あの日の決意

あれっくす

第1話 エクスとシンデレラ



―――あれは、いつのことだっただろうか。



『ねぇ、見てみて、エクス! わたしのドレス、どう? 似合ってるかしら?』


 くるくると回りながら、僕の幼馴染が心底楽しそうに笑う。


『…ああ、とても綺麗だよ。本当に、フェアリー・ゴッドマザーが来てくれたんだね。』


 僕はそんな幼馴染を、どこか冷めた目で見つめていた。

 いつか来るとは分かっていたけど、ついにこの日が来てしまった。


『ええ、『運命の書』の記述通りに。12時になったら魔法は解けてしまうけど… でも今晩、わたしの運命は変わるのよ。』


 『運命の書』。

 僕らこの世界の住人は、全員が例外なく自分だけの『運命の書』を持っている。


 『運命の書』に書かれたことはその人の運命。すべての住人はこの『運命の書』に書かれた通りの人生を送る。


 僕の目の前にいるこの女の子も例外ではなく、『運命の書』の記述通り、今まさに人生の転換期を迎えていた。


『いままで君があの意地悪な継母たちに耐えてきたのはこの日にためだものね。変なところでドジしちゃダメだよ。』


『もう、いじわるしないで! …でもね、あなたには感謝してるの。わたしが頑張れたのはあなたが励ましてくれたおかげ。わたしにとって、あなたは、大切な、とても大切なお友達よ。これからも、ずっと…』


 彼女の名はシンデレラ。

 誰もが知っている物語の主人公。


『はは、未来の王妃にそう言っていただけて光栄ですよ。ほら、早く行かないと。かぼちゃの馬車を待たせてるんでしょ?』


『そうね! 行ってくるわ! わたし、きっと運命を変えてみせる!』


 駆けだすシンデレラの背を見ながら、僕は泣きそうになる。

 

 行かないでくれ。


 そう叫び出したいのを必死でこらえて、僕は声を絞り出す。


『ああ、いってらっしゃい。気をつけて、シンデレラ…』


 口から出た声は、少しだけ掠れていた。



*****



「……エクス…エクス!」

「え、ああ。レイナ。どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ! エクスがぼ~っとしてたんじゃない!」


 とある想区。

 この想区でカオステラーを倒したレイナ達一行は、今まさに次の想区へと旅立とうとしていた。


「おい大丈夫かよ坊主? ボケっとしてたら迷子になっちまうぞ?」

「ははは。そうだね、気を付けるよ、タオ。」


 タオにそう忠告され、苦笑いを浮かべるエクス。

 先ほどはふと昔のことを思い出していたせいか、どこか上の空になっていたらしい。


「何話してるの~? おいてくわよ~?」

「さっさとしてください。こっちはずっと待ってるんですから。」


 エクスとタオが話していると、背後からレイナとシェインが待ちくたびれたように言う。


「ごめん。今行くよ。」


 エクスはそう言うと、レイナたちと共に霧の中へと足を踏み入れた。



 *****



 それにしても、僕はどうして今頃、シンデレラのことを思い出したんだろうか。

 

 霧の中を歩きながら、エクスはそんなことを考えていた。


 シンデレラのことは、もう自分の中では決着がついたはずだった。

 心残りがないと言えば嘘になるし、忘れられるかと言われれば無理だけれども。


 それでもレイナたちと旅をしていれば、たくさんの新しいものに出会い、シンデレラのことも考えずに済む。だから最近では、エクスがシンデレラのことを思い出すことは少なくなってきていたし、エクス自身それは良いことだと思っていた。


 なのに、時折こうやって。

 エクスはシンデレラのことを思い出してしまう。


「……結局僕はあの日からずっと、彼女と決別出来ていないのかもしれないな―――…って、あれ?」


 ふと気が付くと、レイナ達の姿が見当たらなくなっていた。

 どうやらまたエクスは上の空になっていたらしく、タオの言葉通りにレイナたちとはぐれてしまったようだ。


(困ったなぁ…… 一体どうすれば、ッ!)


