【爆笑】駅前にセーラー服きたおっさんがいるんだがwww

「おい、いずく、これはなんだ」


 俺はいずくが手に持っている、本来であれば女子生徒が学校に着ていくであろう衣服を指さした。説明するまでもないが俺は学生ではないし、性別も男である。


「今日の撮影で使う衣装だよ。幸にはこれを着てもらう」


 撮影で使うだと? そして俺がこれを着るのか?……

 いわゆるコスプレというやつか。

 セーラー服は若い女の子が来ていた場合、その魅力を十分以上に発揮するが、おっさんがこんなのを着ていたらおぞましさを十分以上に発揮するだろう。邪悪というほかない。


「僕も結構YouTubeは見るけど、見た目のインパクトって大事だと思うんだ」


 いずくは満足そうにそう言った。

 たしかにコスプレをしているユーチューバーを俺もよく見る。とくにおっさんの女装姿はインパクトがある。

 だが、自分がそんな事をやらされることになるとは。いや、まあそれで再生数が伸びるなら、なにより俺がいずくに企画を頼んだのである。今更断る気はなかった。


「一つだけ……」


 俺はどうしても確認しなくてはいけないことがある。とても重要なことだ。


「なぜおまえがセーラー服を持っている?」


 いずくは一人暮らしだ。娘どころか嫁もいない。本来男が一生着ることはないであろうセーラー服をなぜこいつは持っている?

 いずくは焦ったように答えた。


「え? 違うよ! 小説で学園物を書きたくて!」


 なあんだ。そうゆう事か。俺は安心した。

 なーんて思うわけがないだろう!!

 どこの世界に小説を書くためにセーラー服を手に入れる小説家がいるというのか!

 いたら俺に教えてほしい!!

 俺にでもそれくらいわかる。舐めるな。

 だがしかし、これ以上いずくの闇を深く聞いてはいけない気がする。

 人間知らないほうが幸せなこともあるのだ。

 俺は黙っていずくからセーラー服を受け取った。


「じゃあ、着替えたら呼んでくれ。家で待ってる」


 いずくはそう言い残して隣の家に帰って行った。


 家の戸を閉め、俺は服を脱いだ。

 深呼吸をしてセーラー服を見つめる。考えてもしょうがない。とりあえず着てみよう。

 俺は緊張しつつも袖を通した。決して俺は小柄なほうではないが、サイズはピッタリだった。

 もしかして俺のために買ってきたのか?

 鏡で自分の姿を見る。とても不思議な感じだ。初めて履くスカートは落ち着かない。トランクス一丁で突っ立ってるような感覚だ。

 世の女性はこんなものを履いて外をうろつくのか。なんだかとってもエッチだ。


 一応着れたので俺はいずくに報告に行こうとしたけど、その為には外に出ないといけない。

 玄関の前に俺は立ち尽くした。


 これ、下手したら警察に捕まるんじゃないか……?


 俺の頭にはそんな疑問が浮かんでくる。

 もし仮に、この玄関の戸を開けた先に警察がいて、即俺を逮捕したらどうなるんだ?

 実家にもその事が伝えられるだろう。なんて通報される?


『おたくのむすこさんがセーラーふくでそとをであるいていました』


 きっと俺の両親はこう返すだろう。


『知りません。人違いです』


 多分そうなれば2度と実家に帰ることはない。帰れるわけがない。

 いいのか俺、こんなことで人生詰む可能性があるんだぞ。


 ……考えてみたがやはりダメだ。

 俺は昨日教えてもらったいずくの電話番号にかけてみた。

 数回のコール音の後にいずくが電話に出る。


『あ、どうしたの? 着方わかんない?』


「いや、着れたんだけど、このかっこでお前ん家行くとさ、人目に付くじゃん……」


『何言ってんだよ幸、今日外で撮影するんだよ?』


 この男は何を言ってるんだ!?

 馬鹿か!? 馬鹿なのか!? 他人事だと思いやがって!!


「いやいや、まずいって。絶対捕まるだろ」


『そんな法律ないから安心してよ。サイズだってピッタリだろ? 問題ないさ!』


「まあ確かにサイズはピッタリなんだが……」


『幸に合うように一番大きいのを持ってったからな!!』


 待て待て!! この隣人はまだ他にセーラー服を常備しているというのか!?

 おまえは小説家じゃなくてただの変態じゃねーか!!


「とりあえずこの格好はやばいって!!」


 そう言うと俺の部屋の扉がバン、と開かれた。


「大丈夫大丈夫。行こう幸」


 いずくはずかずかと俺の部屋に上がり込むと、俺の腕を掴み、容赦なく外へと引っ張り出した。


「だいじょうぶなわけあるかあああああああああ!!」


 必死に抵抗する俺の手を、いずくは嬉しそうに、にやにやしながら引っ張っていった。


「うふふ。いやあ僕、嫌がる制服女子の手を引くの憧れてたんだよねえ!!」


「うふふじゃねーよこの変態!! 何考えてんだ!! 俺は男だ!!」


 俺がそう言うといずくは手を放した。そしてふりむき、遠い目をしながら俺に語り掛けてきた。


「幸……、お金って何かを失うことでしか手に入れられないと思うんだ……」


「ま、まぁそうだろうな……」


「世の中の人間は大抵膨大な時間を失い、お金を得ている。幸のなりたいユーチューバーは何を失ってお金を得るんだい?」


 俺はその言葉に考えさせられる。

 確かに……俺が甘かった!!

