考える葦

★帝歴2500年初冬 エウレカ公国 開拓領ヒューパ 上空3000m ティア


 どうしよう、このままじゃ食べられちゃう。


 しかし、何故まだ殺されずに生きたまま運ばれてるんだろう? 普通、獲物ならその場で食べちゃうか、ちょっと安全な場所で食べるよね?

 捕まえられた時に殺されてなかったって事は、たぶん生きたまま巣に持って帰ってるんだろうか、だとすると雛に生きたまま食べさせる気なのかもしれない。


 冗談じゃない、生きたままとか怖すぎるでしょ!

 魔法は駄目だし、秘められた力も発現してくれそうにない、残された手は、考えるしかない、人間は考える葦なんだ、考えろ私


 ううう、どうしよう、落ち着け、落ち着け私。どうすれば良いか…とにかく今できる事……今できる事と言ったら情報を整理する事!よし、情報の整理から始めよう。

 私が置かれている状況認識からだ。周りをよく見渡してみよう、情報の整理整頓。整理整頓は大事。



 彼女は文系志望なのに、仕事時代に染み付いた理系思考が抜けないのだ。



■現状観測


1. 下を見渡すと高い所を飛んでいる。: 国内線の飛行機から見ていたより低い、前に出張で行ってたインドネシアの小さな飛行機が、一万フイート(約3000m)の高さを飛んでいた、あの時みた光景と同じぐらいの高さだろうか? 一応の目安にしておこう。

 さっきより高度が高くなった気がする? どうも同じ場所をぐるぐる回転しながら飛んでるから、上昇気流を掴んで一旦高く舞い上がってるのだろう。


2. ワイバーンの右足に掴まれている。: 観察すると上の方は、緑色をした方の硬そうなウロコになっている、今私を握ってる指先から踵ぐらいまでの範囲は柔らかそうな黄色の皮膚で、硬そうな緑色のウロコは無い、狙うなら柔らかそうなここだ。


3. 今の私の状態は、特に痺れや痛みはない。: 骨折や大きな怪我はしていなさそう、そして今の状態で自由が効くのは、右腕と両足。


4. 持ち物で武器になりそうなのは、魔法が使えないしスキルも無い。: 今の私に残された頼れる唯一の物は、家を出るとき渡された『黒のナイフ』のみ。



■考察


 状況1から、今はもう高い高度まで舞い上がっている。ワイバーンから逃れられても、落ちたら確実に死ぬ。

 うん、これはシンプル。


 状況2から、今現在の私の手が届く範囲で、ワイバーンへ何かのダメージを与えられるとしたら、この柔らかそうな場所だけ。


 状況3と4から、右手を使えば状況4のナイフは使えそう。硬そうなウロコにどれだけ通用するのか?



■選択肢


 以上の考察から選べる選択は。


Ⅰ. 諦める → ワイバーンのおうちで雛かこいつに食べられる。


Ⅱ. 許してもらえるよう誠心誠意頼んでみる → ワイバーンは言葉解るの?


Ⅲ. 何らかの秘められた勇者のパワーが覚醒して、全てうまくいく。→ 転生神が邪魔してる今の状況で?


Ⅳ. しょうがない、黒のナイフ一本で戦う → 幼女の私の力で? 万が一倒したとしても落ちたら死んじゃう。飛行能力が使えるギリギリまで弱らせて地上に降りるしかない?



ピコーン


 よし、選択肢は、Ⅱだ!

