第2話 二人の武闘派美少女

 俺と八尾がじりじりと蛇のような目で見つめ合っていると、パタパタと軽いスリッパの音が近付いてくる。

「あーっ、ここだぁ! ねえまどか、ここが3年4組みたいだよ」

 俺たちが着ている学ランの下に、膝上丈の短いスカートをなびかせた金髪の白人美少女が教室を指差している。すると、後から黒髪の美少女が姿を現した。

 平日、男子校の廊下で、金髪と黒髪の美少女二名が、俺達の目の前に立っている。

 非日常的光景に俺の頭の回転は、見事にフリーズした。八尾も呆然として動きを止める。

 睨み合っている俺達と目が合うと、金髪の美少女は顔を赤らめ、若干後ずさりした。

「あっ……とぅ。これは、噂に聞く男子校ならではの801《ハチマルイチ》作戦……か?」

「ちっ……ちがう、誤解だ!」

 俺と八尾はばっと互いの距離を離した。

(すげえ……この娘、本物の金髪?)

 俺が金髪美少女に目を奪われていると、その後ろから怒った表情の黒髪の美少女が顔を覗かせる。

「お二人とも、喧嘩はだめです」

「喧嘩なんかしてない。ただ、コイツが絡んできて……」

「何だと!?」

 俺が八尾のほうを指差すと、今度は八尾が俺に掴みかかってきた。

「ホラ、喧嘩はダメ!」

 黒髪美少女は俺の学ランを掴んだ八尾の手を軽く取り、ひねり上げた。

「いでででで!」

 八尾とさほど身長の変わらない黒髪の美少女は、古武術のような動きでいとも容易く八尾を俺から引き離してしまう。

(八尾が小柄とはいえ、男子を片手で引きはがした……? 本当に女子……だよな?)


