幕末SF 局長権藤

 文久3年。


 満月の宵に、京都は静かに張りつめていた。

 月明かりが碁盤の目を照らし、町並みのエッジを際立たしている。


 権藤勇は、八木邸の長屋門をくぐる。

 二人の警備を連れていた。

 月夜に照らされた権藤の顔は、厳しい形相だった。



「遅れて済まない、山埼」

 権藤勇が屋敷の居間に入る。大きなモニターに向かって、二人の新撰組隊員が座っていた。


「いえ。僕も今、終わったところです」

 名を呼ばれた隊員が、振り返る。


 その隊員、山埼は南蛮の白シャツを羽織り、黒縁メガネを掛けていた。落ち着きのある瞳が、レンズの奥に見える。




「かなりの用心ですね」

 山埼が二人の警備を見て言った。

「あァ、また組織内に謀反者が居るという噂があった」


 新撰組では、珍しい話ではない。

 特殊強襲鎮圧執行部隊。

 その名を預かる新撰組は、荒くれ者の集団だった。

 浪人を集めた組織という性質から、ゴロツキ上がりが多かった。そして、派閥をよく造っては謀反を企てる一角が現れていた。




 権藤はふと、モニターを見る。

「前と違うな」


「ええ、新しい技術を導入したんです」

 山埼は答える。


 モニターには、二つの情報が表示されている。

 左側に映し出されていたのは、盤の目と、その上を動く赤い光点。KPSによる位置情報を、リアルタイムに映す。

 右側は、格子状に分割された京都各所のカメラ映像が流れている。ときおり、画面が切り替わっては町人を映す。


 その前で、一人の隊員がヘッドセットを付け、タイプライターを叩いている。

 技術班の班長がチェックをしているんです、と山埼は教えてくれた。


「あの一件からの教訓です」

 山埼は、黒縁メガネをくいっと上げる。


「僕らは今まで、新撰組だけをKPSで追い、現場での捜査や判断は隊員に任せていました」

「現場主義。捜査は足で稼ぐ、だな」

「時代遅れの、ですね」

 山埼は付け加える。

「新設備はそれを補います」



 山埼は自信ありげに、モニターを見る技術班の班長の肩を叩いた。

「班長。局長に新設備について、説明してくれ」

「は、はい」

 班長は、ヘッドセットを外し、権藤の方を向いた。



 班長はモニターを示す。

「これは京都市中のカメラ映像です、ここ屯所で幕府管轄のものは全て見れます」

 班長がカチカチとタイプライターを押すと、画面が切り替わる。


『……うァ、飲み過ぎだァ……』

 画面に町人が映し出されると、スピーカーから声が聞こえた。


「カメラに付いた指向性マイクで、会話も筒抜けですよ」

 そう言う班長には、笑みが浮かんでいた。



「ん?」

 権藤が格子のある一角を差す。

「この、路地を進むカメラは何だ?」

 班長は、そこに目線を上げる。

「新撰組隊員のヘッドセットに装着された、ウェアラブル型カメラの映像ですね」

 隊員の視界に映るモノも指令室に送っていると言う。




 権藤は、うむと唸ると

「プライバシーもへったくれも、ないな」

 と、呟いた。


 山埼が答える。

「まぁ、あの要人暗殺の一件で、京都の緊張がさらに高まりましたから。不逞浪士の取締りは急務です」



 そして付け加える。

「あと、組織内にいる謀反者の捜査も、ですけどね」


「あァ。不義、狼藉は絶対に許さん」

 権藤の顔に、血管が浮かぶ。

 もちろんです、と山埼は頷いた。




「局長……あの、」

 班長が、声を掛けた。

「皆さん、拡張現実コンタクトレンズは装着してますよね」


「あァ、着けてるが……」

 権藤は言葉少なく返す。



「位置情報の表示だけでなく、他にも表示できるようにしたんです」


 山埼は視界に、拡張現実を拡げた。

 拳銃の残り弾数、認証刀のオンオフの表示が現れた。

「手元を見ずに認証の確認ができるので、抜刀の隙が減ります」

 前の事件の苦い苦い経験があった。


「これは良いなァ」

 権藤は間の抜けた返事をする。


「訓練も出来るようにしました。反射神経テストのデモ、流しますよ」

 班長は、その間もチラチラとカメラ映像を見ながら、タイプライターを叩く。


「うわっ」

 山埼の視界には、仮想のボールが飛び交い、思わず避ける。

 警備二人も動いている。同じデモを見ている様だった。


「うぉー」

 権藤は、どこかくねくねとした動きをする。

