クリスマスの贈り物 グリムノーツ

松尾京

第1話 聖夜の記憶


 ――レイナ。サンタクロースって知っているかい?

 ――ううん、なぁに、それ?


 それは幼き日の思い出。

 二度と体験することの出来ない、温かい家族の時間だった。


 ――聖なる夜になると、空を飛んで、いい子の元へやってきて……枕元にプレゼントを置いていってくれる人のことさ。

 ――プレゼント?

 ――ああ。どこか遠くの世界の話らしいけれどね。

 ――私も、プレゼント欲しい!


 レイナは、その優しい声を聞きながら、胸が高鳴ったことを覚えている。


 聖なる冬の夜。

 プレゼント。

 幼き心に、それらが魔法の言葉のように聞こえたものだ。

 それは空想の羽を伸ばして、レイナの中に煌びやかな世界を作り上げていた。


 ――いい子にしてれば、私も、プレゼント、もらえる?

 ――ああ。きっともらえるさ。

 ――やったぁ! 私、楽しみに待ってる!


 レイナは、とび上がって喜んだ。

 そうして、いつかそのファンタジーの世界のようなその存在が、自分の元へ来てくれるのだと、待ち遠しくなったのものだった。


 けれど、レイナの元へ、聖なる夜が訪れることはなかった。

 それから時を置かずして、レイナの故郷の想区は失われた。


 カオステラーによって壊された世界――そこにはもう、何もなかった。

 たくさんの大事なもの、たくさんの希望と一緒に、その思い出は、小さな少女の中から消えた。





 視界は一面の銀世界だった。


「しっかし、この想区は寒いな……!」


 雪をざくざくと踏みしめつつ、大柄な青年が言う。

 四人であるその一行の、先頭を歩く――タオである。

 些か人相の悪いその表情が、強い風に吹かれてさらにしかめ面になっていた。


「早く抜けようぜ、お嬢。迷ってる場合じゃないぞ」

「な、なな何よ。ままま迷ったのををわわ私ののせみたいにに言ってててうぶぶぶ」

「震えすぎて何言ってるかわからねー……」


 タオに反抗しつつも、呆れた視線で見つめられたのは、レイナだ。

 元々寒さに強いたちでもないので、こういう想区にやってきてしまうと、こんな調子になってしまう。


 そもそも、レイナだって来ようと思って来たわけではないが。


「ただのののとと通り道だししこここんな寒いところだととは思わないしぶるぶるるるぶ!」


 ぶるぶると震えながら……調律する歪みもない世界だし、一刻も早くここから抜けよう、と思うレイナであった。



 調律――“想区”の作り手たるストーリーテラーが異常をきたした姿である、カオステラーを正常に戻すこと――


 調律の巫女として、レイナは仲間たちと共に、これまでたくさんの想区でそれを果たし、人々を救ってきた。

 今は、そんな旅路の途中。


 通り道として見つけた想区には、カオステラーの気配もなかった。

 なので、少し休憩していこう、という程度の気分で立ち寄った四人だったのだが……。


 外からではどんな想区なのかはよくわからない、ということが生んだ悲劇か。

 そこはだだっ広い雪原に、降雪が相まって、右も左もわからない世界だった。



「あ。皆さん、向こうに街が見えますよ。ひとまず、あそこで休みましょう」


 正面の遠くを差すのは、タオと並んで歩く、シェインだ。

 タオの妹分として――色々なところを旅していたこともあるらしいからか、レイナと違ってそれほど寒さはこたえていないようだ。


 ともかく、一行は一も二もなく、そこへ向かうことにした。

 最後の一人の少年――エクスが、レイナの様子を見て、声をかけた。


「……レイナ、大丈夫? 僕の上着、貸そうか」

「え?」


 レイナが一瞬きょとんとすると、タオがにやついた顔になる。


「お? お嬢、エクスの不意の優しさにときめいたか? 頼りなさげな仲間の意外な一面に胸が高鳴ったか――痛でで!」

「別にそんなんじゃないわよ」


 震えながらも、タオの脇腹をつねって悶絶させつつ……レイナは否定した。

 別にときめいたりはしていない……多分。


 ただ、ふと、思っただけである。

 一人で旅をしていたときは、こんなことはなかったな、と。


 仲間に優しさをかけられる、どころか、こうして仲間となった人達と一緒に歩いている。それが、当時のレイナには想像も出来なかったことだったと。

 ……もし、この雪原を一人で歩いていたらどんな気分だろうか。