 黒髪美少女もまた、浦高の学ランにスカートを履いている。楚々とした雰囲気の黒髪美少女はストレートの髪を弄うと、俺たちと向き合った。

「あなたたち、このクラスの生徒?」

「そう……だけど……」

 思わず、俺はどもる。何せ、同年代の女子と話すのはほぼ二年ぶりだ。

「私たち、何て言うか……その、転校生なの。職員室が分からないから、直接教室に来ちゃった」

「転校生? でもここは男子校の筈……」

「まさか、ついてる……とか?」

「もう、バカなこと言わないでよ! 私たちはれっきとした女子! お・ん・な・の・こ」

 八尾の発言に、金髪美少女が真っ赤な顔で睨み付ける。

「ほ……ほほほほ、本当に、本当?」

「そうよ。聞いてなかったの? 今日から私たち、ここで学ぶの」

 俺と八尾は顔を見合わせた。

「で、でも、忠島は何も言ってないぞ?」

 俺たちは競い合うように回覧を見た。よく見ると、特記事項の所に転校生予定あり、と小さく書かれている。

「『……さいたまスーパーアリーナで避難生活を送る他県高校生の受け入れを行う……本日から!?』」

 思わず声が上ずった。男子校が共学に……? まるで、おとぎ話のような光景だ。

「それじゃ……君達は他県から来たの?」

「うん。私は東京都、マーシャは神奈川県からたまたま埼玉に来ていたの。そしたら……大氷結が起こって帰れなくなってしまって……」

 さいたまスーパーアリーナは今、他県民向けの緊急シェルターとなっている。

 世界大氷結が起こった日は日曜日だったから、たまたま埼玉にいて帰れなくなってしまった人が大勢いるのだ。

「他の高校はもう受け入れ枠がいっぱいなんですって。だから、私たちだけこちらに来る事になったの」

「そうだったのか……」

「県のご厚意で制服も用意してもらったし、何とかやっていけそうな気がする。今日からよろしくねっ」

 マーシャが飛び跳ねると、開けた学ランの下にたわわな二つの膨らみが柔らかく揺れた。



    * * *




 俺と八尾は三年四組の教壇に立った。真摯な顔を作り、生徒たちの喋りが止むのを静かに待つ。だが、ざわめきは止まない。

「おい週番……早くしてくれ。教室移動に遅れちまう」

 強面の真田が言うと、クラスメートたちがこちらを向く。

 俺は八尾に合図を送ると意を決し、大きく息を吸い込んだ。

「この県立浦和高校は本日から……共学になります」

 一瞬、教室中が静寂に打たれた。

 俺はもう一度言った。

「……今日から、女子が来ます!」

 途端に、どよめきが上がった。怒声のようなうめき声や喚起に噎ぶ金切り声、失神して泡を吹く者なんかも現れた。

 見よ、これが男子校だ――――

 俺は彼らのリアクションに微動だにせず続けた。

「新入生の道場みちば・C・マーシャさん、豊嶋としままどかさんです」

 教室の後扉が開いて、マーシャとまどかが入ってくると、男子生徒たちは一斉に振り向いた。

「黒い学ラン一色の野郎ばかりが集うこの学舎に、女子がいる……だとッ!?」

「嘘だ、嘘に違いない……誰かのドッキリの仕込みだ! 畜生ッ!」

「キャー! 俺たちの聖域に女子、女子がいるわッ!」

 普段はおとなしい奴らも鉄砲豆を食らったハトのように目をぱちくちさせている。

 二人の美少女は後ろの扉からランウェーと化した机と机の間の通路を颯爽と通り抜け、喚く男共を見下ろし教壇に立った。

「二人は県外に住んでいたんだが、たまたま埼玉にいた時に大氷結に見舞われてしまったそうだ。皆、二人が埼玉に慣れるようにしっかりと教えてあげてくれ」

 俺が言うと、クラス中からオォーっと鬨の声が上がる。


「ふふっ。何だかアイドルになった気分!」

 マーシャは男子たちの視線を面白がるかのように、その場でくるりと回ってみせた。風圧で、わざとスカートが見えそうで見えないラインまでめくれ上がる。

「あたしは道場・C・マーシャ、両親はアメリカ人だけど基本日本育ちだから、英語はわかんない。ソコんとこよろしくぅ」

 マーシャが悪戯っぽくウインクすると教室中がどよめき、なぜか鼻血を出す奴まで現れた。

 対称的に、まどかは楚々とした雰囲気で深々とお辞儀をする。

「豊嶋まどかです、よろしくお願いいたします」

 二人は空いている席にそれぞれ着いた。


 が……。

 マーシャとまどかの席の周囲には不自然なスペースが空いている。

(いや、お前ら中学まで共学だっただろ……)

 俺のクラスでは一部を除いて奥手な奴が多く、ほとんどの奴らが彼女いたことない=年齢だ。体育会系で部活一筋の奴らも、マーシャのすらりと伸びた足やまどかの風になびく髪を見て、目を白黒させている。

 すると、いわゆる一部の男子……チャラい木村が二人の所に行ってなれなれしく喋りかけた。

「うわー、君達可愛いねぇ。俺さ~、埼玉だったらどこでも案内してあげるよぉ。それにしても、マーシャちゃん綺麗な髪だね。触っていい? ……と、うわッ」

 一瞬で、木村が宙を舞った。

「……言い忘れていたが、道場さんのお父上は元米軍デルタフォース隊員だ。マーシャも格闘技の手ほどきを受け、柔道二段、空手五段、システマ講師の資格を持っている。豊嶋さんもお父様は自衛官で習志野駐屯地特殊工作科勤務、豊嶋さん自身もピアノと茶道を嗜み剣道三段と合気道五段、そして二人はそれぞれ射撃と馬術でインターハイ出場経験あり。守ってやるなどと軽々しく言わないほうが身のためだ」

