世界の狭間のセカイで

竜造寺。

01-狭間の荒野 I

 ──嫌だ。



 ──助けて。



 ──助けてよ。



 ──誰か。



 ──お願い。



 ──私を────…………



 ◇



 ……目覚めたらそこが荒野だったなんて。


少年は上半身を起こし、そこから立ち上がることが出来なかった。

 荒野。木の一本も雑草すらない、死んだ土地が延々と続いている。無数のひび割れた地面、枯れた雑草、乾いた風。お互いがお互いを拒絶しあっているようだ。

その風景は、少年の心に孤独という恐怖を与えるには、十分過ぎるものであった。


 こんなの夢だと初めは思った。

ありえないありえないありえない。そう笑った。

でも、頬をつねってみると、痛い。めげずに逆の頬を抓ってみて、やっぱり痛い。


「…………えぇ」


 少し暗めの、エメラルドグリーンの様な色の髪をもった少年──エクスは、がっくりと項垂れた。

 一体どうしたものかと思考を巡らせようとして、ここにいるのが自分一人だということに気付く。


「あれ……? レイナ? タオ? シェイン?」


 独り言のような小さい言葉だった。

少なからずこの状況に不安を抱いているのだ。そしてさらに、それを追い打ちをかけるようにその小さな言葉は、荒野に虚しく溶けて消えた。


 怖い。


 自分がそう思っていることを、今更ながらエクスは理解した。額から一粒の汗が流れる。拭うことは、しなかった。否、出来なかった。体が、小刻みに震えている。

 だが、ここで落ち込んでいるわけにはいかない。

 すぅぅ、と息を吸い込み、



 ばっち────ん!



「うぐっ」


 思いっきり、今出せる全力で、自分の頬を叩いた。思いっきりやりすぎて目眩すらした。つい声も出てしまった。

 だがそれはエクスにとって最高の“冷水目覚まし”だった。


「あーあー、大丈夫大丈夫、かりぎゅら? 効果だっけ。違うかな。うん。まぁ、大丈夫大丈夫」


 そうして漸く、思考を巡らせることができた。


 何故、自分だけがここにいるのか。何故、レイナ、タオ、シェインはいないのか。……こことは別の場所にいるという可能性。そもそも、ここには来ていないという可能性。後者なら最悪だが、前者なら希望が見える。

 ここは何処なのか。……記憶を探ってみても、思い当たる節はない。


 ここまで考えて、この二つの疑問は今考えてもしょうがないということに気付く。きっと今考えた所で、答えは見つからない。


 ならば今考えるべきは、ここでどう行動するべきか、だ。


 仲間を探す、ここが何処だかを探る、その二つを解決するために大切なのは、どう行動するか、どう生き残るかを考えなければいけない。

 基礎は重要だ。基礎を怠ってはいけない。無闇に走り回って、敵に──ヴィランに囲まれでもしたら、一巻の終わりだ。カオステラーに出会ってしまっても、同様だ。

……一人で敵を捌けなくなったら終わりなのだから、ここは慎重にいかなければいけない。逆を言えば、一人で捌き切れる敵の数なら問題はないという事だが、出来れば一人での戦闘は避けたい。


