第15話 そして二人

 二人のガンファイトから数日間というもの、私はハフィントン家の丸太小屋で昏睡状態で眠るギィのそばで腰かけ、トランプで一人遊びをし続けていた。


 ソリティアもいい加減飽きてきたなぁ。でも、ギィの手を握って呼びかけるとか、そういうのはやりたくないし……。


 看病してあげるほど優しくなれないけど、まったく無視もできない私はギィの隣で暇をもてあますことになった。

 ときどきニールや村人が訪ねてきて、事件の詳細を聞きに来たけど、私の話せることは少なかった。


 イサイアスはこめかみを撃ち抜かれて死んでいた。だけど死体を馬で運んでも、イサイアスが死んだという実感はなかなかわかなかった。たとえ犯人だったとしても、もう会えないのはさみしかった。ギィに兄の形見の銃を撃ち落とされたときに、どれだけ私がくやしかったかを聞いてほしかった。

 今にして思えば私はイサイアスのことがわりと好きだったのだと思う。だからだろうか、私はイサイアスの最期をあまり他の人に話したくなかった。


 イサイアスに撃たれたギィのほうは重傷だけど生きていて、ニールが一応診てくれた。当たりどころがいいのか悪いのか、死んではいないけどなかなか目を覚まさなかった。熱を出したり、逆に冷たくなったりを繰り返して眠り続けている。だけどあんまりうなされたりとかはなくて、ときどき死んだんじゃないかと勘違いしてしまった。


 「当たったのは腹部だけど、弾は貫通して内臓に傷はついてないみたいだし、あとは運だね。できる限りのことはしたし、待つしかないよ」と、ギィを手当てしてくれたニールは言っていたけど、私は待つということが嫌いだった。

 こいつちゃんと起きるんだよね。ここまできて死んだら許さないんだけど。死ぬならもっと早く死んでよね。

 私はあまりお人好しじゃないのでたまに身もふたもないことも思ったけど、それでもギィのそばを離れることはできなかった。


 たまに暇つぶしに村を散歩してみたけど、事件をさっさと忘れて悪の牧場主のいない生活を喜んぶ村人は私の話し相手にはならなかった。

「犯人がよその人でよかった。これでコールリッジの連中の死を心から祝福できる」

 単純で健全なおばさんたちはこう言って笑っていた。


 身内が殺されたコールリッジ家の長男ジョシュアはさすがにもう少し神妙な態度だったけど、弟や父親が死んだ悲しみよりも生き残った安堵感が大きいみたいで、さっさと牧場の新しい経営に向けて仕事を始めていた。

「これからは古臭いカウボーイの価値観から合理的な考え方に切り替えてく予定だから」

 ジョシュアはニールの家でコーヒーを飲みながら穏やかな表情でこう語った。


 三男のコーディは毎日私の家に来ては、何度でもギィとイサイアスのガンファイトのことを聞きたがった。

「キミたちを小説の題材にしようと思うんだけど、どうかな?」

 にごったガラス玉みたいな目をきらめかせて、コーディはいつもそうせがんだ。私は適当にあしらい続けた。


 こうして不安よりもいらだちが大きくなってきたある日の午後、やっとそういう日々が終わることになった。


「……アイオン・バークワース?」


 机にカードを並べていた私は、自分をフルネームで呼ぶかすれ声に気づいた。


「やっと起きた」


 私が横を向くと、ギィは窓から射す太陽の光に目をしばたたかせながら体を起こし、壁にもたれていた。包帯の上からニールから借りたシャツを着たギィは、いつもの黒いコートじゃないせいか心なしかいつもよりも小さく見えた。


