バラ園を越えて

「………いたぞ!」


 声と共に、トランプ兵がわらわらと現れる。中にはバラを切り裂いて現れたやつもいた。バラ園担当じゃなかったのかお前ら。

 それでも流石の統制を見せ、ダイヤ兵たちはあっという間に私を包囲した。

 ………手にした武器がハケでなければ格好もつくのだが………相手も私も。


「動くな。観念してもらおう、ここで我々に切り刻まれたくはあるまい。侵入者として女王様に引き渡させてもらう」

「………好奇心から尋ねるが、その場合、女王の処置は?」

「裁判次第だが、だいたいは首をはねられることになるな」


 どっちもどっちだ。

 しかし、裁判所があるとは意外だった。どうせ女王の気分で処刑したりしていると思っていたのだが。


「因みに、だが。裁判官は女王様が兼任なされている」

「………」


 がっつり独裁政権だった。この分では、弁護士も検事も期待できまい。女王の気分を害すること、これすなわち極刑に値するわけだ。

 あいにくと、そんな未来に大人しく屈するつもりはない。


「………悪いが、先の台詞はそっくり返させてもらう。大人しく降伏しろ」


 私の言葉に、トランプ兵たちは一瞬きょとんとした後、盛大に吹き出した。

 一頻り爆笑したあとで、一人が震えながら口を開いた。


「こ、降伏しろ、だと? 我々に? フハハ、面白い冗談だな。案外女王様も気に入るかもしれないぞ?」

「冗談のつもりはないが………では、従うつもりは無いんだな?」

「当たり前だ。貴様こそ、さっさと………」

「そうか、わかった」


 遮るように言って、私は片手を振るった。先ほどバグから吐き出された刃物、


 シャキン、という小気味の良い音が響く。研ぎ抜かれた鋭利な一対の刃は、さしたる抵抗もなくその口を閉ざし、間に挟まれた一本のバラを切り落としていた。

 何色のバラかは、言うまでもあるまい。


「なら私は、今後逃げながらバラを切り刻む。


 さて、と私は相手の反応を見守る。態度だけは堂々としてはいたが、内心は割りとびくびくしていた。果たして、人質ならぬバラ質は成立するか………。

 息を呑む私、そして、彼らは。


「………く」

「………く?」

「くそ、卑怯だぞ!! 貴様、それでも人間か!! この外道!!」


 ………成功した。

 ドサドサと、トランプ兵が武器を捨てる………正確には、ハケとバケツを。


「なんだろう、成功したけどあんまり嬉しくない………」

「これで人でなし呼ばわりされるんだよな、お前さんは。ギャハハ!!」


 まぁ確かに、見た目としては従業員を解雇しに来た悪徳雇い主だ。鋏を手にして、バラを切るぞと脅しているのだから。首を切るぞと脅す女王とどちらが眉をひそめられるか、微妙なところであろう。

 肩を落とす私の足元で、切り落とされたバラが言葉もなく揺れていた。







「さて、これであとは城に向かうだけだな………」


 ハケをへし折り、バケツからペンキを捨てさせるという地味な武装解除の後、私は呟いた。

 わざわざ口に出して、しかも殊更明るい声を出したのには、理由がある。


「………………………はぁ」


 ちら、と視線を背後に向ける。そこでがっくりと崩れ落ちているそのを見て、私はため息をつく。


「………なぁ、その、悪かったから」

「うぅ………」


 ダイヤの三が泣き出した。


 他のカードたちも、涙こそ見せないものの同じような表情を浮かべている。


 まぁ、無理もないか。


 唯我独尊の女王に任された庭で、うっかり白いバラを植えた上にそれをペンキでごまかそうとし、更には侵入者を追う過程でバラ園は半壊し、挙げ句にはその侵入者に逃げられたのだ。待ち受ける運命は、けして明るくはない。

 泣き崩れる彼らを見て、その反対の出口を見て、それから私はもう一度、ため息をついた。やれやれだ、まったく。


 私はダイヤの三の前に、手にしていた大鋏を落とした。

 トス、と軽い音に顔を上げたダイヤの三が、驚いたような表情を浮かべた。


「こ、これは………?」

「………私は、侵入者だ。騒々しくて、我が物顔で庭を荒らしても不思議はないだろう」


 鋏と私の顔とを何度となく見比べて、それから、トランプ兵たちの顔に理解の色が浮かんだ。察しが良いやら悪いやらだ。

 言わなくともいいことだが、私はわざわざ、鋏の使を口に出す。


「それで切って、あとで、侵入者がやりました、とでも言えばいい。どうせ私には関係ないからな」


 言うだけ言うと、私は踵を返して出口に向かう。背後から聞こえた感謝の声に、バグが皮肉げに声をあげる。


「おやおや、おやさしいことだな! さっき殺されかけたってのによ!」

「………いいや、そんなことはないよ」


 それに対して、私は照れ隠しなどではなく本心から首を振った。


「あんなに綺麗なバラ園をめちゃくちゃにした、罪滅ぼしにもならないさ」


 それに、と私は心のなかで付け加えた。

 あのバラ園担当部隊とやらに、これ以上追いかけ回されたくはない。


「世の中には、勝ちたくも負けたくもない相手というのが居る。そんなやつらとは、そもそも戦わないに限るよ」







「………」


 去っていくウサギの後ろ姿を見ながら、ダイヤの三はなにかを考えるようなしぐさをしていた。

 その態度に気付き、同僚が首を傾げる。


「どうした、さっさと処理を終わらせようぜ?」

「………なぁ」


 問い掛けに答えずに、三は質問を返した。


「あの侵入者、城に向かうかな?」

「そうなんじゃないか? ここにくるやつは皆そうさ」

「………まずくないか?」


 同僚が肩をすくめる。


「ま、女王様に会えるとは思えんね。城にはやつら、親衛隊がいるし、それに」

「………見慣れない、

「そういうこと。俺たちなんて足元にも及ばないようなスペード隊もいるし、万が一はあり得ないだろ」

「………それじゃあ、あいつは死ぬな」


 ぼそりとした呟きに、同僚が眉を寄せる。構わずに、三は続けた。


「俺たちに追われて、やられそうだったのに俺たちのことを気遣ってくれた相手を、俺たちは見捨てるのか?」

「………お前、まさか」

「俺たちは、バラ園担当部隊だ。けど、辺りを見ろよ。………もう、バラ園なんて無いぜ」


 ダイヤの三は立ち上がる。その手には、スペアのハケが握られていた。


「………俺たちは、恩を返すべきだ。そうだろう?」


 そう言って、ダイヤの三は自分の同僚たちをぐるりと見渡した。見返す彼らの瞳に浮かんだ思いに、大きく頷く。


「行こう。俺たちも戦うんだ!」


 オォー!という盛大な歓声が響いた。彼らは手に手にバケツとハケを握り締め、素早く恩人の跡を追い始めた。

 ………当の恩人が、それを迷惑とした思わないということも知らずに。

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