 平和主義で行こう、話せば解るはず、お話してみよう。


「あのー、すいません、すいませ~ん、ワイバーンさあん、ちょっとお話が~。聞いてくださ~い、お話~」


ギューッ


「あいったったたた」


 ワイバーンからの返事は、『右足を握って私を黙らせる』でした。



 さて、嫌だけど残った選択肢は、Ⅳの『戦う』しかないか、やだなぁ、怖いよお。


 自由になる右手を服の中に仕舞った黒のナイフへと伸ばす。自分の身体を傷つけないよう、ゆっくり取り出し構える。

 小ぶりのナイフのはずだが、5歳児の手にはズシリと重い。


 この後の行動をどうするかイメージトレーニングしてみよう。


 まずは、ワイバーンの右足指の筋を切って、自由になる。

 ナイフが刺さった右手を軸に、自由になった体を反転させ、両足と左手でワイバーンにしがみ付く。

 次に落っこちないよう足を登る。鱗の出っ張りに指をかければいけそう、そのまま背中に乗り移る。

 背中に上手く登る事ができた後は、ワイバーンが死なない程度に、エイ!エイ!とダメージ与えて地上まで降りる。

 地上に降りたところでワイバーンは力尽き、私は無傷。

 無事帰った街では、たった一人でワイバーンを倒した、5歳児幼女ドラゴンスレイヤーとして讃えられ、皆がちやほやしてくれる。


 よしよし、イメージトレーニングでは完璧。これだ、これは上手くいく……上手くいく上手くいく、私は最強、私はやれる。

 絶望的な状況で自暴自棄気味だが、早速行動だ。



 ワイバーンの黄色い足を見つめる。黒のナイフで突き刺す部位をじっくり吟味。


 大丈夫、私手羽先料理も得意だ、コトコト煮込んでやる…じゃなくてぶった斬る。指を動かすための筋肉と筋の境い目辺りが狙うべき場所!

 覚悟を決めて、思いっきり黒のナイフを突き刺す。


ピカッ!


 えっ、黒のナイフが光った!?


 何が起きたのか考えてる暇はない、ワイバーンの足筋の端から端まで一気に切り裂く。

ドドドド

 黒のナイフを持つ手に、連続して硬いものが当たって切り裂ける感触がする。

 指の筋を傷つけるとワイバーンの足の力が抜けた。


 このナイフよく切れる!


ギエエエエエエエエエエ

 ワイバーンがその痛みに叫ぶ。思ってもみなかった突然の反撃に全身が震えている。


 こんな小さな幼女の反撃なんて大したことない、と油断してくれていたのだろう、ザマアみろだ、幼女を舐めないでもらいたい。


 右足の力が緩んで空に放り出されないよう、イメージ通り身体を反転させ、必死でしがみついた。


「わわわ」


 必死でしがみつきながら太ももまでよじ登ろうとすると、ワイバーンが暴れて私を振り落とそうと右膝を曲げる。

 ワイバーンが膝を曲げた勢いで、私の体は前に飛ばされ、宙に浮く。


 一瞬の空中遊泳。


「っ」


 声なんか出ない、夢中で飛ばされた先の、ワイバーンの太ももと尻尾の付け根辺りにビターンとしがみ付く。


「しっ死ぬかと思った」


 でもこれはチャンスだ、このまま背中の上まで上がろうと、尻尾を左手と左足で抱え、体の体重を預けた時だった。

 マズイ! 黒のナイフがウロコ部分に刺さらないから滑りだした。左手で尻尾を掴み、左足を絡ませることで、あと少しで背中に登れそうなのに。


 私を振り落とそうと暴れるワイバーンの動きに、身体が内腿側に半回転してしまった。


 落ちちゃう!


 その時見上げると、ワイバーンの尻尾と両足の付け根辺りに、他のウロコ部分と違って白っぽい柔らかそうな部分が見えた。


 ここだ!

 夢中でナイフを握った右腕を伸ばす。


 ズボッ!

 右腕がそのまま肘まで突き刺さった。


 あれっ?

 ナイフで突き刺した手ごたえじゃない??


 ギッギエエエエエエエエエエエエエエーーーーッ

 ワイバーンの悲痛な叫び声が響く。


 うん? なに?

 なんだか臭う。右腕が生暖かい。


 右手を差し込んだ場所は、…そう、ワイバーンのお尻の穴だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る