 ──ふと背中に手を回して、剣があることを確認する。ふぅ、と安心の息が意図せずに漏れ出す。武器がなかったらと考えると、不意に体が震えた。


 どう生き残るか、どう行動するか。それを考えるにあたってまず重要なのは、地形などを把握することだ。

 何時いつしか、体の震えは止まっていた。

 足に力を込め、立ち上がる。そうして、大きく深呼吸して心を落ち着け、冷静を辺りを見回し始めた。


「……硬い。……地面、乾燥してるのかな。でも砂漠とは違うなぁ。細かい砂じゃない、どちらかと言うと、泥から水分を抜き取って固まった感じかな?」


 爪先で地面を突く。見た目は固まっているようだが、爪先などで突けば砂煙が上がる。少し強く地面を蹴ると、砂煙が大量に上がった。


「……こんなに砂煙が上がるとなると、戦闘になったら、さらに沢山のヴィランを呼び寄せそうだ……」


 視線を上げて、三六十度、全体を見回す。

 思ったよりも風が吹いている。そのせいか、あまり遠い地点は見る事ができない。地面から砂煙が舞い上がっているのだ。


「風が吹いてる、それも、結構強い……これなら、風のおかげで、戦闘があっても、隠せるかもしれない……かな。流石に近くヴィランなら寄ってくるかもだけど」


 一際強く吹いた風に、エクスは目を反射的に瞑る。そして、砂埃が口に入り、ぺっぺっと唾を吐いた。

 空を見る。……一面、分厚い雲に覆われていた。でも明るいという事は、太陽があると考えていいだろう。夜があるかは、不明だ。


 次に考えたのは、食料の事だった。だが。


「食料……は、見るからに無いよね……」


 こんな乾燥した土地には、食料が無いという事ぐらい、ほぼ常識的に理解できた。もしかするとあるかも、と考えたが、枯れた雑草を見て無いと確信する。

 もしこの土地に適応した植物があるのなら、雑草だって適応していてもいいはずだ。だが、その雑草は枯れている。つまり、この土地に適応した植物は無いという事だ。同時に、この土地がこんな状態荒野となったのは、つい最近なのではないか、とも気付く。


「……食べ物は一応、非常食が少しあるけど……これだけじゃ、頑張っても二日が限界……かな」


 もし誰にも会えずに二日が経ったら──……。


 二日目の夜が、個人行動のデッドライン。短い。明らかに、時間が足りない。もしも、レイナ達がとても遠くに居たとしたら、辿り着くことさえできずに、餓死するかもしれない。いや、きっと餓死してしまう。

 ぞっとする。でも、諦めちゃ駄目だ。


 また、大きく深呼吸する。


 そして、目を見開く。


「……大丈夫、なんとかなるよ、うん」


 なるべくポジティブに。暗くなってはいけない。


「一先ず、直ぐにでも行動を開始しよう。風のおかげで、走っても大丈夫かな。辺りには身を隠すものがないから心配だけど、その分早くヴィランも見つけられる。戦闘は、そうだな……なるべく、ヒットアンドアウェイでいこう。

 まずこれからの目的は、レイナ達と合流する事。その次に、もし必要なら、ここが何処なのかを調べよう」


 大丈夫、大丈夫、と独り言を言いながら、今回は軽めに頬を叩く。

「よし! 行くか!」 と、エクスは力強く言った。





 ──────そして、早くも走って一時間が経つ頃。



「どうしようかなぁぁぁああああっ!」と、涙ながらに力強く叫んでいた。


 初めの気力は何処へやら。今や恐怖と絶望と脇腹の痛みに顔を顰めている。……背後に、無数のヴィランを抱えているのだ。数えるのも億劫となりそうな数のヴィラン。その数が走る事で舞い上がる砂煙は、さながら乾燥地帯の“雪崩”だった。


 間違いを犯したのは、走り始めてから約十分後の事だった。

 走っていると、視線の先に一匹のブギーヴィランがいた。一匹だけだった、という理由もあるが、それだけではなく。辺りを見回し、目の付く場所に他のヴィランがいなかったのを確認し、更には一撃でそのブギーヴィランを仕留める算段を立て、背後に移動し、正に万全の体制で戦いを挑んだ筈だったのだ。

 だが、いざ倒してみると、突然大量のヴィランが現れた。……地面の下から。これは、本当に予想外だった。

 そう。

 一匹だけでいたブギーヴィランは、デコイだったのだ。

 つまり、これは、列記とした罠だったのだ。それも、とても単純で、とても効果的な、罠。

 何故、ヴィランがこんな罠を張れたのか、そんな事を考える暇は、残念ながらエクスにはなかった。


「ああああああっ、どっ、どどどうしようっ!? どこかっ、どこかに隠れる場所は……っ!?」


 残念ながら、ここは荒野だ。隠れる場所など、初めからない。

 そんな、初めに調べたことさえ、頭からすっぽ抜ける程度には、混乱していた。


 だが、運命はエクスに味方してくれたようだ。


「……あれ? ……町? いや、あれは町だ!」


 視線の先に、建築物の影が見えたのだ。エクスの表情が、見るからに明るくなる。

 だが、見たところ人が住んでいるようには見えなかった。でも、それはエクスにとっては朗報であった。人が住んでいないのなら、例えヴィランを連れ込んでも、被害がでない。

 つまり、あの町でヴィランをやり過ごせば、一先ず危機を脱する事ができる。


「やった! ボロボロで、人もいなさそうだ……少し、隠れさせてもらおう!」


 朗報はまだ続いていた。

 町の入り口が小さい。馬車が一台通れる程度だ。エクスは、しめた、と握りこぶしを作った。これ程に小さな入り口なら、横に広がっているヴィランがこの町に入ろうとした時に、きっとつまずくだろう。そしてその時点で、この町に入ってくるヴィランも少なくなる。そうなれば、身を隠すのも楽になる。