「……」


 何故こんなことを思ったのか、自分でもわからなかった。

 意識せずに、昔のことを思い出してしまったのだろうか――


 レイナは首を振る。

 今はとにかく、街だ。

 四人一丸となり、街明かりを目指す、と――



『うわぁぁ!』



 風の音に交じって、突如、悲鳴が響いた。

 四人ははっとして、そちらを見る。


 街の入口近く。

 まだ雪原と言えるその場所で、一人の若い少年が何者かに、襲われていた。


「……!」


 そして、四人は気付く。

 少年を囲んでいるそれが――人間ではない、明らかな異形であることに。

 黒色の体。

 人型や獣型の入り交じった姿。



『クルルゥ……! クルルゥ……!』



「……ヴィラン! どうしてここに……」


 レイナが目を細める。


 ヴィラン――想区の歪みの象徴たる、魔物。

 本来は、ここにいるはずのないものだった。

 驚きを浮かべながらも、しかしレイナは同時に、空白の書を手にもしている。

 エクスや、タオ、シェインもだ。


「とにかくあの小僧を助けるぞ!」


 タオが声を上げれば、三人は頷き、導きの栞を空白の書に挿していた。

 次の瞬間、生まれるのは体を包む光。

 英雄の魂にコネクトし、その姿を変身させていく、力の顕現だ。


 それこそ、運命の書に何も書かれていない、世界から“切り離された”四人だからこそ、持っている力。

 あるいは、自身の運命をつかみ取るために、与えられたものか――


 レイナは、ブロンドの美しい、不思議の国の爛漫な少女――アリスへと変身していた。

 その手には、流麗な片手剣を携えている。


「下がってて!」


 レイナの声に、少年はうわぁ、と雪の中に転がり込む。

 すると、ヴィラン数体がそれを追おうとした、が……レイナが肉迫する方が早い。

 切り下げられた剣で、あっという間にヴィランは両断された。


 ヴィランは雪の中から、さらに湧いたように出現する。

 だが、そこには仲のいい兄妹の英雄――ヘンゼルとグレーテルにコネクトした、タオとシェインが立ちはだかっていた。


「雪に埋めてやるよ。行くぞシェイン」

「了解です」


 左右に飛んだ二人は、挟み撃ちをするように、並んだヴィランの横を取る。

 間を置かず、タオは鎚で、グレーテルは剣で攻撃。

 一気に複数体を塵とした。


「これで最後、だねっ!」


 エクスは音楽の都の英雄――モーツァルトへとコネクトしている。

 まだ距離のあるヴィランに対し、苛烈な魔力弾を撃ち出すと……狙い違わず、その最後の一体を撃破した。





「あ、ありがとうございました。死ぬかと思いました」


 戦闘後。

 ヴィランから逃げ回っていた少年が、雪から這い上がって、四人に礼を言った。

 派手に走ったり転げたりしていたせいか、服は雪まみれになっている。


「大丈夫?」

「は、はい、何とか……」


 レイナの言葉に、少年は申し訳なさげな態度をしていた。

 レイナ達よりも幾分年下らしい、まだあどけなさの残る少年だ。


 怪我は無さそうで、その点は四人は安堵したが……。

 それより、その少年に対し、ふと気にかかることがあった。


「しかし、暖かそうな格好ですね」


 シェインが指摘する。


 言葉通り、少年はふかふかのコートに厚手のズボン、さらに大きな帽子を被っていた。

 まあ、それはいい。

 気になるのはそれ自体というよりも、その色だった。


 原色に近い赤。

 それがもこもことした白い綿毛のような材質で縁取られた、中々目立つデザインだ。


 上も下も、帽子も同じようなデザインで、こんな服を見たことのない四人には、珍しく思えた。


「ねえ、その服、この辺りで流行ってるの?」


 色々な想区で、様々な文化に触れてきたレイナも……思わず聞いた。

 すると少年は、あ、いや、と、何故か少し気まずそうにした。


「まあ、そんなところです」

「ふ~ん……?」


 何だか要領を得ぬ回答に、レイナは反応しかねる。

 まあ、それは想区の人間が言うならそうなのだろうと納得し、次にタオが聞いた。


「で、こんなところで何してたんだ?」


 すると、少年は、またしてもまずそうに目をそらすのだった。


「あ、い、いや。……何でもないんです。たまたま通りがかりで。あはは……」

「通りがかりって。雪しかねえぜ」


 タオが冷静に言うと、少年は、そうですね、と言う。

