第23章:発動

[1] ヴォロネジ攻防戦

 ソ連軍はハリコフとセヴァストポリで立て続けに苦杯をなめる結果となったが、ドイツ軍も第2次ハリコフ攻防戦のために、「青」作戦のための準備が台無しにされてしまい、工程表に大きな変更をせざるを得なくなった。

 6月1日、ヒトラーはポルタヴァの南方軍集団司令部を訪れ、「青」作戦の攻勢開始日を同月28日まで延期することに同意した。その間に南方軍集団は部隊の修復と補充を済ませ、出来るだけ多くのソ連軍を排除しようと前線に集結していた。しかし「青」作戦の実行を目前に控えたこの時期に、ハルダーとボックは衝撃的な報告を受ける。

 6月19日、ドイツ第23装甲師団首席作戦参謀ライヘル少佐が乗った軍用機が偵察飛行中に撃墜されたのである。ソ連軍の情報将校は後方地域に墜落したフィーゼラー・シュトルヒ軽飛行機から「青」作戦の完全な文書を鹵獲し、ただちにモスクワに通報した。

 ドイツ陸軍上層部は「青」作戦に関する情報を手に入れたソ連軍が対抗手段を取るのではないかという懸念に頭を悩ませた。しかしヒトラーは南方軍集団に対して、当初の計画通りに「青」作戦を発動するよう命じた。もはや巨大な軍事作戦の段取りを変更するには遅すぎるタイミングだった。

 ドイツ軍にとって幸いだったのは、スターリンは依然としてヒトラーが再びモスクワを叩くと考えていたことだった。カフカス地方の制圧を目指す「青」作戦の文書を欺瞞であるとして退け、耳を貸そうとはしなかった。「青」作戦の担当正面に当たるブリャンスク正面軍司令官ゴリコフ中将は同月26日にたまりかねてモスクワに電話したが、スターリンはにべもなく文書の信憑性を繰り返し否定してみせた。

 6月28日、「青」作戦が予定通り開始された。第4装甲軍の第48装甲軍団(ケンプ大将)と第2軍は、クルスク東方からブリャンスク正面軍と南西部正面軍の境界面を裂くように進撃した。ロシア中央に位置する交通の要衝ヴォロネジの占領が、「青」作戦の第1段階として設定されていた。

 7月3日、南西部正面軍に最大の危機が訪れる。ヴォルチャンスクから進撃を始めた第6軍と第4装甲軍がスタールィ・オスコルで合流を果たした。その結果、3個軍(第13軍・第21軍・第40軍)が包囲されてしまった。統制を失った各軍は散り散りになりながら、東方へ脱出しなければならなかった。

「最高司令部」は南西部正面軍の機能を回復させるべく、ブリャンスク正面軍司令官ゴリコフ中将に対して、司令部とともにヴォロネジに向かうよう命じた。現地にはヴァシレフスキー参謀総長も援助のために駆けつけた。さらに崩壊した戦線を立て直すために戦略予備から4個軍(第6軍、第60軍、第63軍、第5戦車軍)が派遣された。

 7月3日、ポルタヴァに再訪したヒトラーは南方軍集団司令官ボック元帥と協議した。その際にヒトラーはヴォロネジの占領に関して、次のように発言した。

「私はヴォロネジの占領に固執しない。それを必要とも考えていない。占領か、あるいは兵力の南進を優先するかの判断は貴官の裁量に委ねるつもりだ」

 ヒトラーの発言は「総統指令第41号」の方針と矛盾する内容であり、ボックはヴォロネジ占領の裁量を委ねられる立場に置かれた。ヴォロネジを防備が弱いうちに占領しておけば、今後の対ソ戦で同市が要石して利用できる。そのように判断したボックはこの日、第4装甲軍に占領に向けた攻勢を続行するよう命じた。ボックは賭けに出たのである。

 7月4日、第48装甲軍団の第24装甲師団(ハウエンシルト少将)と「大ドイツ」自動車化歩兵師団(ヘールンライン少将)がヴォロネジ市の西端に突入した。

 7月5日、第5戦車軍(リジューコフ少将)がヴォロネジ北方から反撃を実施した。第4装甲軍はこの反撃に対して第24装甲軍団(エルレンカンプ中将)を差し向けた。第5戦車軍は司令官が搭乗する戦車を撃破され、この反撃は失敗に終わってしまった。

 7月7日、スターリンはモスクワへの攻勢を封じるために「最高司令部」に対してヴォロネジ正面軍の編制を命じた。同正面軍には3個軍(第6軍、第40軍、第60軍)が配属され、正面軍司令官にはヴァトゥーティン中将が就任した。

 7月8日、「青」作戦の第1段階―ヴォロネジの占領が終了した。しかしボックの賭けは失敗に終わってしまう。第4装甲軍はヴォロネジ正面軍との市街戦にくぎづけにされ、手持ちの燃料を使い果たして一時停止を余儀なくされた。

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