3人目 帝国騎士団の審査

入界者が人間界に来る目的の割合:今年度上半期調査結果


 1位……観光(86.7%)

 2位……留学(1.4%)

 3位……就労(1.3%)

 4位……その他(10.6%)

(累計入界者数72902人)


 このデータを見て分かるとおり、入界者の目的のほとんどは人間界の観光である。向こうの世界には存在しない独特の文化の違いを楽しむために多くの観光客がゲートを通過していく。

 また、こちらの世界で発展している物理学や生物学を学び、自国に役立てたいという若者も訪れる。

 就労の目的で訪れる入界者も多い。少子高齢化のために日本では労働力が不足し、政府が積極的に就労を呼びかけている。しかし、文化の違いに耐え切れず帰ってしまう者も多いと聞いた。


 これ以外にも様々な目的で入界者はゲートを通過しようとする。


 僕はこれまでの経験から「その他」に分類される目的を持った入界者が審査するうえで一番厄介だと考えているのだ。


     * * *


 その日、僕が担当する2番ゲートにやってきたのは初老の男だった。格調高い軍服のような格好をしている。彼の目的が観光や留学でないのは明らかだ。


「あの、パスポートの提示をお願いします」


 僕はガラス越しにその男へ話しかけた。しかし、彼は一向にパスポートを見せる気配はなく、手を後ろに組んで僕を睨みながら奇妙な質問をぶつける。


「貴殿はこの国の尖兵であるか?」

「いえ、違います」


 この会話だけで僕は直感した。

 この後、絶対面倒くさいことになる、と。


「ここは貴殿の国の門だろう? 兵士でないのなら貴殿は何のためにここにいるのだ?」

「建前は不審者を通さないことですけど、本音を言えば給料のため、ですかね……」

「フン、愛国心の薄い若造め。鎧や剣も持たずに警備とは……平和ボケもいいところだな」


 彼はそう言うと、おもむろに懐から手紙のようなものを取り出して僕に見せた。


「我はディエルダンダ帝国皇帝ルードバルフ3世からの遣いなり!」

「はいはい。そういうことはパスポートを見てから確認します。早くパスポートの提示をしてください」

「貴殿の国の皇帝に面会したい! 我を玉座まで案内せよ!」


 会話が噛みあわないこの感じ。

 もうすでに面倒くさい。


「この国に皇帝はいませんし、玉座もありません」

「なぬ! では貴殿の国の最高上位者は誰だというのだ?」

「国民主権とは言いますけど、強いて言えば内閣総理大臣ですかね……」

「では、その者へ我を案内せよ!」

「まずパスポートと滞在計画書の提示をお願いします」

「そのような物は持ちあわせておらぬ!」

「それでは、残念ですけどお引取り願います……」

「用件も聞かずに帰れと申すか? この無礼者め!」


 彼はカウンターへ持っていた手紙を、ドンと叩きつけるように置いた。


「今に見ておれ! きっとこの国には我が帝国から制裁が下るぞ!」


 こう言い放つと、軍服の男は門へ帰っていった。


「やっと帰ったか……」


 僕は彼が門の中に消えていく様子を見届け、カウンターに置かれた手紙に視線を戻した。


「どうしよう、この手紙……」


 僕はカウンターから出て、手紙を手に取った。一応X線検査機に手紙を入れて様子を見る。数日前に別の審査ゲートで、魔法陣が描かれた小さな紙切れが発火したという事件があり、少し不安になったからだ。


「特に仕掛けはないか……」


 手紙を一通り読んでみたが、見慣れない言語で書かれていてイマイチ内容が分からない。

 異世界にも様々な言語が存在し、カウンターに置いてあるコンピューターの翻訳機能にも全てがインプットされているわけではない。


 僕はしばらく考え込んだ末、その手紙と訪れた初老の男のことを上司へ報告することにした。どうでもいいことを細かく報告するのと、重大な報告をし忘れるのとでは、後者の方が問題になるからだ。