「……怪我人の隣でトランプやる女とか……、色気がないにもほどがある……」

「仕方がないでしょ。暇だったんだから。っていうか、いてあげてただけでも感謝してほしいんだけど」


 私はほっとしているはずなんだけど、生きてるギィを前にすると、嬉しいというよりもむかむかしてきた。


 ギィも私と同じような気持ちなのだろうか、

「……別に俺は頼んでない」

 と、眉間にしわを寄せた。


「じゃあ死ねば良かったじゃん。イサイアスみたいにさ」

 私が口をついてでたのは、考えていたよりもずっと辛辣な言葉だった。それでも、ギィの態度は変わらない。ギィが小さくため息をついて、遠くを見る。

「イサイアスは、死んだんだな」

「そう、あなたの銃弾で即死したよ。私が撃つはずだったのに」

 私は腕を組んで、ギィをにらんだ。


「何で、私がイサイアスの撃つのはダメで、あなたが撃たれるのはいいのよ。おかしいでしょ」

 鋭い調子でギィを問いただす。

 何が許せないって、ギィが私を守った結果イサイアスに撃たれたことだ。イサイアスを私に撃たせてくれていれば、ギィが死にかけることもなかったはずだ。


「理由を、教えてよ」


 私がかなり声を低くしてきいてやっと、ギィは私の方を向いた。琥珀色の瞳が探り試すように、私の顔を観察する。私は目をそらさないようにかんばった。

 しばらく無言で見つめあう、私とギィ。

 私はそれなりの覚悟をきめて、ギィが答えを言い出すまで一言も発さなかった。根負けしたのはギィのほうだった。

 ギィは嫌そうに顔をしかめ、私から視線を外し、窓の方を見た。そして本当に話すのか迷うように、ためらいがちにそっと口を開いた。


「初めて人を――、父親を殺したとき」


 ギィがそう話し始めたとき、イサイアスの教えてくれたギィの過去と、そしてそれをギィを傷つけるために使った数日前の自分が思い出されて、どきりとした。

 あぁ、そうだった。私は、この人に結構ひどいこと言ったんだった。

 さすがに少し焦って、私は目を泳がせた。


 午後の日差しが、私とギィを不快なまぶしさで照らしていた。逆光の中で、ギィの顔の半分に黒い影がさす。


「父を撃ったのと同時に、自分も撃たれた気がした。本当の俺は多分あのときに、父を殺したときに死んだんだ」


 他人に過去について語ることそのものも罪だと思っているみたいに、ギィはぽつりぽつりと述べていく。


「だが、父を殺した俺は生き延びた。それからずっと、人を殺すたびにあのとき死んだ自分が俺をじっと見ている気がする」


 ギィが後悔と向き合うようにまぶたを閉じる。私はただ黙ってギィの横顔を見つめていた。まつげが日差しに透けてきらめくのが見える。

 ギィはゆっくりと目を開けた。そして、あきらめた顔で小さく笑った。


「俺は半分死んでいる。だから、別に俺は死んでもかまわない」


 まだ本調子じゃないせいか、ギィの声はいつもよりも乾いていた。言葉に詰まる私。部屋がシーンと静まり返る。


 そういう話されると、私は何も言えないじゃん。ここで暗い過去は卑怯だよ。

 話したくなかったであろうことを話してくれたギィの、私の意地に応えようとした気持ちはわかった。それでも私は、ギィの言い分が気に入らなかった。

 だって私は、ギィに死んでほしくない。特に私のせいでなんて。死んでもいいって言ってても、迷ってるじゃん、ギィは。

 すべてを悟ったようなギィの横顔。でも私にはそれが強がりに見えた。

 どんな過去を背負っていても、私にとってのギィ・デュバルはいつもしかめっ面のむかつく男だ。連続殺人鬼の息子でも父親殺しの少年でもない。


 私はイサイアスには何も言えなかった。彼はもう引き返せない人だった。でも、ギィは違う。ギィは普通の幸せを自分から遠ざけているだけだ。少なくとも私には、そう思えた。

 だけどこういう場合、私はどうしたらいいのかわからなかった。私はギィに何か言ってあげられるほど長く生きてない。未熟で弱くて馬鹿な子供の私は、黙って去ることしかできないのだろうか。


 何も言わずに部屋を出る私を想像する。もしもこのまま、ギィに背を向けたなら? 

 違う。そんなのは嫌だ。嫌われてもいい。馬鹿な女扱いされても構わないから、このままでは終わりたくない。何が何でも、私はこの男には負けない!

 それは思いやりと呼べるものではなく、単なる私の負けず嫌いだと思った。それでも私は言うことにした。

 私は決心をかためると、大きく息を吸って、はっきりと声に出した。


「そうやって不幸な過去を見せつけったって、私は黙ってあげたりしないからね!」


 私は、ベッドの端に両手をついた。勢いあまってギィの顔にぶつかりそうになる。真正面にギィの目がきてちょっと焦りつつも、言葉を続ける。


「死んでもいいとか、そういう気持ちでいるから、イサイアスみたいな死ぬつもりのやつ相手のガンファイトでも死にかけるんだよ。馬鹿じゃないの?」


 私は息継ぎも忘れてぶちまけた。


「お前、何を……」

 まくしたてる私に、ギィが戸惑いの表情を浮かべて後ずさる。でも私はさらに前のめりになって近づいた。至近距離で見るギィの顔は、怪我人なのでやつれていた。その姿が余計に私をいらだたせる。


「私は守ってほしくなんてなかった」


 冷静に話したくても、私の声は震えていた。


「私をどれだけみじめな気持ちにさせれば気がすむの。今だってこんなに不愉快なのに、あなたが死んでいたら私は何も許せなかった」


 初めて会ったときからずっと、ギィは私を遠ざけようとしてきた。私はそれが嫌で悔しくて、馬鹿にされているんだと思っていた。だけど今なら、それが私を気遣ってのことだったとわかる。いや、最初からそれが何となくわかってたうえで、私はギィとぶつかり続けてきた。


「私は、あなたと対等でありたいのに」


 結局のところ私は、ギィの事情よりも自分の自尊心のほうが大事なのだ。

 いつの間にか、頬を涙がつたっていた。ぽろぽろと涙がシーツに落ちていく。

 嫌だ。これじゃ私が、ギィのことを心配してたみたいじゃん。

 私は慌てて袖で熱くなった目をこする。歯を食いしばり、涙を止めようとしたけど止まらない。


「馬鹿だな。泣く奴がいるか」

 ギィが困った顔をして、おそるおそる私の涙をぬぐった。かたい指がそっとふれる。

 胸の奥が熱くなる。私はさらに泣きそうになるのをぐっとこらえて、その手を押しのけて立ち上がった。


「これは悔し涙だから。あなたのためじゃない」

「わかったよ。お前はそういう殊勝な女じゃないんだったな」

 ギィがため息をついて、横になって目を閉じた。

「お前と話すのは疲れた。俺は寝るよ」


 私は怪我人相手に言いたい放題だったことを若干後悔しつつ、背を向ける。

「どうぞ。勝手にすれば」

 私は急いで部屋を出た。ドアは音を立てて勢いよく閉まった。

 扉にもたれれば、さっきまでの自分の言葉が思い出された。背中に冷たい木の感触がつたわる。


 泣くな私。私はあの男の前で泣いていいような人間じゃないはずだ。


 恥ずかしさで頭を抱えながら、しゃがみこんだ。どこでもいいから逃げたい衝動に駆られ、ここ数日思い出すことのなかった自分の家が急に恋しくなる。

 そうだ、帰ろう。ギィは生きてたし、事件は解決したし、もう私がこの村にいる理由はないんだ。

 そして私は、その日のうちに家に帰った。別れはニールにだけ告げた。ギィとは顔をあわせずに、私は発った。

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