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「いえ、遊んでいただけです。はい、はい、すいません」


 俺はついさっき初めて会った人間に謝り続けていた。


「はい、え? いや、これ血のりなんですよ。はい、はい、すいません」


 俺はついさっき初めて会った人間に状況を説明し続けていた。


 血だらけで倒れる27歳の中年が、女子小学生に泣きながら心配されていれば、誰でも一大事だと思うだろう。

 駆け付けた救急隊員に聞いたところ、公園で師匠にドッキリを仕掛けた結果、そばを通りがかった人が通報したらしい。それは人として、大変素晴らしく、人に褒められるべきで、恐ろしいほど正しい判断だった。

 だが、今回の場合は例外である。その行動を褒める人間も、誰かに礼を言われることも無く、正しかったかと言えばなんとも言えなかった。なぜなら、公園にけが人なんていなかったのだから。

 だが悪いのは俺だ。俺でもそれくらいわかる。舐めるな。


 俺は救急隊員に頭を下げながら。目を合わせないようにしながら。遠くから俺を睨みつける師匠を意識しないようにしながら30分ほど事情を説明し、納得した救急車は赤色灯を消して帰っていった。


 真っ赤な赤色灯が去ると、公園に残されたのは真っ赤に染まる俺と、同じく真っ赤に染まる師匠だけである。師匠の場合は泣いたためか、目の周りも真っ赤にはらしていた。ちなみに俺は暴れる師匠に引っかかれてほっぺたを真っ赤にしていた。


 とりあえずなんか言わなきゃなー、さすがにこのまま帰るのはまずいよな。服も汚れちゃったし、完全に師匠怒ってるよな……。いや、でもまてよ。さっきまでは激昂して暴れてたけど、ちょっと時間をおいて冷静になった今なら師匠はきっと、なあんだドッキリだったのかー本気で心配して損したわーでも幸おじさんがなんともなくてよかったーくらいに思ってくれてるかもしれない。いや、多分そうだ。だって師匠はさっきと違って俺に何も言ってこないじゃないか! ここは軽く声をかけてみても案外平気かもしれない。

 精一杯事態をポジティブに捉え、俺は師匠に話しかけた。


「いやー、まさか師匠が俺の事あんなに心配してくれると思わなかったよ。服大丈夫? この血のり水性だから落ちると思うけど……」


 師匠から返事は無かった。おかしいな、聞こえてなかったのかもしれない。もうちょっと大きな声で話しかけてみよう


「まさか救急車がくるとは思わなかったなあ! 他の投稿者が屋内でドッキリよくやるけどさ、外だとやっぱ問題になっちゃうよなあ!」


「………………」


「………………」


「………………」


「ごめんなさああああああああい!!!!!!!!!!」


 俺の心の底からの謝罪を耳にすると、師匠はやっと、俺を睨みつけるのをやめ、口を開いてくれた。


「すいません、えっと、どちら様ですか?」


「あれれー!? 師匠さっきまで俺の為に泣いてくれてたよねえええ!? 目赤くなってるよ!?」


「ああ、ちょっと視界にゴミが入っちゃって」


「師匠ううう!!! 視界にゴミが入っても涙を流す人間なんていないよ!! てゆうか俺はゴミじゃないよ!?」


「あれ? なんで私ゴミと会話してるんだろう?」


「俺がゴミじゃないからだよ!!」


「黙りなさい」


 お師匠様が黙れとおっしゃったので俺は口を閉じることにいたしました。


「ああ、やっとゴミが喋るのをやめたわ。そうよ、ゴミが喋るわけないわ」


「……」


「それにしても公園にこんな大きなゴミがあるなんてね。まったく、この辺の住民のモラルを疑うわ」


「……」


「そう言えばなんか私の服、赤く染まっちゃってるわね。先月、ママに買ってもらったばかりだっていうのに」


「ごめんなさあああああああああい!!!」


「なんで赤くなっちゃったのかしら」


「俺が雑貨屋で血のり買ってきてドッキリしたからですううう!!!」


「謝りなさい」


「ごめんなさいししょうううううううううううう!!」


「何言ってるの? 違うわ。雑貨屋さんによ」


「雑貨屋さんすいませんでしたああああああ!! 俺がドッキリしたばかりに風評被害が出たらすいませえええええええん!!」


「何言ってるのよ。謝るのはゴミが店内に入ったってところでしょう?」


「師匠!! 俺はゴミじゃないよ!!」


「ママもこの服似合うって喜んでくれたわね」


「雑貨屋さんすいませんでしたあああああああああ!! ゴミが店の中歩き回って迷惑かけましたあああああああああ!!」


 師匠が俺をいじることに飽きるまで、救急隊員に事情を説明した倍くらいの時間がかかってしまった。

 血だらけで小学生女子に土下座し続ける姿は周りの人間に見られたら即通報されてもおかしくはない。だがそれだけのリスクを負わなければ師匠の機嫌を直すことなどできないのだ。





「師匠俺、クリーニング代払うよ。なんなら同じ新しい奴買うよ」


「いいわよ別に。それより今日の動画、絶対YouTubeにあげなさいよ」


 こんな状態でも俺の動画の事を心配してくれるなんて! 師匠はなんていい人なんだ!


