PRINCESS SWORD―姫のツルギは恋を貫く―

馳月基矢

序:流血婚礼

序:流血婚礼

 運命というものがあるのなら、それは多数の枝を持つ大樹のような姿をしているに違いない。何かの本で、そんなふうに読んだ。


 だから、何度やり直してでも、わたしはあきらめない。この恋が実る真実の未来へとたどり着くために、何度だって時を巻き戻す。


 わたしのただひとつの願い、初めていだいた望みだから。宝珠よ、わたしに力を。力を宿すツルギを――。



***



 白が、赤く染まっていく。


 花嫁のドレス。ブーケの白いバラ。花婿のタキシード。祭壇の白い床。誓いの言葉をしたためた書面。


 祝福の白が鮮血の赤に染まっていく。


 花嫁が倒れ伏した拍子に、結い上げた髪が崩れた。この日のために初めて髪を伸ばしたと言って、花嫁は照れていた。普段は男よりも男前な彼女だが、ドレス姿は花のように美しかった。


 見開かれた花嫁の両目に、命の光はない。

 そしてまた、花嫁のそばにうつ伏せた花婿も動かない。


 手足のスラリとした長身に、整えられた栗色の髪の花婿は、柄にもなく緊張していると苦笑いでうつむいて、弟にからかわれた。それがほんの数十分前の出来事。


 動揺が恐慌に変わり、悲鳴と怒号が飛んでくる。

 わたしへと飛んでくるのだ。


 手にしたツルギが脈打った。足りないと言っている。願いを実現するための「代償」が足りない。


 そう、物語を始めるにはエネルギーが必要だ。

 願ったのは、わたし。確かに、わたしは言った。「何でも差し出すから」と。


 銀色に輝くツルギに血がしたたる。ツルギはひとりでに持ち上がる。

 さあ、次なる代償を。


 薄々わかっていた。こうなるのではないかと気付いていた。

 なぜなら、わたしは知っているから。宝珠が、すなわちツルギが、代償として何を求めるか。この世において最も重い価値を持つ代償とは何か。


 運命のひとえだを書き換える。それを願ってしまったとき、流血のウェディングが幕を上げた。宝珠が求めた代償は、命だ。


 ごめんなさいね。だけど、動き出した願いはもう止められないのよ。


 ツルギがきらめく。「預かり手」であるわたしの細腕を、やすやすと導いて。

 さあ、願いに必要なだけの代償を、早くツルギに、宝珠に与えよ。しからば、汝のかくる所の願い、必ずや叶えられん。


「やめろ!」


 しなやかで尖ったあの声が言った。

 黒髪をひるがえして振り返れば、彼がいる。


 彼はツルギの前に両腕を広げて立った。銀色の髪、金色のまなざし。誰よりもいとしい人が、わたしをまっすぐに見つめている。


「お願い、そこをどいてください。この一枝は、きっと正しくない。より幸福な未来がほかにある。だから、一度リセットさせて。必ず、わたしが幸せな未来を創るから」


 彼の背後で幼子が泣き出した。その子がいる限り、彼はツルギの前をどかない。

 ああ、なんて残酷な未来。


 ツルギが焦れている。かけられた願いは叶えなくてはならない。さあ、早くせよ。早く語り起こすのだ。


「ええ、そうね」


 これは、一つの終わり。正しくない未来の終わりの光景。

 けれども、月が欠けては満ちるように、月が沈んでは昇るように、未来を司る運命の一枝は次こそ正しく育つでしょう。


「わたしが正しい未来を選ぶの。わたしがあなたと幸せになるのよ」


 狂気的なほどの情熱は、あくまで純粋であるがゆえに。

 動き出したチカラは止められない。ツルギが彼の胸に吸い寄せられていく。


 手応えがあった。

 奇跡のチカラが発動する。

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