対面の時――

 時刻は夕暮れ、だいぶ日差しも落ちてきた。段々と夜の闇が辺りを包み込み、夕食の時間に刻々と近づいていた――そう対面の時間である。

第一王子のイングラム様と第二王子のカーライル様はとっくに到着していたのだが、私が会うのを渋ったため、先に姉のルナだけが対面していた。そうして、少しの抵抗も空しく、ついに婚約者との対面の時がきてしまったのだ。


 その対面の為に、いままでの地味に目立たず穏やかに生きることを目的としていた努力が全て水の泡になったのだが。もう何も言うまい。せば何事なにごとも! もう意味が分からないがとりあえず、いまは事態に流されることにした。


 対面が終わった後で、また格好も元に戻せばいい。そのうち何か良い考えが浮かぶはずだ。そう思って、とりあえず目前の扉に手を掛けた。

 ギイッと思い音を立てて扉を開ける。扉を開けた先には双子の姉のルナがいた。美しい銀の髪と新緑の若葉のような翠眼すいがん。その容姿に合わせてあつらえられたドレスは、細部に渡ってたっぷり刺繍がほどこされ、フワフワのリボンがところどころに装飾されている。色は明るいタンポポのような黄色だ。本当に、春の妖精ですかあなたは⁉ と思うくらい可憐で美しい。


 一方私はと言うと、エミリーが見立てただけあって自分でいうのもなんだがよく似合っていた。

 ルナのようなフワフワのふんわりしたドレスではなく。とてもスッキリしたシルエットのドレスで。淡いピンク色を基調として、こちらも細部に渡ってたっぷり刺繍がほどこされており、袖にはドレスと同じ色の淡いピンク色の石が細かく縫い付けられている。とても華やかな雰囲気のドレスである。首元に付けられた黒のチョーカーには、真ん中にアクセントとして銀色の装飾と十字架がついている。


 自分で言うのもなんだが、可憐なルナと隣をあるいても支障がないくらいの出来栄えだ。エミリーは本当にセンスがいい。


「レナ! やっときたのね!」


 そして、扉の近くからいつまでたっても動こうとしない私を、ルナがやってきて手を引いて部屋の中央まで連れていってくれた。うん、実は動きたくなかったというか、近づきたくなかったというか。


「あールナ。今日は私ちょっと早めに退散したいんだけど……」


 弱気になって、小声で思わず呟くと。ルナの後方から声が掛かった。


「早めに退散とは、穏やかじゃないな。そんなに私達に会いたくなかったのか? レナ姫」


 えっと思って声のした方向を向くと、二人の王子がルナの後ろに立っていた。いや、知ってはいたんだけどなるべく見ないようにしていたというか。小声だから大丈夫かと思ったのに耳良いな。


「それは残念だ。私達はレナ姫に会う日をとても楽しみにしていたというのに」


 そう言って少し眉を顰めて私に話かけてきたのは、第一王子のイングラム。


 あーはいはい、まるでどこかの王子様がよく使っているようなフレーズですねー。まあ、正真正銘の王子様なんだけど。


 イングラムは見るからに正統派王子様といった金髪碧眼の容姿。話し方はぶっきらぼうな感じなのに、御年15歳にしては言動の一つ一つがしっかりし過ぎていて、もっと上の年齢に見える。表情もとても落ち着いていて大人びている。印象としては好青年というのが一番しっくりくる感じだ。堀の深い整った顔に優しい眼差しで流し目なんかされたら、普通の女の子で落ちない子はいないと思う。そう普通ならだ。


「兄上、そう言ってしまっては可哀そうですよ。ほら、すっかり怯えてしまっているじゃないですか。大丈夫ですか? 兄上の言ったことは気にしなくていいですよ。美しい双子の姫君を見て、からかいたくて仕方がないだけですから」


 そしてイングラムの後ろから、優しい微笑みを浮かべて話しかけてきたのが、第二王子のカーライル。

 同じく、堀の深い整った美しい顔立ちで世の女性を魅了してやまない雰囲気を持っているのだが、その容姿はイングラムとは全く異なっていた。


 瞳は血のように赤い赤眼で、髪は光沢のある艶やかな白。肌は健康的な褐色だ。やんちゃな子供って印象がピッタリな感じだ。表情も野性的で笑った時に覗く八重歯がとても印象深く、エキゾチックでちょっと色気すら感じてしまう。ちなみに歳は14歳とイングラムと一つ違い。赤眼はこの世界でも稀で、血のように赤く美しい赤眼に見つめられて、落ちない女の子はいないと思う。そう普通ならだ。

 地味に目立たず穏やかに暮らしたいと思っている今のレナにとっては、どんなに魅力的な王子様二人を前にしても全く効果がなかった。むしろ近寄って面倒になるのは冗談じゃないと思っているくらいだった。