 漸く終わりが見えた事で、エクスから焦りは消えていった。


 ラストスパートとばかりに、加速させる。少しずつ、ヴィランに差をつけながら、エクスは町に飛び込んだ。

 そこは、外から見てもそうだったが、やはり廃墟が並んでいる。人もいなさそうだ。

 すぐに、隠れるのに適した廃墟を探して──


「あっ、やっぱり!」

「……え?」


 ──見知らぬ女の声を聞いた。恐らく、同い年ぐらいの少女の声だろう。視線を巡らせると、すぐにその少女はいた。

 青空のような、美しい青色を孕んだ、真っ白な髪の少女だった。なんと言うのだろう、白髪なのであるが、光の反射によって、水色のような色も混じって見えるものだった。視線を少し落とせば、今度は本当の純白のワンピースを着ていた。ふと、綺麗な人だなと思った。


「えっと、エクス、くん……だよね! こっちにきて!」

「あっ、えっ、う、うん!」


 名前を知られている事に、驚いた。だが、今はそれどころではない。本来なら、突然現れた人を信じるべきか分からないが、助けようとしてくれているなら、今はそれに縋るのが吉だろう。

 すぐにその少女に向けて走り出す。一瞬、背後を振り返る。入り口のところでもたついているヴィランがいた。


「あっ、でも、どこに隠れるの?」


 ふと思い浮かんだ疑問を、少女に投げかける。

 すると少女は、「やっぱり皆、それを聞くのね」と意味深な発言と共に、地面を指差した。


「……あっ、そっか!」

「理解したなら、ここからは無言で行きましょう。あの化け物に、何かの間違いで居場所がバレたら大変だわ」


 エクスは、無言で頭を縦に振った。それを見た少女は、小さく笑い、すぐに前を向き直る。


 そして、その直後からだった。路地裏が複数に枝分かれし始めたのは。


 エクスは、こんなにも都合のいい路地裏があるとは、と感心した。これなら、そう簡単にヴィランに追いつかれる事もないし、いざ戦う事となっても、分散させる事ができる。

 その枝分かれ具合といえば、本当に複雑だった。一分もすれば、自分のいる場所が分からなくなる程には。

 初めは右か左か、だけだったが、途中からは真っ直ぐも追加され、更には道の途中にも分岐点があるなど、それはもう迷宮という言葉が似合う路地裏だった。


 五分程走った後、突然少女は道の端辺りにはしゃがみこんだかと思うと、他の地面と完全に同化した“蓋”を開ける。そこには、地下に続く階段があった。

 こんな所に……とその階段をポカンと眺めていると、少女がやっぱりといった表情と共に、声を掛ける。


「ほら、行くわよ」

「う、うん」


 先に少女が階段を降りていく。それに続いてエクスも降りていく。最後に、“蓋”を元に戻して、小走りに駆けた。


 ──この時、エクスは気付いていなかった。“蓋”が小石によって、僅かに浮いているという事に──……。


 地下は、当然の如く暗かった。少女が取り出した蠟燭ろうそくのお陰で、足元辺りまでなら、ぼんやりと見える程度には明るくなったが、その程度だった。

 あまりに静かで、靴が階段を踏む時の音が、やけに大きく聞こえた。


「……エクスくんは、“悪戯好きの化け物”に狙われたみたいね」

「……“悪戯好き”?」

「えぇ。実はここには、悪戯が大好きな化け物が、たった一匹だけ、いるの」

「へぇ……そんなやつが……」


 と、その時、エクスがやはりというか、階段を踏み外した。声もなく、目の前の少女に向けて倒れていく。

 やばい、と思った時、少女は突然振り返り、両手でエクスの肩を支えた。恐らく、こうなる事を予想していたのだろう。だが、少女一人でエクスを支えられるわけもなく、階段を転げ落ち──