 山埼は心中で、なんか間抜けだな、と思った。




「他にも……」

 班長は、あっと言い、タイプライターを叩く。

 ある画面を、権藤は見逃さなかった。


「他にも、ナヒゲーション機能がついてます」

「おい、お前。さっきの」

 権藤は、班長に声を掛け、近づく。


「いや、まだ機能の説明が」

 権藤がタイプライターに迫る。

「ちょっと貸せ」

「何でですか」

 班長に必死さが帯びる。

「駄目です」

 権藤が、タイプライターのボタンに手を懸けた。

「待って下さいッ」



 モニター画面が切り替わる。

『……土片歳三……暗殺を……だが』

 それは、町中に出た新撰組隊員のウェアラブル型カメラからの声だった。


 山埼は絶句する。

 モニターには、仲間の暗殺を企てる会議が映し出されていた。



 班長が慌てる。

「これは……」


「おい、お前」

 権藤は、静かに聞いた。

「謀反者を指令室にバレないよう、手配してたな」

 権藤は威圧するような声で問う。

「どうなんだ」

「いや……」




 狼狽える班長に、おい、ともう一度ドスの利いた声で詰め寄ると━━━



「くッ」

 ━━班長は、権藤を突き飛ばしていた。

 彼の目に悪意が宿るのを、山埼は見た。


 班長は跳ぶように、縁側に繋がる障子戸へ向かう。


「警備、追え!」山埼は叫ぶ。

 二人の警備が瞬時に動く。


 障子戸の前に一人が跳び出す。

 班長は体勢を崩しながらも踏み止まる。体を無理やり反転させる。

 が、挟み撃ちの形で、既に後ろから、もう一人の警備の手が伸びていた。


 終わりだな、山埼は思ったその瞬間━━。

「食らえッ」

 ━━視界が奪われた。


 完全な視界喪失ホワイトアウト



































 山埼の目を、強い閃光が視界を覆った。


「くそッ、何も見えん!」

 警備二人も目を抑え、唸る。動きが止まる。


 班長はほくそ笑み、障子に手を懸ける━━が、強い衝撃で背中を弾かれた。



 障子戸を破り壊して、庭に転げる。


「御返しだ」

 砂利の地面に叩き付けられた班長は、縁側へ振り返る。

 そこには、権藤の姿があった。

「なぜ……見えてる?」

 班長の手から、小さいスイッチが落ちた。



「コンタクトレンズを外せッ!」権藤が吠える。

「レンズの拡張現実上に閃光弾を放つたァ、面白い細工だな」



 それを聞いた山埼は戦慄する。


 拡張現実上に閃光を放つ。

 スイッチ一つで、レンズ全面を発光させ、装備している新撰組全員を戦闘不能にさせられる。

 そんな脅威を一人の男が持っていた。




 転がった班長は、後ずさった。

「なぜだ。なぜ、局長は視界を失わないんだ」


 その言葉に、権藤は一旦黙る。




 そして、飄々と言い退けた。

「目に異物入れるの、怖いんだわ」




 やっと、レンズを外した山埼は、呆れる。

「くねくねは、演技かよ……」



「くそッたれ!」

 局長らしからぬ馬鹿げた理由に、班長は怒鳴り立ち上がる。


 班長は、刀を抜き、権藤に正対した。

「認証刀はロック」班長は、呟く。


 山埼は、自分の刀を見る。

 赤いランプが点灯していた。



「認証刀のロック権限も、俺の手中だ」

 班長は刀を権藤に向け、嘲笑した。

「いつも思う。てめェみたいな機械音痴は管理がズタズタで、馬鹿を見る」



「ん?」

 聞いた権藤は、眉を上げる。

「支給された刀は、俺には合わん」

 当たり前のように、するりと抜刀する。

 手元には名刀、長曽禰虎徹。





 権藤は、目を据える。

「今宵の虎徹は血に餓えている」




 すぱりと軽い音が鳴る。

 班長の持つ刀が、根元から斬れ落ちた。





「無茶苦茶じゃないか……」

 山埼の口から言葉が洩れる。



 班長は、腰を抜かし崩れ落ちた。

 月に照らされた謀反者の顔は、悲痛そのものだった。



「他の裏切り者を吐け」

 権藤は謀反者の胸ぐらを掴み、砂利の上に押さえつける。

 そして、脂汗に湿る首元に、名刀虎徹を食い込ませた。

「さもなくば、斬る」


 月光が照らす八木邸の庭に、虎徹は一際鋭く光っていた。

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