第一話 虹色のドレス②

 広場から少し歩くともう村の外れ。

 すぐ先には森が広がっていて、広場よりも若干涼しい気がするし、緑の匂いが強くなる。

 そこに木造二階建ての割と大きな家が建っていた。

 今はロキの家らしい。

 僕がいた頃は鍛冶屋の親方一家が住んでいたはずだけど、どこへ行ったのだろう?

 ロキは「ギィー」と扉を開けて中へ進み、その後ろにファムと小さい僕が続いて、更にその後ろから僕達四人がロキの家へ上がり込んだ。

「お、お邪魔しまーす……」

 レイナが恐る恐る暗い室内を見渡す。

 ロキとファムは順に全ての窓を開き、部屋の中へ外の光を取り入れた。

 木造家屋らしい湿った木の香りがする。

 子供の頃、毎晩毎朝布団の中で吸っていたのと同じ空気だ。

 手前には素朴なイステーブルが並べられ、食事用のスペースになっていた。

 奥のスペースには物が雑然と置かれていて。

「すごい、手品道具がたくさん」

「年季の入ったボロボロのもありますね。あんなの人前で使うのですか?」

 奥のスペースで背もたれのない簡素なイスを発掘しているロキは、手を休めず視線を他に向けたまま、声だけでシェインに返事した。

「それは練習用です。最も、この私に練習など必要ありませんが」

「兄貴、いつもあれで猛練習してるよね?」

 食事スペースの奥にある台所からファムが少し大きめの声でロキへ話しかける。

「妹よ、あれはただの暇つぶしだと何度言えば……」

「ちょおっと待ったあ――――! 兄貴? 今、兄貴って言った?」

 すごい剣幕でグイグイ攻勢を見せるレイナの右肩に、ちょこんと白い物体が足を止める。

「ポロッポー、ポロッポー」

「やだ! 何で家の中に鳩がいるのよ!?」

「手品でとばすんだ! でもちゃんともどって来るんだよ!」

 可愛い鳩と屈託のない嬉しそうな笑顔を浮かべた小さい僕に囲まれて、レイナはワナワナと体を震わせた。

「整理! お願いだから誰かきちんと整理して頂戴!」


「どうぞ」

「ミントティー! 頂きます」

 僕は思わず感嘆の声を上げてしまう。

 食事用スペースのテーブルについた僕達に、ロキの約束通り、ファムが白いティーカップに淹れたミントティーと大皿にのせたクッキーをふるまってくれた。

 僕達四人は備え付けの背もたれのついたイスにすわり、ロキ、ファム、小さい僕はロキの発掘していた簡素なイスに座っていた。

「ん、坊主のお気に入りか? このスースーするミートティーってのは?」

「ミントだよ、タオ。肉入り茶なんて正気じゃないよ。故郷の村で小さい頃、よくシンデレラと一緒に飲んだんだ。懐かしい匂い」

 少し草っぽくて清涼感があるんだ。

 熱くなったティーカップには、馴染み深い薄緑うすみどり色の液体とミントの葉が入っている。

 これを少しずつズズーっとすすっていると何とも気分が落ち着いてくる。

「シンデレラって私のことかい?」

 右横から飾らない気さくさでファムが尋ねてきた。

 一瞬、ファムのことがシンデレラに見えてドキッとする。

「え? 君はファムだろ?」

「ファムだけどシンデレラなんだよ。何で知らないかなー?」

 ファムは探るようにクリクリとした可愛らしい瞳をこちらに近づけてきた。

「い、いや、似てるとは思ってたけど……。ちょっ、近づかないで……」

「おや? 新入りさん、顔、赤くないですか?」

「そそそそ、そんなことないよ。レイナ何で睨むの? とにかく話を聞かせて貰おう」


 興味深そうにこちらを覗き込むファムの顔は、僕の知るシンデレラにそっくりだ。

 故郷の村で一緒に育ったシンデレラに、僕は好意を抱いていた。

 でも与えられた運命に従って、シンデレラはいずれお城の王子様と結婚する。

 僕は只、王子様がどんな人か知りたいと思った。


「……つまり、ここ『なれの果てのシンデレラの想区』では、ファムがシンデレラで、でもチョイ役で、ロキがお兄さんで、二人が手品師で、小さい僕は二人の友達ってこと?」

「語り手の数だけ想区は生まれるそうで。元は夢に溢れたお話でも、多くの語り部が様々な解釈を加えるうち、こんなヘンテコな想区まで生まれてしまうようです。我々はその中で夢を振りまくお手伝いをしているという訳です」