 困り顔で霧の中をさまようエクスだったが、突如体が謎の浮遊感に襲われる。

 空中に身を投げ出される感覚。

 どうやらエクスは崖から足を踏み外してしまったらしい。


「うわぁぁぁぁあああああ!!!」


 そんな叫び声をあげて、エクスは霧の中を落下していった。



*****



「ううっ。僕だけ別の場所に飛ばされちゃったみたいだな。」


 目を覚ましたエクスはあたりを見回す。

 そこは森の中だった。木漏れ日が降り注ぎ、エクスは少しだけ目を細める。


「ん?」


 そこでふと、エクスは違和感に気付く。

 もう一度だけ、エクスは周りを見回す。木々の匂い。土の感触。空の色。そのすべてに、エクスは懐かしいものを感じた。


「ここは…もしかして、戻ってきたのかな?」


 その場所はエクスの故郷、シンデレラの想区に似ていた。

ここはエクスが住んでいた家の近くの森だ。エクスはよく彼女と一緒に、ここにキノコ狩りに来ていたのだ。間違えるはずもない。


「シンデレラ…」


 エクスは木の隙間からわずかに見える城を見つめながら、一緒に育った幼馴染のことを思い出す。エクスがこの想区を離れたとき、シンデレラはもう城へと、王子のもとへと行ってしまった。


「ここも覚えてる……ここで大きな鹿を見たんだっけ。」


 森の中を、昔の記憶を頼りに歩く。そして周囲の景色を眺めては、エクスは昔のことを思い出していた。


 エクスが思い出す記憶の中には、どれもシンデレラの姿が映っていた。大きなキノコを見つけてはしゃぐシンデレラ。鹿をみつけて驚くシンデレラ。遠くに狼を見つけた時は、不安そうな顔でエクスのそでをギュッと握る。継母にいじめられたシンデレラを元気づけるため、エクスはよくシンデレラをこの森に連れてきていた。


 この森には、エクスとシンデレラの思い出が詰まっている。


「あーあ……やっぱり、ちょっと辛いな。」


 なぜかあふれ出てくる涙をこらえて、エクスは空を見上げた。


 エクスは、シンデレラに恋をしていたのだ。今となってはもう昔の話だが。


 いつからシンデレラのことを好きだったのかは分からない。一緒に育ってきて、気が付いたら好きになっていた。彼女が『シンデレラ』であると、いずれ王子様と結ばれることになると知っていても、気が付いたら好きになっていたのだ。


 彼女が『シンデレラ』でなければ、僕と彼女が結ばれる未来もあったのだろうか。彼女のことを考えるたびに、エクスはそんなことを考える。もし彼女が普通の村娘で、物語で「きゃー、王子様よー」と叫ぶだけしか役割が与えられていない女の子だったら。きっとエクスは彼女に思いを伝えていたのだろう。


 しかし彼女は幸か不幸か、まぎれもないこの物語の主役の『シンデレラ』だった。シンデレラと結ばれるのは王子様だけ。運命にそう決められた少女と、自分の運命を持たないエクスが結ばれる未来などありえなかった。


「あれ……ここは?」


 気が付くと、エクスは自分とシンデレラが生まれ育った町にやってきていた。長年の習慣が、ここに足を向けさせたのだろう。


 せっかくここまで来たのだからと、エクスはシンデレラが住んでいた家を目指して歩く。今はもう王妃になってお城の中に住んでいるのであろうが、エクスにとってのシンデレラの家は、薄汚れた服を着たシンデレラが住んでいるあの家だった。


 見えた。

 シンデレラは継母と二人の義姉、四人であの家に住んでいた。赤い屋根の大きな家だ。

 