「それを早く言え」とばかりに、木村が恨めしそうに八尾を睨んでいる。



***



 たちまち、男子校に入学した二人の美少女は浦高中の話題となった。

「お、俺、マーシャちゃん派!」

「なら、俺はまどか原理主義!」

 一年から三年まで、生徒たちは皆空き時間は3年4組の教室の外に張り付いている。

(おいおい、動物園のパンダじゃないんだから……)

 放っておけば、生徒たちは蟻の大群のようにどんどん増えてしまう。俺は週番としての役割を忠島から仰せつかり、教室の入り口に立って淡々と見物客を追い返していた。

「はいはい、通行の邪魔なのでどいて下さい! 3年4組の生徒以外は教室に入らないで」

 まるで人気アイドルのマネージャーにでもなったような気分だ。最後まで抵抗していた男子生徒を追い出すのに成功すると、ふいに腕が掴まれて、柔らかい感触に包まれる。

「ふー、助かった! 武蔵、ありがと」

「わっ」

 マーシャが俺の腕を両手で絡め取っている。

「ずっとこんな感じなんだもん。本当、やんなっちゃう」

「最初のうちは『あたしもアイドル~』なんて言って喜んでたのにな……」

「それはそうだけど、やっぱり四六時中監視されるのは好きじゃないな。ね、それより武蔵、お弁当一緒に食べよ」

「いいけど……」

 口さがない連中が何を言うか……。

 俺がやや表情を堅くしていると、背後に人が立った。

「私もご一緒してもいいですか?」

 息を乱したまどかが窓から入ってきた。髪には木の葉や枝がついている。

「まどか……! どうした、その格好?」

「本当は一人で本を読みながら食べるのが好きなんだけど、どこへ行っても男子たちが追いかけてくるの。さすがに女子トイレでは食べたくないし……」

 げっそりとしたまどかはお昼を食べる場所を探すにも苦労しているらしい。

「良い場所があるんだ、ついてきてくれ」



 俺はマーシャとまどかを伴って、保健室を訪れた。机のパソコンに何やら懸命に打ち込んでいる猫背の女性が見える。

「彩川センセ―、ちょっとお願いがあるんだけど……」

 いかにも「出会い捨ててます」と書いてある化粧っ気のない顔をはっと上げたのは、彩川涙さいかわ るい先生(二十七歳)、通称ルンルンだ。ショートカットの髪を掻き上げたルンルンは、ぎょっとした顔で慌ててパソコンのモニターを体で隠した。

「わ、わわ、私は決してお昼休みに美少年育成ゲームなんてしてない……決してしていない……ハズ」

「あっ、ソレ……『とららぶ』っていう、トラ系男子育成ゲームですね」

 ルイ先生の体では隠しきれないモニターから、白銀色の髪をした美少年が覗いているのをマーシャが目敏く見つけた。

「えっ……あっ……よ、よく知ってるわね」

 自信なさげに語尾を下げた先生は、俺の後ろにいた、マーシャとまどかに気付いた。

「あ……その二人が、噂の転校生ね。道場さんと豊嶋さんだったかしら……困ったことがあったら、いつでも頼ってね」

「うん。そこで早速お願いがあるんだ。ちょっとゆっくりできるような部屋貸してくれない?」

 俺が頼むと、ルンルンは顔を真っ赤にしてぶんぶんと横に振った。

「ひ……昼間から何考えてんの……! さ、三人で……なんて!」

「……先生、何言ってんの? ちょっと隣のカウンセリングルームを貸して欲しいんだけど。今、空いてるでしょ?」

「あ……あはは、そ、そういう事ね! でも、そこは学校生活で困っている人向けのものだから……」

「学校生活でプライバシーがなくて困ってるんです。気の休まる場所がなくて」

 まどかが男子生徒たちの暴走について説明すると、ルンルンも神妙な面持ちになった。

「成る程ね……確かに、男子校にいきなり女子が二人じゃ、獣の群れに羊を放り込むようなものだものね」

(獣といっても、ほとんどが草食性の獣なんですが……)