「私のチャンネルからも誘導するわ。この服で撮影して、ドッキリされたって」


 師匠はなんていい人なんだ。


「そしたら、まらちゃんかわいそうコメントの嵐は間違いないわ!」


 師匠はなんていい人なんだ……


「私のチャンネル登録者はうなぎ上りよ! 幸おじさんの方は荒れるだろうけど」


 師匠はなんて……いい、人なんだ……


 師匠の頭は、今日の日の事を、すでにそのまま再生数に換算していた。

 さすがは俺が見込んだユーチューバーである。


「でも編集しないとダメだよなあ。さすがに救急車が来てるとこ写すのはまずいよなあ」


「何言ってんのよ。ちゃんと全部使わなきゃダメよ」


 師匠はそう言ったがそれは明らかに問題があるだろう。俺にでもわかる。そんな事したら間違いなく動画は炎上……


「あ、そうか。炎上するんだ」


「そうよ、幸おじさんは炎上系ユーチューバーなんだから、リスナーにそれくらい過激な動画を求められてんのよ」


 俺の顔を見ながら師匠はニヤリと笑った。

 血のりで染まったその笑顔は其処ら辺で2、3人殺ってきたみたいな笑顔だった。


「でも、ちゃんと映ってるかなあ……」


 俺と師匠は痛そうに横たわるビデオカメラを覗き込み、拾い上げると先ほどまでの動画をチェックした。

 ちゃんと血を吐くところも、師匠が心配するところも映ってる。この後が問題だ。師匠が画面に寄ってきて、ビデオカメラを蹴っ飛ばした。一瞬だが写っているのは子供パンツだ!!


「幸おじさん。ここはちゃんとカットしなさいよ」


「でも絶対再生数伸びるぜ? こんなにかわいいくまさんパンツならよ」


 師匠が息を荒げ睨んできたので俺はちゃんとカットすることにした。言われなくても最初からカットするつもりだったさ、ちょっとした冗談だ。本当さ。


 吹っ飛んだカメラは公園の外を映し出した。師匠と俺の姿は映ってない。でも声はバッチリ入っている。師匠が荒ぶって叫んでいるのが聞くに堪えない。


「幸おじさん。この辺はちゃんとカットしなさいよ」


「でも絶対再生数伸びるぜ? 清純派で売ってる師匠が×××とか×××とか言っちゃってんだから」


 師匠が左手で俺の髪の毛を鷲掴みにし、残る右手の拳に力を入れていたので俺はちゃんとカットすることにした。言われなくてもちゃんとカットするつもりだったさ、ちょっとした冗談だ。本当さ。


 そのまま再生し続けてるとなんと、丁度カメラが映し出していた位置に救急車が停まった。


「おお、完璧じゃん!」


「いいわね。これを使わない手はないわ、人の顔が映らないようにうまく編集しなさい」


 偶然とは言え、いい絵が撮れていたことに俺は師匠と顔を合わせた。


「でも本当に使っちゃっていいのかな? 師匠の評判も下がるんじゃない?」


「私はドッキリされた側だからまあ問題ないでしょ。救急車だってうちらが呼んだわけじゃないしね」


 救急車を呼んだ人物は、通報だけしてどこかへ去ってしまったらしい。せめて顔さえわかってれば謝罪できたのだが。


「今回はたまたま撮れたけど、炎上系ってこんなのばっか撮るのかー。結構大変なんじゃない?」


「楽そうに見えて簡単なタイプなんかないのよ。正統派だって今となっちゃ数が増えすぎて埋もれてる人なんてごまんといるわ」


 俺は運よく最初のスタートダッシュを切る事が出来たが、売れてるユーチューバーと同じ事をしてる人はともかく、斬新で面白いのに再生数が100まで行ってないなんて動画はかなりあった。今現在売れてる人も、当然ながら無名の時代があって、そこでやっぱり苦労してるんだと思う。

 

 俺と師匠は公園でしばらく話して、帰ろうとしたときにその存在に気付いた。

 救急車が停まっていた位置に、今度は赤色灯をつけた白と黒に塗装されたセダンが停まっていたことを。

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