今日から仕事がネトゲです。

雨夜

第1話 仕事内容:ネトゲのパートナー(経験者優遇・初心者応相談) その1

 今年度最初の一ヶ月は、俺の二十一年と数ヶ月の人生においてもっとも激動した一ヶ月だった。

 思い返してみれば、これまでの人生は我ながら驚くほど順風満帆だった。高校受験、大学受験と志望校に一発合格してきた。バイトの面接で落ちたこともなかったし、自動車免許も当然、一発合格だった。だから、就職活動も同じように、志望の会社に一発合格できるもの。それが当然で普通のこと――そんなふうに思っていたのだ。

 ところが、落ちて落ちて落ちまくった。我ながらびっくりするほど落ちまくった。自分ではこれまで体験してきた試験と同じようにやっているつもりなのに、なぜかどうしても落とされるのだった。筆記試験は通るのだけど、面接で落とされるのだった。

 なぜか?

 残念ながら、俺自身にも理由が分からなかった。そして、いまもって分からないままである。

 顔が際だって悪いわけではないと思うし、身嗜みにもかつてないほど気を遣った。履歴書も色んな人に添削してもらって完璧に仕上げた自信作だったし、面接での受け答えだって問題なかったと思う。大学の先輩や教授に協力してもらって面接の練習を何度もやって、想定される面接官からの質問と、それに対する模範解答をいくつも予行演習した。実際の面接でも想定していた通りの質問ばかりされたし、ぶっちゃけ、問題ないどころか誰よりも完璧だったんじゃないかな、くらいの自信さえあった。

 でも、落ちまくった。落ちて落ちて落ちまくったまま、年が明けた。かつてこれほどの顔面蒼白で迎えた正月はなかった――というのが今年の正月だったが、それでもどうにか一月のうちに内定をもらうことができた。

 そのときはそりゃもう嬉しかった。

 嬉しすぎて、それまで落ちて落ちて落ちまくった理由が分からないまま臨んだ面接で面接官から嘘みたいに感激されて、その場で内定をもらえたことを微塵も怪しいと思わなかった。もしそこで、あるいは冬のうちに気づいていれば、激動の四月を迎えることはなかっただろう。

 結論だけざっくり言うと、俺が入った会社はいわゆるブラック企業だった。


「いいか、おまえら。会社は学校と違って遊び場じゃないんだ。病気になったからって休んだりできると思うなよ。俺はノロに罹ったときも休まず出社したぞ。後になって、おまえが休まなかったせいでノロをうつされたとか言って休みやがった奴がいたが、おまえらにはそんな舐めた真似させないからな。――あ? ああ、そいつなら辞めやがったよ。ノロごときで休むようなやつ、辞めてくれて清々だったがな。がははっ」


 新人歓迎会の席で、いかにも横柄そうな上司が笑いながら話していたのを聞いたのが、


「あれ? この会社って、なんか……あれ?」


 と疑問を抱いた最初だった。

 最初は棘がお尻にちくっとした程度だった疑問はただの一週間で、手に負えないほど膨れ上がった。弾ける寸前の風船というか、爆発寸前の地雷になっていた。

 で、爆発した。入社して二週間目の週末だった。

 ただし正確に言うと、爆発したのは俺じゃない。俺より一年先輩の社員が一年越しの不満を爆発させたのだ。俺と俺の同期二人は、その先輩の爆発に巻き込まれたのだった。……いやまあ、俺たちが自分から望んで巻き込まれにいったのだが。

 辞めた後、俺ともう一人の同期は先輩に連れられて、つつがなく別の会社に移れるはず手筈になっていた。ところが、ここで手違いが起きた。起きたのだろうと思われる。気がついたら、俺だけ無職になっていた。先輩ともう一人の同期だけが別会社に中途入社していて、俺だけ置いてけぼりになっていた。

 ……きっと、三人揃って辞表を出した後になってから急に、入社予定の会社が「二人しか受け入れられない」と言ってきたのだ。それで仕方なく、俺を置いていくしかなかったのだ。まさか、わりと早い段階から受け入れ人数が減っていると分かっていたのに、それを伝えるのも面倒だからと黙っていたなんてことは絶対にないのだ。

 ……そんな、慰めにもならない慰めをひたすら自分に言い聞かせているうちに、四月が終わってしまった。四月と五月に跨る大型連休も、今日で終わってしまう。

 本当ならハローワークに駆け込むなり色々しないといけないのだろうけれど、待っていたら先輩から連絡が来るんじゃないか――という未練が邪魔をして、次の仕事を探す気力が起きないまま、今日まで来てしまったのだった。

