第二話 白い鳩①

 想区世界は必ずしも物理法則には従わない、物語を演じる為の『舞台装置』だ。

 村のすぐ向こうには町があって、そのすぐ先には城下町があったりする。

 

 僕達は故郷の村を少し南へ降りて、小さな町へやってきた。

 ロキによるとここに『マフィ夫婦』が住んでいるらしい。

 ヴィランに襲われた小さい僕が唯一残してくれたメッセージ『となりまち マフィふうふ』。

 その人達が、小さい僕の居所やカオステラーの正体など、重要な手がかりを握っていると信じたい。

 周りを見渡せば、行き交う人達の服装が村にいる時よりお洒落になる。

 お店が両端に並んだ町のメインストリートを歩いていると、

「泥棒――――! 誰か捕まえて――――!」

 と、女性の大声が響き渡った。

「おや? 逃がさないよ~? それっ!」

「バサバサバサッ」

「ファムから白い鳩が飛び出した!?」

「泥棒の方に向かっていくわ」

「バサバサバサッ」

「うわっ! こいつっ! 邪魔だ! 前が見えないっ!」

 青装束に身を包んだファムから飛び出した白い鳩は、そのまま前に向かって羽ばたき、僕達の前方を走っていた中年男性の顔の前で行く先を妨害した。

「捕まえましたよ、泥棒さん?」

 間髪入れず、足を鈍らせたその男性にロキがサーッと近づき、取り押さえてしまう。

「く、くそう、離せっ!」

「わー!」「やったー!」「ロキとファムだ!」「ロキとファムが捕まえてくれた――!」

 様子を見ていたのか、四方から歓声が上がり、思わず、レイナ、タオ、シェイン、僕の四人は周囲を見渡してしまった。

 老若男女入り混じった町人達はみなロキとファムに向けて親しげな笑顔を送っている。

「ありがとう、ロキさん。あとはこっちで面倒見るよ、こいつめ!」

 ロキが捉えた泥棒と思しき男性は別の若い男性に引き取られた。

「随分人気なのね?」

 レイナが『たまげた』という顔でファムに声をかけた。

 いや、多分僕もそんな顔してるんだと思うけどさ。

「あちこち手品して回ってるからねー。みんな覚えててくれて嬉しいよ」

 ファムは本当に嬉しそうだ。

「バサバサバサッ」

「あっ、鳩が戻って来た。うわっ、僕の方に。へえ、鳩って触ると温かいんだ」

 左肩に止まった白い鳩に触れると、サラサラの羽根の奥からジワーッと温もりが伝わってくる。耳元で「クルクル」言っていて結構可愛い。

「ニシシ、しつもーん。その鳩はどこにいたでしょうか?」

 ファムが糸のように目を細めながら笑って、何やら出題してきた。

「え? どこって?」

「ジャジャーン! 正解は私の胸元でした――」

「ええ!?」

「どう、その鳩? 生温かい? 私の体温堪能しちゃった感じ?」

「そ、そんなことないよ!?」

 とは言いつつ、左肩にファムの胸元を連想させるものが乗っかっていて落ち着かない。

 そして僅かに顔から離れた左肩の上で物凄い存在感を放ってくる。

「エクス! いつまで持ってるのよ! いやらしいわね!」

 レイナが振り払うと、白い鳩は彼女の頭の上に足を止めた。

「ポロッポー、ポロッポー」

「うるさい!」

 レイナが淡いはちみつ色の髪をクシャクシャにして鳩と格闘していると、

「ちょいとお嬢さん?」

「は? 私?」

 背の低い、ちょっと意地悪そうなお婆さんに声をかけられたみたいだ。

「見ない顔だけどどこのもんだい? 人相の悪い若者やお嬢ちゃんまで連れてさ」

「俺達のことか?」「みたいですね、タオ兄」

 タオとシェインは気に留める風でもなく言った。

 レイナは意地悪そうなお婆さんと話を続けている。

「えっと、私達は旅の途中で。っていうか、ロキの方がよっぽど人相悪くないかしら?」

「だまりんしゃい! あんた達、ロキとファムを悪いことに引き込もうってんじゃないだろうね?」

「ちっ、違います! 私達は子供をさらい返しに行くだけで……」

「姉御、言い方」

「何だか怪しいね。じ~~~~」

 背の低い意地悪そうなお婆さんは、疑いの目でジットリとレイナを見据えた。

「ええ――、やだもう――!」

 するとそこへ戻ってきたロキが颯爽と現れて。

「彼女達は我々のボディガードですよ。道を踏み外すようなことはしませんので、どうかご安心を」

 右腕を胸の前にかかげ、うやうやしく頭を下げる。

「そうかい? なら安心だけど。お嬢さん達、きばって役に立つんだよ!」

「は、はあ。…………ロキに、助けられた…………」

 レイナが残念そうな拍子抜けしたような顔で呆然とした。

「私達、アウェイ感が半端じゃないですね」

「まあまあ。マフィ夫婦の家、あっちだよ」

 ふざけた様子でいながら、ファムはやっぱり先を急いでいるみたいだった。


 僕達の知っているファムはレイナをからかうのが好きみたいだったけど、こっちのファムは僕をからかう方に楽しみを覚えているみたいで。

 一番の問題は僕がそういうファムを必ずしも鬱陶しいとは思わずに、むしろ嬉しくなってしまうことだ。

 いや、嗜虐的な性癖とかないけどね。うん、本当に。

 故郷のシンデレラもいたずら好きだったことを思い出す。

 ミントティーにお花を浮かべてみたり、ベッドの下に隠れて誰かが来るのを待ってみたり。

 他愛のないものばかりだったけど。

 シンデレラの系譜には人を驚かせて楽しませる本能でも備わっているのかな。


 フワ~とした柔らかい声や青くて大きな瞳をパチクリさせたり細めたりするファムの顔を思い返しては若干顔が火照ってくるのを感じながら、僕はみんなと一緒にメインストリートの先へ進んで行く。

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