 端的に言って、何か様子が変だった。

 四人は微妙に眉をひそめる。


 すると、少年は何を思ったか、そこで踵を返した。


「……それでは、僕は急用があるので、この辺で!」

「あっ!」


 そのまま、どこかに走り去ってしまう。

 エクスが一瞬、後を追おうとしたが……すぐに見えなくなってしまった。


「まさか一人で雪原に……?」

「たった今死にかけたのに、そんな馬鹿なことをするやつがいるか?」


 タオも一応、どこに消えたか、探そうとする。

 だが雪が降っている状況では、中々難しい。


「……ヴィランに襲われてもいましたし、一体、何があったのでしょうか?」


 シェインの言葉に、レイナも改めて考え込んだ。


 カオステラーの気配は、ここにはない。

 それがわかっているから、ここはただの通り道だという認識だったのだ。

 だが、ヴィランが出たとなれば、無視するわけにもかいかなくなる。


「レイナ、カオステラーがいないなら――」

「ええ。別の可能性ってことになる、けど」


 レイナがそのあとの言葉を紡ごうとしたとき。


『きゃぁあ!』


 今度は、街の中の方から、悲鳴が聞こえた。


「おいおい。今度は何だ?」

「タオ兄。見て下さい――街中にも、ヴィランが出たようですよ」


 レイナとエクスも振り返る。

 平和な町並み――そんな風景の中に、黒い異形が出現し……人々が逃げ回っているのが見えた。


「まずは、あっちを優先するしかないみたいね……!」


 レイナは先頭を切って走る。

 それに、三人も続いた。





 街の広場に、ヴィランは多数出現していた。

 幸い、どの個体も強くはなかったので、レイナ達は短時間で一掃することが出来た。


 煉瓦造りの町並み――その広場で、レイナ達は、襲われていた人々に話を聞いていた。


「モミの木の飾りが、いきなり化け物に変わったんだよ」


 街の青年はそう語った。


 話によれば、青年の知る限り、先ほどまで街に異常はなく、平和だったそうである。

 それが急に、黒い化け物――ヴィランが出現し、街の人々を襲いはじめたということだった。


「飾り物がヴィランに、ですか。珍しいこともあるものですね」


 シェインが腕を組む。

 タオが、先ほどのレイナの言葉を引き取るようにして言った。


「ここに、カオステラーはいないんだろ。だったら、ストーリーテラーが生み出したものってことになるよな?」

「うん……それにしては、何だか無作為にヴィランを生んでるようにも見えるけど……」


 エクスは眉をひそめ、そのヴィランが出現したというモミの木を眺めていた。

 レイナも、それを何となく眺める。


 ただ、今は何にしても、想区の情報が少なすぎる。

 何でもいいからと、レイナが青年にたずねようとした、そのときに青年が言った。


「珍しいも何も、飾り物が化け物になるなんて、聞いたこともないよ。せっかくのクリスマスなのに……」


 と、そこでレイナはぴくりと反応した。

 不思議な感覚に襲われたのだ。

 何か、記憶の底にあるものに、触れられたような感覚に――


 その横では、シェインが無表情で、きょとんとしていた。


「くりすます?」

「そうだよ、クリスマスなんだよ。もうイブだし、子供達だってプレゼントを楽しみにしているのに……」


 青年が困った様に続ける。

 そして、まずはモミの木を直さなくちゃ、と、四人を置いて歩いて行ってしまった。


 タオも、よくわからないという顔をしている。


「クリスマス……って、何だ? プレゼントとか言ってたけど……贈り物を贈るイベントか何かか?」

「それだけにしては、キラキラした飾り物が多いね」


 エクスも物珍しそうに眺めている。

 皆、聞いたことのない言葉だったのだ。


 そして実際、そこはただの街にしては煌びやかだ。

 木々に飾り付けられた、赤や白の飾り。

 家々を彩る照明に、誰かが演奏している楽しげな音楽。

 まるで祭りの中にいるようでもあった。


 レイナは、少し、その風景に物思っていた。

 だが、顔を上げると、まずは言った。


「綺麗な街ね。普段は平和な想区なのかもしれないわ……だからこそ、ヴィランがいるなんて放っておけないし。まずは、調べてみましょ」

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