 エクスは恐る恐る、窓から家の中をのぞく。


「ッ! なんでッ!!」


 するとそこにはなぜか、雑巾で床を拭くシンデレラの姿があった。


「ほらシンデレラッ! 早く掃除を終わらせて食事の支度をなさいッ!」

「はい…お母さま…」

「シ~ン~デ~レ~ラ~? あとでわたしの靴を磨いておいてくれる?」

「分かりました…お姉さま…」


 シンデレラは昔のように、継母と二人の義姉に小言を言われながら、必死で家事をこなしていた。


「ふふっ、あー、手が滑っちゃったー」

「きゃっ」


 俯いて床を磨くシンデレラに、義姉の一人が雑巾のバケツをひっくり返した。  濁った水でずぶ濡れになったシンデレラをみて、もう一人の義姉がケラケラと笑う。


「あはははっ、あー可笑しいっ」

「あーあ、また床が汚れてしまったじゃない。シンデレラ、貴方は晩御飯抜きね。」

「………はぃ」


 泣きそうな顔で返事をしながら、シンデレラはバケツを持って表へ出る。


 エクスはこぶしを握り締めながら、その様子を見ていた。

 あの悪魔のような継母と義姉を殴り飛ばしたい、エクスはそんな気持ちに駆られるが、そんなことをすればシンデレラの運命が変わってしまう。

 煮え立つ怒りをぐっと飲み込み、エクスは頭を冷やす。


(どういうことだ? シンデレラは王妃になったはずじゃ…)


 エクスのいたシンデレラの想区では、シンデレラは既に王子と結ばれている。こうして継母や義姉のもとでこき使われることなどありえない。


 ならばここは、もしかしたらエクスの知っている「シンデレラの想区」ではないのかもしれない。似ているだけで別の想区。そう考えると、シンデレラが灰被りのままであることにも納得がいく。この想区のシンデレラは、まだ王子に見初められる以前の状態なのだろう。


 そうやってエクスが考えを巡らせていると、シンデレラが裏口から出てきた。その手には、水を汲むためのバケツと、なぜか義姉の靴が一足握られている。


(水汲みついでに頼まれた靴も洗ってしまおうって魂胆か。相変わらず図太い神経してるなぁ……)


 転んでもタダでは起きないシンデレラの姿に、幼馴染の影を見つけて少しだけ頬を緩めるエクス。

 エクスが恋したシンデレラも、目の前のシンデレラと同じように転んでもタダでは起きない性格だった。もしかしたら「シンデレラ」という人間は総じてそんな性格をしているのかもしれない。継母や義姉たちのイジメにずっと耐え抜いてきたのだから、たくましくもなろうというものだ。


 と、そこで。


「きゃぁぁああ!!!」


 義姉の靴を磨いていたシンデレラが悲鳴を上げる。エクスが慌てて駆け付けると、シンデレラの視線の先には、たくさんのヴィランの姿があった。


「くそっ! なんでここにヴィランがっ!?」


 内心で舌打ちしながら剣を構えるエクス。


「…あ、あなたは?」

「君は隠れてて。あの化け物は僕が退治するから。」


 不安げな顔で尋ねてくるシンデレラに、エクスは振り返って優しく微笑む。


(レイナたちはいないけど仕方ない。僕一人でも、彼女を守らないと!)


 そしてエクスは懐から『導きの栞』と自らの『運命の書』を取り出す。

 空白の頁しかない『運命の書』。それが、エクスに与えられた運命の書だった。


 初めて頁をめくった時は心底絶望したことを覚えている。

 いくら頁をめくっても、何も書かれていない『運命の書』。僕はどうやって生きていけばいいんだと頭を抱え、悩み、苦しんだ。


 しかし、そんなエクスもレイナたちと出会って、自分で運命を切り開くことの大切さを知った。何も書かれていない運命の書を持つエクスは、言い換えれば何者にもなれる運命の書を持っているのだ。


 そしてレイナたちは、エクスに戦う方法も授けてくれた。


 ヒーローたちの記憶が宿る『導きの栞』。

それを空白の『運命の書』に挟むことで、エクスはヒーローたちの力をその身に宿すことが出来る。


 その身のヒーローたちの力を宿し、エクスはヴィランたちへと突撃していった。


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