 ──なかった。

 反射的にエクスは自分を下にして、衝撃に備えた。だが、衝撃はたったの一度で終わりだった。平らな床に、エクスは倒れた。そう、階段はもう終わりだったのだ。

 あれ? と固まっていると、近くで扉が開く音がした。


「……おぉ、遂に坊主にも春が……」

「…………タオ……」


 残念ながらエクスは、タオの言葉を否定する程の気力は、既になかった。






「いやぁ、やっぱりここに辿り着いたか!」

「生きててよかった……エクス……」

「本当です新入りさん。姉御なんか、ついさっきまで『エクス大丈夫かしら……』ばかりでしたから」

「ちょっ、シェイン! それ言う必要ないわよね!?」


 いつも通りの風景に、エクスは安心した。レイナ、タオ、シェイン。皆、揃っている。ほっと一息つくと、突然眠気が襲ってくる。

 だが、気になる単語を見つけたエクスは、眠気を抑え、タオに話しかける。


「ねぇ、タオ」

「ん?」

「『やっぱりここに辿り着いたか』って、どういう事……?」


 この疑問に答えたのは、レイナだった。


「エクス、空白の書を見ていないのね」

「え?」

「坊主、今すぐ、あの真っ白な本を見てみろ。そうすりゃ、すぐに分かる」


 何を言っているのだろう、半信半疑で空白の書を開き、そして硬直した。


「えっ!? こっ、これ、どういう、こと……!?」

「見たまんまだ」

「えぇ」

「でも、これって……」

「はい。普通はあり得ないことです。まさか、なんて。でも、実際に起きているんですから、信じるしかないでしょう」


 そう。の書が、空白ではなくなっていたのだ。

 空白の書を開くと、そこには、文字が書かれていたのだ。



『汝は、町に必ず辿り着く』



 空白の書に文字が書かれているという異常事態に、頭は混乱する。

 空白の書は、何も書かれていないからこそ、空白の書なのだ。だが、見ての通り、書かれている。


「恐らく、この想区に来ると同時に、この文字は現れたのでしょう。そして、シェイン達はそれを無意識に実行していたんでしょう。恐らくは」

「でもどうしてこんな文字が書かれているのか、私にはさっぱり」

「それはシェインにもさっぱりですよ」


 エクスは、眼前に広がりつつある謎に、顔をしかめ……そしてその直後のタオの言葉によって、眉間のしわは完全に消え失せる。


「坊主、ちょっくらその文字を見ててみろ、面白い事が起こるぞ」

「え?」


 丁度、エクスがその文字に視線を落とした時だった。


 ──文字が、光を放って、消えていった。


「えっ、えええええっ!?」

「面白いだろ」

「面白いというか、驚きだよ!」


 まさか文字が消えるなんて。

 じゃあ一体なぜ、この文字は現れたんだ? というような新たな謎が浮かび上がってきたが、そんな事が気にならないほど、混乱していた。……きっと、この短時間で様々な事があり過ぎたのだろう。その所為で、頭ももうパンク気味なのだ。


「……少し、休んでもいいかな」

「奥に寝室があるわ。使って」


 少女の言葉に「ありがとう」と言って、エクスは寝室に移動する。そして、少女の名前を聞きそびれた事に気付くが、ベッドに倒れこんだ時には、もう立ち上がるのも億劫になっていた。

 そしてそれから間もなく、泥のように眠った。



 ◇



 ──エクスの目覚めは、戦闘の音と、体を揺さぶられたことによるものだった。


「……て……クス!」


 寝起きの倦怠感によって、初めはそれを無視した。だが、時間がゆっくりとエクスの意識を覚醒させていく。

 エクスが緊迫した空気を感じ取ったのと、その誰かの声が耳に届いたのは、ほぼ同時だった。


「早く起きてよ! もう! エクス!」


 エクスは目を開け、その誰かを視界にいれる。──まだ名前を聞いてなかった、少女だった。

 その少女の表情を見た瞬間、エクスは今の状況を理解する。上体を勢いよく持ち上げ、この想区に来てすぐの時の様に、思いっきり自分の頬を引っ叩く。

 眠気が引くにつれて、辺りの状況を理解し始める。剣戟の音、それと同時に微かに聞こえる、タオやシェイン、レイナの声。そしてヴィランの声。それらは、エクスの眠気をほぼ完全に吹き飛ばし、倦怠感も忘れさせるには十分だった。

