第21章:泥濘期

[1] 雪中の包囲戦

 モスクワ前面で始まった1941年度の冬季戦は、翌42年4月20日まで続いた。

 全ての目標を一挙に達成しようとしたスターリンの大望は、すでに3月初めにはその機会を失っていた。ヴィアジマその他の場所では、6月までドイツ軍の背後にいくつもの部隊が踏みとどまっていたが、ソ連軍が奪回できたのは通行不能な湿地帯だったからであり、晩春に大地が乾燥するまでドイツ軍が機動力を回復できなかったからであった。

 デミヤンスクとホルムの包囲網に閉じ込められたドイツ軍は、ソ連軍によって徹底的に叩かれ続けた。デミヤンスクでは第16軍の2個軍団(第2・第10)の一部が将兵9万人と補助部隊1万人、ホルムでは第281保安師団(シェーラー少将)をはじめとする約5500人が包囲されていた。

 デミヤンスクで包囲された部隊に対して第1航空艦隊司令部より毎日270トンの補給物資を空輸することができると回答した。この回答を得たヒトラーは包囲された各師団に対し、包囲が撃破されるまでその位置を維持するよう命令した。

 2月中旬、積雪が多いにもかかわらず、この地域のソ連空軍が脆弱であったことからドイツ空軍による空輸作戦は大きな成功を収めた。しかし、この空輸作戦のために輸送能力の全てを使い果たし、爆撃能力の一部も犠牲となってしまった。

 北西部正面軍は包囲内のドイツ軍を殲滅するようスターリンに迫られ、繰り返し攻撃を行った。しかし悪天候と進撃が困難な地形によって徐々に攻撃のテンポが鈍くなり、ついに「最高司令部」が夏季の新作戦の準備に着手するに当たって停止してしまった。

 包囲網が形成された2月初旬から5月の間に、デミヤンスクとホルムの包囲網にドイツ軍は陸上と航空あわせて、物資65000トンと増援31000名を送り込み、36000名の負傷者を後方へ輸送することに成功した。この成功に気を良くしたヒトラーとゲーリングは東部戦線において効果的な空輸作戦を行う戦術を発案したと考えた。

 3月初め、ウクライナに春の雪解けと泥濘期が到来して、2週間後にはモスクワ周辺にまで及んだ。その間、デミヤンスクとホルムで包囲された部隊を救出するための長期化した戦闘は引き分けに終わり、ソ連軍が包囲網に突入しようとしたその時、ドイツ軍に救援部隊が到着して脱出してしまった。

 デミヤンスクの包囲網に取り込まれていた将兵10万名のうち3335名が戦死、1万名以上が負傷した。ホルムでは残存兵力が1200余名になってなお持ち堪え、ついに42年5月までソ連軍との局地戦を戦い抜いた。この周辺の戦線はいびつな形をしたまま一応の安定を取り戻し、このあと2年間に渡って独ソ両軍の睨み合いが続いたのである。

 デミヤンスクやホルムよりもさらに北に位置する包囲されたレニングラードに対するソ連軍の最初の救出作戦は無残な失敗に終わってしまっていた。

 1月13日、ヴォルホフ正面軍の第2打撃軍がチュードヴォとノヴゴロドの中間部で攻撃を開始し、第16軍・第18軍の間隙を突破した。南からレニングラードへと到達して、ヴォルホフ周辺のドイツ軍2個軍団を包囲するという作戦だった。

 だが、北方軍集団は予備兵力を投入して必死に戦線を繕い、第2打撃軍の進撃を発起点から50キロほどの位置で停止させることに成功する。このとき第2打撃軍の戦線はヴォルホフ河から西に突出部を形成していた。北方軍集団はこの突出部の根元を南北から切断して、ソ連軍の反撃を頓挫させる作戦に打って出た。

 3月15日、ヴォルホフ河の流域で南から第58歩兵師団、北からSS警察師団が攻撃を開始した。春が近いにも関わらず、戦場となったヴォルホフ周辺はまだ冬が荒れ狂っていた。壮絶な白兵戦の末、ドイツ軍の2個師団は同月19日、エリカ林道で包囲を完成させることに成功した。

 この戦況に受けて、モスクワの「最高司令部」は包囲された第2打撃軍に第20軍司令官ヴラソフ中将を派遣した。第2打撃軍司令部に到着したヴラソフはただちに反撃を実施し、早くも同月27日にはエリカ林道を奪取して包囲を解放した。しかし、部隊の状況からレニングラードへの進撃はもはや不可能だと判断したヴラソフは「最高司令部」に突出部の放棄を提言したが、スターリンはヴラソフの提案を却下した。

 包囲を突破することも救出されることも叶わぬまま、第2打撃軍はドイツ軍の攻撃にさらされ続け、6月初頭にヴォルホフ河の東へと撤退する過程で全滅してしまった。

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