 その美貌の二人の王子様の容姿が異なっているのは、母親が違うためと聞いてはいたが詳しい経緯は不明。というかあまりに興味がなくて単に聞いていなかっただけなのだが――


「いえいえ、こちらこそ折角せっかくご足労頂きましたのに、出向でむくのが遅れてしまい申し訳ございません。ちょっと体調がすぐれなくて、部屋で休んでおりましたの」


 ほほほほほと言い訳しながら、なんとか取り繕う。


「そうか。なにやら悲鳴のような声が聞こえて来たので、大丈夫かと心配していたのだが。もう体調はいいのか?」


 なんとかつくろったところに、イングラムからの容赦ようしゃないお言葉。先程のエミリー前髪バッサリ事件の悲鳴を聞かれていたのですか⁉ と思わず吹き出しそうになる。


「ええ、もう十分休みましたから大丈夫ですわ」


 引きつった顔でなんとか返事をするが。もうそろそろ限界に達しそうだ。只でさえ過去のトラウマから、人と話すことが苦手な上に免疫のない超美形が二人もそろっている。もう勘弁してほしい。そう思ったところに、救いの女神が舞い降りた。


「イングラム様、そろそろレナをからかうのはおやめください。こんなに固まってしまって。可哀そうに」


 そう言いながらも、その表情は明るい。クスクス笑いながらレナを後ろから抱きしめる形で、ルナが抱きついてきた。


「そうですよ兄上。あまりからかってはレナ姫が可哀そうです」


 いやいや、可哀そうといいながらも笑った顔からはしっかり八重歯が覗いている。これは皆で私をからかっているというか、私で遊んでいるのかーッ! 気付いた時には遅かった。


「私だけを悪役にするなんて狡いぞ? カーライルもルナ姫もずっと面白そうに笑っていたじゃないか」


 皆同罪だ。と言わんばかりのイングラム。


いやいやいやっ一番率先してやってたのはイングラム様ですよね? よくもそんなことが言えたもんだ――と心の中で悪態をつく。


 この三人の中で、一番の腹黒はイングラム。次いで腹黒二番手がルナ。最後にカーライル。

 ルナは昔から人をからかうのが大好きだったし、大の悪戯好きなのを知り尽くしているので諦め半分で見逃すことにする。ルナだけ特別扱いで贔屓ひいきして甘くなってしまうのも私の昔っからの癖だった。だから、私は標的を二人に絞って復讐することにした。


「イングラム様、カーライル様」


 にっこり笑ってそれはもう、晴れやかな青空のような笑みを浮かべて標的に話し掛ける。


「なんだ? レナ姫」

「なんですか? レナ姫」


 二人同時に、にこやかに返事を返す姿になおさら腹が立ってきて。当初予定していた言葉とは違う言葉を思わず言ってしまったのだ。


「お二人との婚約を解消させて頂きたいのですが」

「「「⁉」」」


 イングラム、カーライル、ルナも含めた三人は声も出ずに固まった。本当は、大嫌いとかもうお話したくありませんとか。その辺のことを言ってスッキリしようと思っていたのだが。彫刻のように動かない三人を尻目に満足した私はさらに笑みを深めてにっこりと続けた。


「わたくし常々こう思っておりましたの。地味に目立たず穏やかに生きていきたいって。そう言う考えの人間にはお二人のような、全国民が熱狂してやまない輝かしい王子様のお相手には相応しくないと思うのです。」


 と今度は俯き加減で殊勝な顔をして言ってのけた。


「現に、今日はお二人にお会いする直前まで、メガネを掛けておりましたし。前髪を伸ばして顔を隠して髪を後ろに一つ縛りして男装しておりましたの。そうすると、わたくしお二人との社交界デビューでのダンスも男装してということになりますでしょう? きっと世間体的にも良くないと思いますの。お二人の輝かしい未来の為にも婚約は破棄と言うことに……」


 ね? 相応しくないでしょ? と勝ち誇った顔をして。それでは失礼と、一礼してその場を後にしようとして、私は気付いてしまった。後ろから只ならぬ気配がしていることに。


 おそるおそる振り返るとそこには、顔を真っ赤にして青筋を立て、ぶるぶると身を震わせてエミリーが立っていた。どうやら夕食の時間です、と呼びに来てくれたところのようだったのだが、なにしろタイミングが悪かった。


「エッエミリー……さん? 何時からそこに?」

「……姫様、何とんでもない事をおっしゃってるんですか――――――――ッ!」


 エミリーの鬼のような形相を見て三人一緒に固まっていたのかと納得する。


「ごっ、ごめんなさい――――――――――――ッ!」


 再び、城内に悲鳴と絶叫がとどろき渡った。そしてその後、領主ルーク・ローズブレイドとその妻マグダレナ・ローズブレイド、そして婚約者の四人で夕食を何とかすませたのだが。

 その後、エミリーから説教地獄がまっていた。それは明け方まで続き。私は次に婚約解消の話を持ち出すときは、絶対に後方の安全を確認してからする。と固く心に誓ったのであった。


 そしてすっかり蚊帳の外といった感じになってしまった、第一王子のイングラムと第二王子のカーライルそしてルナは、私との夕食の時も始終うつむきがちで。肩を震わせていたように感じたのは気のせいだろうか? まあいい。


 とりあえずイングラムにもカーライルにもとんでもない嫁候補という印象を与えることができたのだ。万々歳である。きっと二人ともルナを選ぶに違いない。

 そう私は単純に考えていたのだが。この後私は知ることになる。この見目麗しい二人の王子様はとんでもなく厄介なお相手だったということに。

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