最後の声

 球技大会も何事もなく終わり、この先はとりあえず大きい行事はしばらくない。すぐに中間試験だが、生徒会の人間には関係ない話だった。


上条かみじょう先輩って、この二年間一度もクラストップ取れていないんですよね」


 相変わらず神山はずかずかと物を言う。


日向ひゅうが先輩と同じクラスっていうのが運が悪かったですよね。結局三年間同じですか?」


 わたるはこの話題になんの興味も示していない。呑気に昨日発売されたばかりの小説を頬杖をついて読んでいる。


「それより、新しい生徒会のメンバーは勧誘しなくていいんですか」


 現在、生徒会の人数は四名。ただでさえ少ない方だ。だが、航は勧誘活動をしようとしない。


「ほとんど航一人で片付くからね。でも今は良くても来年大変になるよね」


「藤馬、あんたが会長で私が副会長でしょ。それで急に入った人達にいちから書記と会計させるのよね。それはさすがに無理がありますよ会長」


 航はやっと本を閉じた。


「じゃあ、三学期になったら誰か探そう。三ヶ月あれば充分だろ?」


 生徒会長の笑みに、神山と藤馬は渋々了承したようだ。この二人には苦労をかけてしまうが、これは仕方がない。あのときの出来事を考えると、航の気持ちは痛いほどよくわかる。

 もう五月も半ば。中間試験が終わったら海を見に行こうか。だんだんと暖かくなってきているから夕方頃でもいい。この時間帯の景色は最高だ。


「では、私はバイトがありますので」


「僕も今日は塾です」


 二人はいつもこうだ。生徒会の仕事が終わるとすぐに帰ってしまう。


「相変わらずさっぱりしてる……」


 いつの間に航は帰り支度を始めていた。


「あれ、めずらしいね。もう帰るの?」


「暇ならちょっと付き合って」


 暇だけど、二人で歩いているところを見られるのはどうしようか。心なしか、玲は航の半歩後ろを歩く。それでも周りの視線が痛い。


「どうかしたか」


 誰のおかげで……、と思わず言い出しそうになったのを、寸前のところでなんとか飲み込んだ。

 校門を覆うように植えられた桜の木には若葉が生い茂っている。


「どこ行くの?」


 校門を出ても、玲は航の後ろを歩く。


「今日、妹の誕生日だから。なにをあげたらいいか全然わからない」


 航には五つ下の妹がいる。航に似ておとなしく可愛い子だ。


「ああ。今年から中学生か。微妙なところだね」


 近くの大型ショッピングモールへ向かう。平日の夕方なのに、なかなかの混みようだ。


「なにがいいかな。学校で使えるものとか」


「あいつ、美術部に入ったとか言ってたな」


「じゃあ、筆のセットとか。ちょっといいやつ」


 航はなにも言わず文房具売り場へ向かう。了承したのだろう。

 結局どれがいいのかわからず、一番高いものを購入していた。最近始めたという家庭教師のバイトは儲かるらしい。


「……志帆しほのも、買っておくか」


 玲は一瞬驚いたが、航について行った。


「もうそろそろか」


 二人は買い物を終え、ファミレスへ入る。食事をしつつ、試験勉強をしている学生が多い。


「勉強しなくていいのか?」


 航は珈琲を一口含み、早速嫌味を言ってくる。玲はメニューでその顔を隠す。


「……最近、なにかあった?。いつもなにか考えてるだろ」


 時々こうやって思考を当ててくる。嘘をついても見破られてしまう。


「もう少ししたら、話すかも……」


 しばらく進路のことや生徒会の話しなど、いつも通りの時間を過ごしファミレスをあとにする。


「いつもありがとう」


 航は毎回奢ってくれる。特に使い道がないから全然構わないらしい。


「あんまり考えすぎるなよ」


 玲は小さく頷き、家路についた。


***


 中間試験最終日。

 今日は数学と英語。玲の得意とする科目だ。


「やっと終わるね。うちら早速このあと部活だよ。今日くらい休ませて欲しいよね」


 遥と美緒は既に諦めモードに入っている。


「来週でもさ、スイーツビュッフェに行こうよ」


 玲はそんな二人を励ますため提案をする。案の定二人の顔に笑みが生まれた。

 あっという間の二時間。高校三年生最初の試験が終了した。玲は時間いっぱいまで見直しをしていたが、航は二教科とも半分以上の時間を残し居眠りをしていた。

 秀才と天才は違う……。いくら頑張って勉強しても、天才にはとても追いつけない。


 今日は生徒会の仕事もないため、お昼ご飯を食べたあとすぐに下校した。以前から考えていた海を見に行くために。

 人少ない電車に揺られ、だんだんと海に近付く。あのときもこうだった。窓の外の景色を見ながら他愛もない話をした。


 玲は昔から海が好きだった。それも、どちらかというと都会の海。田舎町の海はどうもしっくり来ない。

 海を眺めるとなんとも感慨深くなる。心が無になるというか、物哀しい気持ちにはなるのだが、いつまででもその場に留まり眺め続けることができる。

 将来は海に関する仕事がしたいと考え、海洋大学に進学しようと考えていた。そしてそれは航も同じだった。航は海技士を目指しており、既に勉強を始めている。


 駅に到着する。観光地だけあって人は多いが、浜辺はそうでもなさそうだ。海沿いに設けられたサイクリングロード、その傍らにあるベンチに腰掛ける。

 目の前に広がる海越しのたくさんのビル群、コンテナ船、埠頭やガントリークレーン。そういったものを含めた海が好きだった。

 しばらくの間、なにも考えずに海を眺めていた。風は穏やかで波もない。潮の香りもほとんどしない。

 今日はひとり。でも、あのときは隣に座っていた。ふたりだった。


「なんで忘れられないんだろ」


 浜辺には玲と同じようにひとりで海を眺めに来た人が何人か見受けられる。足を伸ばしてリラックスしている人もいれば、膝を抱えてなにかに悩んでいそうな人もいる。

 特になにもなくても、買い物ついででも、海を見に来たわけではなくても、ついしばらくの間見入ってしまうものではないだろうか。その時間だけは誰にも邪魔されず、周りの目も気にせず、ただただ無心になってしまう。


『事故の日、志帆とここに来たんだ』


 あのときのことを思い出す。


『特になにをするでもなく、ただここに座ってこうやって海を見ていた。世間話をしてジュースを飲んで……』


 玲は目を閉じた。


『もう帰ろうかってなって、駅の方まで歩いていたとき、志帆がなにか話し掛けてきたんだ。でも急に車が突っ込んできて……。それが最後だった、志帆が僕に向けた最後の言葉だった』


 鞄から携帯電話を取り出し、メモ機能を起動させる。樹に返事を書こう。

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