九章:悪夢の終わり

「ロキ、あの将軍に何か吹き込みましたね」

 薄暗がりの洞窟。カーリーにかしずくロキは、バツの悪そうな表情で眼を閉じている。


「――物語は少しばかり面白いほうが良いかと思いまして」

 ちらと上目遣いにカーリーを見上げるロキだったが、相変わらず盲目のままの少女の瞳に、光は灯っていない。


「今後は軽率な悪戯は避けるべきでしょう。あの将軍が青髭に成り果てるのは別の物語。ジャンヌの死で以て終わるこの想区とは、えん所縁ゆかりも無い話です」

 やはり冷徹に言い放つカーリーのオーラは、銀髪に纏う白服の所為で、一層に冷たく見えた。


「ですがおかげ様で、空白の書・量産化リプリンティング計画はまた一歩前進しました。全ての想区の住人たちを、運命のくびきから解き放つ日は、そう遠く無いでしょう」

 釈明しゃくめいの様に返すロキに、それで善しと僅かの笑みを浮かべたカーリーは、しかしいさめて続ける、


「期待します。ジル・ド・レの尊き死と、そしてジャンヌの決意を無為にしない様」

 そして無言のまま一礼して去っていくロキを一瞥いちべつすると、カーリーは愉快そうに独り言ちた。


「これでレイナ様も自らの正義に、一層の猜疑さいぎを深める事でしょう。さあ早く私の教団と手を携え、共に歩むのです……」

 カーリーの灰色の眼は、さながら深い闇の底を見つめている様でもあった。


「――与えられた運命に終焉を。そして選びとる未来に、残酷なる祝福を」

 真っ暗な洞穴の中に、彼女の白だけが浮き上がっている。




*          *




「じゃ、お嬢。ここもそろそろ発つかい」

 オルレアンの町並みを見下ろす丘の上、頷くレイナに元気を装い、タオが音頭を取る。


 しかしシェインが肘打ちを喰らわすと転がって痛がっていて、カオステラー戦で負った傷が、想像以上に酷かった事を示していた。


「うん、そうだね……」

 力なく答えるレイナを、今度はエクスが励ます。


「気を落とさないでレイナ。行こう、ジャンヌが自らの運命を自らの意志で選んだ様に、カオステラーに脅かされる想区の主人公たちはまだ居る筈だ」


「なによエクスの癖に……私なら大丈夫。行こう。――行かなきゃ」

 自分に言い聞かせる様に呟き、そうして想区に背を向ける一行の背後から、地を鳴らす歓声が上がる。




「殺せ! 殺せ! 悪魔を! 魔女を! フランスの売女ばいたを!」


 やがて天まで昇る業火が空に赤を描き、火の粉を粉雪の様に舞わせ始める頃、ジャンヌの想区に、エクスたちの姿は無かった。


「我らに罪を犯すものを、我らが赦すごとく。我らの罪をも赦したまえ――」

 そこに人の世の安寧をこいねがう、清らかな祈りだけを残して。

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