『あの日の約束』 その5

「木虎旭姫、呼びに行くのか?」



 空翔の部屋の外に出ると、先ほどまで自室にこもっていた美琴がいた。



「ああ。病人から見舞客のリクエストだからな」



 美琴の目は虚ろで、自慢のさらさらとした髪はかきむしったのかぼさぼさになっていた。彼も堪えているのだろう。今回のライブに参加できなかった悔しさだとか、メンバーの異変に気づくことのできなかったリーダーとしての自分の不甲斐なさだとかに。



「木虎旭姫って、確か寮じゃなかったはずだし、今から行けばちょうどライブが終わった頃にちょうど会場に着けるはずだろ。帰る前に引き止めてみるよ」

「……僕は来るはずがないと思うけどね。何しろ、あの木虎旭姫だ」



 美琴の一言に、夕は今日の旭姫を思い出す。プロに一番近いだけあって、プロ意識の高い人だった。きっと体調管理も徹底しているのだろう。そんな彼が、わざわざ風邪を引いている人の見舞いに、風邪がうつるリスクを冒してまで来るはずがない。



 もっと言ってしまえば、彼は空翔のことなど、微塵も心配していなかったじゃないか。



 空翔が倒れたと伝えた時、彼が真っ先に心配したのはライブのことだった。



「僕は反対だよ。どうせ来ないことが分かっているのに夕が苦労することない」



 むすっとした表情で美琴が言う。普段から余裕綽々と王子様然の笑みを浮かべている彼からは考えられない表情だった。



「無駄になってもいいよ。オレは空翔の頼みだから行くだけだし」



 夕の言葉に、ますます美琴はむくれた。唇を尖らせ、まるで駄々っ子のふくれっ面だ。



 ただ反対しているだけかと思ったのだが、どうやらそうではないらしいと夕は思い至った。



「ありがとな、心配してくれて」



 美琴は、おそらく、心配してくれていたのだ。夕が『Nacht』のもとを再び訪れることで、彼ら――特に旭姫から、何かキツいことを言われるのではないかと。その言葉に、夕が傷ついてしまうのではないかと。



「別に、そんなんじゃないし」



 一言だけ言って、美琴はぷいとそっぽを向いてしまった。



「向こうには気心しれてる奴もいるし、すげえ嫌なことは言われないと思うけど……美琴も行く?」

「……死んでも行きたくない」



 確かに、今の彼の満身創痍っぷりを向こうのユニットに見せるくらいなら、彼は潔く切腹を選びそうだった。

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