワツキはやや不安を顔に残したが、黙ってうるるに従う。

「みや、ぬー、お前たちはサキちゃんを守ってくれ……頼りないが、お前もサキちゃんの傍にいろ、武蔵」

「頼りないって……何だよ!」

「言葉の通りだ……行くぞ、ワツキ」

うるるとワツキは影すら残さぬ速さで、スーパーアリーナの方向へ走って行く。

「クソ……」

俺が行っても足手纏いなのは分かっている。だが、うるるの残した言葉が突き刺さる。

「兎に角、今はサキちゃんを安全な場所へ避難させるです」

「なら、一旦大宮へ行くのみゃ。みやの守護力も働くし、まだ北部からウラーは来ていないようだから。ぬーちゃん、タクシーお願いしますみゃ!」

「おっけーです。龍型とらんすふぉーむ!」

すると、ぬーの姿が変化して、小型の龍になった。

「え……え……?」

俺が呆気にとられていると、ぬーが言った。

「ぬーは元々、見沼の水龍の化身なのですよ。大宮までひとっ飛びなのです。では、行くですよぉー」

ぬーは尾びれを器用に動かしながら空中を上昇していく。



***


俺たちはぬーの背中に乗って、埼玉の空を飛んだ。新都心のビル群よりも、埼京線の高架よりも遙かに高い視点から見下ろす風景は目新しいが、今は空中遊覧を楽しむ余裕はない。

「サキちゃん、大丈夫?」

俺は震えるサキちゃんに上着を掛けた。

眼下に広がる風景の下ではさいたまスーパーアリーナの攻防をめぐって、うるるとワツキが巨大ウラーと死闘を繰り広げている。

(すぐ近くにいながら何もできないなんて。まどか、マーシャ……無事でいてくれ)

無力さを噛みしめ拳を握りしめる俺に、みやちゃんが言った。

「武蔵。気持ちは分かるけど、今はうるるを信じて待つみゃ」

「でも……」

「あのウラーは人智の及ばぬ存在……それに、どうもみやたち精霊と同じニオイがする……」

「精霊と……同じ?」

「その証拠に、霊視ゴーグルがないと見えなかったでしょ? どうやら、ウラーも私達同様、霊的な力によってあの氷の体を実装しているみたいなの」

「霊的な……力?」

そこへ、耳を劈くすさまじいエンジン音が轟いた。ウラーを追って飛んできた、自衛隊のF―15戦闘機だ。恐らく西部の戦闘で残った残存兵力だろう。

F―15によって上空からミサイルが打ち込まれるが、ウラーの巨体から白煙が上がるだけで、何の損傷も与えていない。

ウラーは戦闘機を両手で掴まえると、子供が玩具で遊ぶように地面にたたき落とした。

みやちゃんも俺も、思わず目を伏せる。

「自衛隊の戦闘機や高射砲でも役には立たないの……だってこれは魂の戦いだから……」

「魂?」

「さっき、ウラーの氷は魂を氷結させてしまうと言ったでしょう。ウラーたちは人の魂を集めて、何かをしようとしているみたいなのみゃ」

「魂を……?」

「うん……目的はまだ分からないけど、サキちゃんが完全凍結された人間を解凍しても、どういうわけか魂が戻ってこないの。きっとどこかに閉じ込められているんだよ」

「じゃあ、八尾の体を解凍できても無駄ってことか」

「うん……今、県央組が一生懸命探してくれてるんだけど、まだ見つかっていないの」

魂が体を離れて別の所に行くなんて、聞いた事がない。

(必ず……見つけてやるからな。八尾)

遠ざかる与野の明かりを見つめ、俺は心に誓った。

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