 他のユーチューバーは体を張っている!!

 自分だけきれいな体で再生数が稼げるわけがないのだ!!

 俺は羞恥心を生贄に! 再生数を召喚する!!


「わりいないずく……俺が間違ってたぜ……」


「わかってくれたか幸! さあ行こう!!」

 こうして吹っ切れた俺はセーラー服を着たまま外に出た。





 外に出ると日の光に俺の雄姿は全て照らし出された。ふう、いい天気だぜ。


「幸、それじゃあ今日の企画を教えよう」


 俺はいずくの言葉に耳を傾けた。

 そう言えば何をするか聞いていなかった。

 実を言うともう俺は今日の仕事をやり終えた気でいた。

 俺はすでに頑張ったと思う。

 ちょっと古いがもうゴールしていいと思う。


「もう俺に怖いもんはねえぞ。なんでもいい! 何でも言いやがれ!!」


 半ば俺は自棄になっていたのだろう。

 つい先ほど二度と使わないと決めていた思考停止ワードを早くも使っていた。


「まず駅前に行こう。幸にはそこで買い物してもらう。俺が撮るからカメラ貸して」


 いずくに言われるがまま俺はビデオカメラを手渡し、2人で駅前へと歩いて行ったのである。





 駅が近づくにつれ人が増えてくる。

 周りから瞬間冷却されんばかりの冷ややかな視線を浴び、かすかに『きもい』などと声が聞こえてくる度に、俺のメンタルは確実にピシピシとヒビを入れていた。粉々に砕け散るのは時間の問題といったところだ。


「なあいずく……」


「ん? どうしたの幸?」


「俺、思ったんだけど、駅前の適当なトイレかなんかで着替えればよかったんじゃないか?」


 切実な俺の質問にいずくはため息をついてから答えた。


「幸はそう言うと思ったよ。でも部屋からすら出てこれなかったのに、いきなりこんな人がいるとこに出てこれないだろ?」


「なるほどな! 徐々に慣らしていく作戦か!!」


 いずくめ、意外と考えているな。

 例えばプールに入る前に、体に水をかけてちょっと慣らしてから入らないと心臓が止まってしまうと俺は小学校の体育の時に教わっていた。それと同じで、俺もいきなりセーラー服で人前に出ていたら心臓が止まっていたかもしれない。いずくに命を救われたわけだ。


「それだけじゃないんだけどね。僕の夢のためさ」


「夢? 小説家のことか?」


 いずくがいつになく遠い目をしていたので俺も真剣に聞き返した。


「いや、そうじゃない。僕ね、セーラー服の子と一緒に街を歩いてみたかったんだ!!」


「この変態めええええええええ!!」


「いやいや幸、僕は学生時代孤独に過ごしたからね。一生叶わない夢になるとこだったんだよ」


「お前はその相手が同年代のおっさんでもいいと言うのか!?」


「幸……大事なのはイメージだよ。それは小説を書く上で一番大事なものさ……」


 俺はいずくの小説が売れない理由がわかった気がした。


「ほら! ついたよ幸!!」


 いずくは突然立ち止まり一軒の店を指さした。

 俺は知っている。そこは男が入ってはいけない店だと。

 イケメンと美少女のカップルであったとしても、美少女が

「私ちょっと買ってくるね」

 と言えば、イケメンは

「わかった。じゃあこの辺で待ってるから」

 そう返すだろう店だ。


「一応聞くが、俺は何を買ってくればいいんだ?」


「決まってるじゃないか! 下着さ!!」


 いずくが指さしたのは男子禁制のランジェリーショップだ。


「じゃあカメラ回してるから買ってきて」


「行けるわけねえええええええだろおおおおおおおおおおお!!!???」


 ふざけんな! 自分は関係ないみたいな涼しい顔しやがって!!


「幸!!」


 いずくは突然大声で叫んだ。


「幸!! 来月の家賃はどうすんだよ! こんなとこで諦めていいのかよ! お前の覚悟はそんなもんか!? もっと熱くなれよおおおおおおおおおおお!!」


「くっそおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 家賃のことを言われたらもう選択肢はない。俺は叫びながら店内に駆け込んだ。





 店に入ると外にいた時以上に、周りの冷たい視線が突き刺さってきた。店員さんも苦笑いをしている。外を見るといずくが俺に向けてカメラを向けていた。早めに買って早く出よう。ここに長く留まると死ぬか捕まるかのデッドオアダイだと本能が全力で告げている。

 俺は店内をキョロキョロ見渡し、赤のスケスケパンツを見つけた。

 これでいい! てゆうかなんでもいい!

 俺は焦ってそれを取ろうとすると、タイミング悪く近くにいた女の子もちょうどそのパンツに手を出していた。


 当然、俺の手とその子の手がぶつかった。最悪だ!!


「ご、ごめんなさい! 俺はほかの買うんでどうぞ!!」


 俺はそう言って女の子に赤のスケスケパンツを差し出した。

 俺の姿を見て全身の血の気が引き、声が出ないその子の顔を見あげたとたんに、俺の全身の血の気も引いた。

 嫌悪感をむき出しにしたその子は、来週からお世話になるコンビニの先輩であるエリカさんに間違いなかったからだ。

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