 俺はルンルンの言葉にツッコミを入れたくなるが、とりあえず心の中にとどめておいた。



 カウンセリングルームのブラインドを下ろし、使用中の札を掛けると俺たち三人は面談用の椅子に掛けた。

「ふぅ。やっと静かな所で食べられる……」

 まどかは清々した顔で両手を伸ばした。

「ここなら、さすがのあいつらも入ってこないだろう。なあ、そういや、二人は何で埼玉に来ていたの?」

「私はおばあさまの用事で行田にいたの。本店の十万石饅頭がどうしても食べたいって聞かなくって……」

「あれ、うますぎるよな。マーシャは……?」

「わ、忘れたなあ……! アハハ」

 マーシャは菓子パンを頬張りながら、乾いた笑いを浮かべている。

「ねー、それより武蔵、さっきからお弁当をフタで隠して食べてるけど、どうして?」

「いや、どうしてだろ、ハハハ……」

 目敏く見つけたマーシャに、俺はぎくりとした。

「見せて!」

「あっ、ちょっと……!」

 マーシャが俺の弁当箱の蓋を開けてしまう。

 きちんと区画整理された色とりどりのおかずに、羽生のばあちゃんの家で採れた山菜炊き込みご飯のセットだ。

 男子手製の弁当とは到底思えぬ出来映えに、まどかもマーシャも愕然と顔を引き攣らせている。

「武蔵のお弁当…………すごいんですけど! そぼろご飯に厚焼き卵、タコさんウインナー、きんぴらごぼう、青菜のおひたし……これ、何?」

「ああ、それは深谷ねぎのフリットだよ」

「うちのママの料理より全然美味しい……まどか、食べてみて」

「ほ、本当だわ……!」

 料理は小学生の頃独学で身に着けた。朝から夜遅くまで母が働いている間、いつも新しいレシピを作ってみては、自分なりの研究を重ねてきた。ばあちゃん仕込みの手打ちうどんだって打てる。

「ねえ武蔵~、私の分もお弁当作ってきてよ」

「わ、私の分もできれば……」

「おいおい、そんな事言われても……」

「いいでしょ? 一つ作るのも、三つ作るのもたぶん変わらないって!」

 すると、マーシャの腹の音がぐぅと鳴った。時間差で、まどかの腹の音も鳴る。

「あーあ……おいしい手作り弁当食べたいなあ」

「……私たち避難所で一緒に暮らしてるんだけど、毎日レトルトばかりなの。お願い、武蔵君……」

 美少女二人が目をうるうるさせて、俺に懇願してくる。

「その……もしも、お断りしたら?」

 すると、懇願するようにすり合わせていた掌が、にこやかな拳に変わった。

「……仕方ないな」

 マーシャとまどかはぱっと顔を輝かせた。

「あっりがとー。やっぱり、持つものは友達よねー」

 マーシャの口から、どこかで聞いたようないじめっ子の台詞が聞こえる……。

「そういえば、八尾君は?」

「あいつは昼はいつも早弁して、他のサバゲ野郎と筋トレしてる。さいたま防衛軍を作る~、とか言って、どっかの軍の真似して本格的なトレーニングしてる。同好会のくせに、ほとんど部活みたいなもんだよ」

 俺はまどかに答えた。


「部活かあ。このままいったら大学受験もなさそうだし、あたしも何か入ろっかなー。武蔵は何部に入ってるの?」

「俺は小中高、ずっと剣道やってる」

「へぇーッ、そうなんだ! あたしもパパが格闘技フリークで、ちょっと習った事あるよ。でも正座が辛いから、コマンドサンボのほうが好きかなあ」

 えへへ、と女子らしい笑みを浮かべながら、シュシュシュと軽やかにマーシャは拳で空を切る。なお、常人の速さではない。

「武蔵さんは、剣道がお好きなんですか?」

 まどかが訊ねた。

「好き……っていうか……やらなきゃいけないっていうか……」

 曖昧に言葉を濁す俺を、まどかは不思議そうに見つめている。

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