 僕は2番ゲートにシャッターを下ろし、通行止めの札を置いて上司のオフィスへ向かった。


     * * *


「失礼します、先輩」

「あぁ、お前か。何の用?」


 オフィスではスーツ姿の女性がパソコンに向かって仕事をしていた。

 この女性は審査官をまとめるチーフで、僕をこの仕事に誘ったゼミの先輩でもある。僕よりも少し背が高く、飾り気のない化粧が特徴だ。

 先輩はパソコンの画面を睨んだまま、キーボードを打ち続ける。


「で、どうしたんだ?」

「はい、先程不審な入界者が現れて、その報告で来ました」

「不審な入界者?」


 ようやく彼女はパソコンから僕の方へ振り向いた。後ろで結んだ黒髪が揺れる。


「軍服の男性なんですが、このような手紙を置いていきました。内閣総理大臣に会わせろとか訳の分からないことを言ってましたけど……」

「へぇ……」


 彼女はその手紙を広げて読み始めた。


「……あぁ、なるほど」

「あの、その手紙はどういう内容なんですか?」

「これはね、ざっくり言うと、日本への『宣戦布告』の手紙だよ。『これから我が帝国は貴国の領土を占領しに行きます』だってさ」

「宣戦布告ですか。それは一大事ですね」

「相変わらず、お前は心にも思ってなさそうな反応をするよなぁ。他の新人とかはもっと驚くよ?」


 彼女は僕の表情の変化のなさを見て笑った。

 ちなみに、先輩は男っぽい話し方をする。それに、僕のことを『お前』と呼ぶ。これは大学時代からの習慣だ。


「とにかく、こういうことはたまにあるんだよ。向こうの世界で自分たちの軍事力に思い上がった小国がこっちに戦争を仕掛けてくるんだ」

「面倒くさい連中ですね」

「まぁ、どうにでもなるんだけどさ。門の警備隊に連絡して排除させよう」

「警備隊だけでどうにかなるもんですか?」

「なるなる。ここの警備隊は優秀だよ? お前は、異世界から軍が侵攻して日本がピンチだ、なんてニュースを見たことある?」

「……ないですね」

「そうだろ?」


 先輩は事務机に置いてある内線電話をどこかへ掛け始めた。


「この手紙にはご丁寧に侵攻する軍の規模や襲撃日時まで書いてあるし、あとは私が警備隊に連絡しておくからお前は業務に戻っていいよ」

「はい。では失礼します」


 何者かが戦争を仕掛けてこようが怯まない。それがこの職場の体質だ。


     * * *


 翌日、僕はいつものようにゲートへ出勤した。


「どうしたんですか、先輩?」


 更衣室で審査官の制服に着替えていると、先輩がノックもなしに部屋に入ってきたのだ。


「おい、連絡事項をメールで伝えたのに返信がないから心配したぞ! また携帯をマナーモードで放置してるだろ!」


 先輩は僕の前に仁王立ちし、そう言った。ちょうどそのとき、僕は下着姿だった。


「あの……それ以前に女性が男性更衣室に入るのはまずいと思うんですが……」

「別に私はお前の半裸など気にしないぞ? 連絡事項は早く伝えないと気が済まない性質タチでな」

「その理屈だと、僕も連絡事項を伝えるためなら女性更衣室に入っていいことになりますよ?」

「別に構わないが?」

「……冗談として受け取っておきます」


 僕は冗談として解釈したが、先輩はキョトンとして不思議そうな顔で僕を見つめていた。

 なぜ冗談として受け取ったのかが分かっていないように……。

 本気だったのだろうか……。


「それよりもだな、警備隊から全審査官にゲートへ近づかないよう待機命令が出たんだ」

「唐突に話を戻しましたね」

「お前が話題を逸らしたんだろ? とにかく、今はラウンジで待機だ。現地で待ってるからな、じゃあな!」


 先輩はそう言い放つと更衣室を出て行った。


 扉を開けっ放しにして。


 他の女性審査官数名が半裸の僕と更衣室を出て行く先輩を目撃していた。彼女たちに僕らがどう思われたのかが心配だ。


     * * *


 僕は制服に着替えると、ラウンジに向かった。ラウンジはゲートを囲む施設の最上階に作られており、ガラス張りの壁からは異世界へ通じる門と審査ゲートが見渡せる構造になっている。