 そしてエクスは、ベッドの横にいる少女を見る。少女は、それを待っていたとばかりに話を始めた。


「ここがばれた! 早く逃げなきゃ!」

「ばれ……いや、今、皆は!?」

「三人は今戦ってるわ! どこかのお寝坊さんの為に!」

「ごめん!」


 エクスは呑気に寝ていた自分を恨みながら、ベッドの上に置いた剣を手に取る。


「エクス、ここの出入り口は一つしかないわ! だから、その」

「分かった、君はここで待ってて!」

「お願い」


 少女から視線を外し、寝室を出る。そして、寝室の扉の先に広がっていたのは、戦場だった。


 家具は無残にも破壊され、生活の跡が容赦なく塵となっている。

 そこは、少女の生活の記憶が完全に消失した場所だった。


 数瞬、それを見て硬直する。それから思考は、『どうしてこうなったのか』に移る。そして記憶を辿っていく。この地下の住まいがばれるには、入り口がばれなければいけない。

 直後、この住まいの入り口の扉を閉めたのが、自分である事に辿り着く。


「……まさか、これは、全部……僕の、所為……?」


 そうとしか考えられなかった。


 だが、今はそれどころではない。過去を振り返って悔やむのはいいが、それは今する事ではない。この戦闘が終わってから好きなだけ悔やみ、そして少女に、それ相応の償いをするのだ。

 そう誓ったエクスは、剣を抜き放つ。

 それと同時に、タオの声が耳に届く。


「起きたか坊主!」

「遅れた! ごめん!」

「まぁいい! 一先ず、ここを切り抜けるぞ!」

「うん!」


 タオは槍を振り回し、攻撃を仕掛けんとしたブギーヴィランを叩き斬る。よく見れば、盾を持っていない。両手で振り下ろされた槍を防ぐことは、ブギーヴィランにはできなかった。袈裟懸けに斬り裂かれ、煙となって消える。


「ぅおっ!」


 その直後、タオに向かって炎が飛来する。だが、即座に取り出した盾によって、直撃を防ぐ。──ゴーストヴィランだ。幽霊型で、浮遊しており、お洒落にも帽子を被って杖を振り回す。

 それを視界を収めたエクスは、勢いよく駆け出す。寝起きとは思えない疾走だった。右手に剣を持ち、左手には逆手に鞘を持つ。


 ゴーストヴィランがエクスに気付いた時には、既に鞘が振り下ろされている。ガツンと頭に衝撃が加わったことで怯んだゴーストヴィランに、容赦なく剣が叩き込まれる。逆袈裟斬りからの、回転切り。

 その直後、ゴーストヴィランの背後にブギーヴィランが現れる。袈裟斬りを中断し、剣を刺突の構えにする。


 ──ダッシュソード。


 ゴーストヴィランに突撃する。そしてその横を通り過ぎる際に、数撃斬り裂きながら通り抜け、更には背後のブギーヴィランも斬り裂く。

 そのブギーヴィランが、この部屋にいた最後のヴィランだった。


「坊主! 入り口近くには、まだうじゃうじゃいるぜ?」

「うん……!」


 タオはそう言い残すと、すぐに部屋の扉を開け、入り口にむかって駆ける。エクスも少し遅れてその扉から出る。

 そこに広がる光景は、それはもう恐ろしいものだった。

 ブギーヴィランやゴーストヴィラン、その他にも多くのヴィランが、この地下の住まいになだれ込んでいた。その数は、少なくとも二十は超えている。


 そしてそれに対してこちらは、レイナ、タオ、シェイン、そしてエクスの四人。勝ち目がある様には見えない。


 だが、エクスは諦めようとはしない。その瞳には、諦めの二文字は見当たらない。

 幾度となくカオステラーと、無数のヴィラン達と戦ってきた。

 それは、自然に彼らを成長させている。そんな彼らなら、こんな相手には遅れはとらない。


 魔導書を操り、後方から攻撃するレイナ。

 槍と盾を駆使し、ヴィランの攻撃を一手に引き受ける、殴られ役タンクのタオ。

 杖を操り、時には弓を使い、レイナと同じく後方から攻撃するシェイン。


 洗練された連携は、ヴィランの数を勢いよく減らしている。だが、まだ一つ、足りていない。エクスだ。


「行くぞ……!」


 エクスは鞘を投げ捨て、ヴィランの真っ只中に向けて一気に加速した。



 ──僕のするべき事は、相手を掻き乱す事だ……!



 一番手前にいたナイトヴィラン。


 そいつに狙いを定める。


 剣を上段に構え、


 右足で地面を蹴り、飛び上がる。


 そして──



「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!」



 ──全力で、剣を振り下ろす。

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