「話を聞く限りシェイン達の知るお二人とは別人のようですが、無関係とも思いにくいです」

「『空白の書』だっけ? 何世代か前の私たち兄妹も『空白の書』の持ち主で、想区の外へ旅に出たって聞いたことがあるよ。ま、それがアンタ達の言う『ロキとファム』なのかは分からないけど」

「それが本当なら……もぐもぐ……私達のファムとロキは……ごくごく……ずっと年上ってことになるわよ? ……ごっくん!」

「想区の内外では時間の流れが違いますからね。それだけで判断は難しいです。それと食べながら話すのは教育上良くないです」

「ねえ。ファムー、つまらない。手品おしえて」

 小さい僕は退屈に耐えかねた様子でファムの青い服を掴み、気を引かせようとユサユサ揺すり始めた。

「えー、後にしよーよー。このお兄さん、おっきいエクスくんだってよ?」

 ファムが悪戯っぽく僕との距離を詰めてくる。

「うっ、寄りすぎ寄りすぎ」

「エクスくんってば成長したらこんな風になるんだねー。意外と逞しくなるんじゃん?」

 シンデレラにそっくりなファムに間近で何の遠慮もない視線をジロジロと浴びせられ、僕は急激に顔が熱くなっていくのを感じた。

「ちょっとファム? 少――しばかり、エクスに近くない?」

「あれれ? 妬いてるの、お姫様?」

「お姫様って言うな――――! 何でそういうトコだけファムなのよ!?」

「ねえぇ、ファムゥ」

 小さい僕がファムの服を掴んだままグイングインと先程より大きく揺する。

 もうかまって欲しいオーラが全開なんだけど、こういう時は大抵当の本人は気付かないことが多い。

「大きいエクスくんは別の『シンデレラの想区』出身でシンデレラを慕ってたんだって。私が見つめると顔が赤くなるんだよ、かわいいわ~」

「ぶす――っ」

 小さい僕が露骨に不満そうな顔をした。

 ごめん、何かフォローしてあげたいけど、楽しそうにこっちをからかってくるファムが可愛くて舞い上がっちゃって頭がうまく回転しないんだ。

 所詮、背景キャラのクオリティなんてこんなものかな?

「ちびエクスさん、これ出来ますか? 右手に握ったコインが、左手に移動します」

 真正面にいるシェインが右横の小さい僕へコインマジックを披露した。

「な、何だよ! それくらいぼくだって! ペラペラ、ペラペラ」

「感想文だけの『手品メモ』を見ても、やり方なんて載ってませんよ、確認済みです。手品勝負はシェインの勝利ですね~♪」

「わお、シェインちゃん上手じゃない?」

 ファムが一オクターブ高い声で楽しそうに話す。

「こいつ器用だからな。いつの間に覚えたんだ?」

「右手のコインが、左手に移ります」

「わー、パチパチ」

「ふんっ、いいよ! ぼく外であそんでくる!」

 小さい僕はプンスカしながら入口の方へ走り出した。

「エクス君、一人では危険ですよ」

 ロキが心配するのだけど。

「だいじょうぶだよっ!」

 「バタン!」と扉を閉めて家の外へ飛び出してしまった。

「行っちゃった……」

「まずいですね。最近は、子供をさらう妙な怪物が出ます。国中の『運命の書』を調べても正体がまるで分からない。あなた方の言う『カオステラー』の仕業と考えれば説明がつくのです」

 ロキの静かな語らいにレイナが顔色を変える。

「超危険じゃない! すぐ追いましょう!」

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