 だがしかし、いつまでも日がな一日、部屋で茫然自失しているわけにはいかない。動かなくても腹は減るし、喉だって渇く。飲み食いすればお金が減るし、ガス電気水道代も勝手に引き落とされていく。むしろ、部屋にいるだけで部屋代が毎月かかっている。つまり、仕事をしてお金を稼がないと部屋でごろごろしていることもできなくなるのだ。

 仕事を探さなくちゃな……。

 開け放した窓から五月の暖かな風が吹き込むなか、俺はベッドに寝転んでスマホを弄くり、求人情報を探していた。ハローワークに行けるほどの気力がなくとも、音楽を聞き流しながら液晶をタップするくらいのことならできるのだった。

 指の動きに合せてスマホの液晶につらつら表示されていく求人情報は、俺の視界を無意味に通り過ぎていく。だけど、就職活動というものに対して脳が拒絶反応を起こしているのか、どれもこれもまったく頭に入ってこなかった。


「……駄目だ」


 と溜め息を吐くのは、求人情報の検索を始めてからもう三十回目くらいだろうか。時刻を確認すると、まだ三十分と少しくらいしか経っていない。ということは、およそ一分間に一回のペースで溜め息を吐いていることになる。はてさて……一体どれだけの幸せが逃げたことか。逃げるほどの幸せが俺のなかにまだ残っていたのだとしたら、だけだ。

 ああ……駄目だ。思考がすぐ、現実から遠ざかる。液晶の文字が目から零れ落ちていく。まったく集中できていない。ゲームがしたい。ネットゲームが、ネトゲがしたい。何もかも忘れてネトゲ生活二十四時したい――。

 そんなことを考えていたからだろうか。文章として意味を成す前に零れ落ちていた文字列のひとつが、目の真ん中にぽんと飛び出してきた。

 ネットゲーム。


「え……」


 俺は思わず声を漏らしながら、もう一度その文字列を見直した。



◆ネットゲームのパートナー

・業務内容:

 ネットゲーム【フルメタルエンジェル】を雇用主と共にプレイする。

・応募資格:

 ネットゲーム経験者優遇。初心者は相談にて。ネットゲーム未経験者は不可。

・雇用形態

 正社員

・勤務時間

 変則勤務。一週間で四十時間。残業あり。相談可。

・勤務地

 開拓船団【天津】



 ……おいおい、これマヂか?

 俺は三回ほど募集要項を見直したけれど、目の錯覚ではなかった。それは本当に、ネットゲームのプレイヤー仲間を募集する求人広告だった。広告には他にも給与だとか福利厚生、代表者名、連絡先等々……一見しっかりした情報が記載されている。


「って、いやいや。全然しっかりしてないから! 勤務地おかしいから!」


 思わず自分で自分にツッコミを入れてしまった。でも、この募集要項を見てツッコミを入れずにいられたやつはいないだろう。だって勤務地、明らかにおかしいだろ。これ、どこだよ?


「む……」


 ふと思いついて、業務内容に書かれているネトゲのタイトルで検索してみたら……なるほど、理解できた。開拓船団【天津】というのは、ネットゲーム【フルメタルエンジェル】略してFMAの舞台となる船団の名称だった。

 業務内容がネトゲをプレイすることで、勤務地がネトゲのなかの場所って……この募集、どこまで本気なんだ? いや、一から十まで冗談以外の何物だと言うのか。

 だがしかし、この募集サイトはまっとうな求人サイトだ。他に出ている求人広告はどれもまともだし、四月一日はとっくに過ぎている。だとすると、このサイト運営者一流のジョーク……? いや、ないだろ……いや、いやいや――逆にあり得るのか?

 最近の世の中、話題になるためなら何でもするのが正義みたいな風潮があったりなかったりだし、真面目な求人のなかにこっそりネタを混ぜて話題作りにしているということも……うん、考えてみると、やっぱりあり得るような気がしてくる。


「ちょっと話を整理しよう……」


 声に出して呟きながら考えをまとめる。

 この求人に応募してみた場合、どういうことになるだろう? まあ、まず百パーセント間違いなくジョークだろうけれど、記載されている勤務時間や給与は悪くない。何が言いたいかというと、もしも仮に万が一にもこの求人が本気だった場合、ものすごく美味しい仕事だ。すごく、この仕事をしたい!

 ……まあ九割九分、冗談だろうけど、応募したって減るものじゃなし。

 俺は軽い気持ちで諸々の要件を書き込み、この求人に応募した。



 返事はなんと、その日のうちに返ってきた。内容は、今夜にでも【FMA】内にて面接したいのだが大丈夫か、というものだった。

 俺はすぐにパソコンを起ち上げて、【FMA】の公式サイトからゲームプログラムのインストールを始めながら、「はい、大丈夫です。よろしくお願いいたします」という旨の返事を送った。

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