 ラウンジには僕以外にも数人の審査官が集められ、そこで待機させられていた。


「おお、待ってたぞ!」


 先輩は嬉しそうに僕の方へ走り寄り、僕の肩に腕を回した。


「あの、先輩……これ、何の集いなんですか?」

「昨日、宣戦布告があっただろ? もうすぐ帝国軍の騎士団がこっちに向かって突入してくるはずなんだ。だから騒ぎが収まるまでこの場所で審査官は待機!」

「騎士団ですか……」


 僕はガラスの向こうの門に目を向けた。

 現在、門周辺に入界者は誰もいない。一方、門から少し離れた審査ゲートには重装備の警備隊が待機している。


「僕ら、戦闘のノウハウがありませんけど、こんなところにいて大丈夫なんですか?」

「戦闘のノウハウがないのは帝国騎士団あいつらの方さ。私たちはここで高みの見物だ。掃除が終わったらすぐに業務再開だからな」

「掃除って……」


 先輩は腕時計を見た。


「もうすぐ時間だ」






 ウオオオオオォォォ!!


 門の向こう側から騎馬隊が隊列を組んで突進してきた。数百もの騎士が一気に審査ゲート前のホールへと侵入する。恐らく、門の向こう側にも多くの騎士が構えているのだろう。


「我に続け! この地を蹂躙するのだ! 敵を八つ裂きにしてやれ!」


 騎馬隊の先頭を走っているのが騎士団長だろうか。金色の鎧と派手な赤いマントを身に纏い、白馬に乗って騎士団を導いていく。


「見ろ! 敵はたった数人! 我らは総数5万を超える兵! あんなの敵ではないわ!」


 騎士団長は警備隊を指差して高笑いする。そして彼は剣を取り出し、高く掲げた。


「皆のもの、かかれェェー!!」




 キュイィィン……!





 その次の瞬間、騎士団長の体は白馬ごとバラバラになった。彼は床へボロボロと崩れていく。


「な、何が起こった!」

「団長が!」


 彼の体は100近いパーツに切断されている。

 狼狽する騎士団。騎馬の速度が低下し、多くの騎士の動きが止まった。


「先輩、あれは何が起こったんです?」

「ホールの壁と天井に内蔵されている高出力レーザー射出装置が作動したんだ」

「へぇ……」


 僕は再び騎士団の様子を眺めた。


「一体、どうなっ」

 キュィィン……!

「ひっ! 攻撃されてい」

 キュィィン……!


 騎士団は次々と高出力レーザーによってバラバラに切断されていく。切断面は黒焦げになっており、余計な流血を起こさせない。

 このとき、肉や鉄の焼け焦げる臭いがラウンジまでに到達しており、僕は顔をしかめた。他の審査官の中には、騎士団の様子を見て吐き気がしたのか、トイレに向かう者もいた。

 こうしている間に、数百人もの騎士は細かな肉片に変わっていく。門の奥からも次々と騎士が突入するが、ところてん押出器のように切断されていった。


「先輩、あそこまでバラバラにする必要があるんですかね?」

「異世界からドラゴンが迷い込んだら使うマシンを応用しているから、多少はオーバーキルにもなるよ。それにさ、バラバラにした方が掃除しやすいだろ。ブルドーザーでガーッとさ」

「そうかもしれませんね」


 合計で数万という肉片になっていく騎士団の様子を見て、僕は団長が言っていた『敵を八つ裂きにしてやれ!』という台詞を思い出した。現在彼らは警備隊を八つ裂きするどころか、逆に人肉サイコロステーキにまでされてしまっている。


「まるでサイコロステーキですね……」

「ステーキかぁ……最近食べてないよなぁ……」

「ステーキなんて金持ちの食べ物ですよ」

「なんだ。ステーキくらい奢ってやるぞ」

「それはありがたいですね」

「じゃあさ、今日は仕事終わったらステーキ食べに行こう。やっぱ松坂牛がいいかな」


 このとき、僕と先輩がこんな状況でこんな会話をしていることに、他の審査官はドン引きしていたらしい。僕と先輩は全く気づかなかったが、今思えば不謹慎の極みだったような気もする。


     * * *


 こうして騎士団はあっという間に壊滅した。さらに異世界の帝国本土へ警備隊が所有する無人爆撃機が送り込まれ、帝国は異世界の地図から消えていったのだ。


 このことを高校の友人に話したら、「やっぱり、審査官の仕事は辞めた方が良い」と言われた。

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