第4話 丘の上のイタズラ少年

 下ってくる時はあまり気にもならなかったけど、こうして再び丘に戻ろうとすると案外と急斜面ということが分かる。

もう一つの懸案事項、村人たちは放っておいてもどうせ口先ばかりでこっちまで来ないと踏んで、村の警護だけしっかりやってもらってれば邪魔される心配もないだろう。とはタオの談。

 若干多めに悪意が込められているような気もするけど、ここは目をつぶろう。

 そんな訳で急ぐ必要もなさそうなので、僕達はこの想区についてあれこれ意見を出し合いながら、気持ち急な丘の斜面をのんびりと上がっていった。

 話の中心はもっぱら「謎の白騎士」について。

 やれ山の麓の勇者だの、治世を学ぶためにお忍びで国中を旅する王子様だの、終いには自分の活躍が地味すぎてカオステラーになったなんて憶測まで飛び出した。

 相変わらずそういった気配は感じられないから却下、とレイナに一蹴されていたけど。

 主役に活躍させるための頼りない村人たち──考えようによっては茶番以外の何者でもないよね。

あんな村人たち相手でも、短時間で防衛戦のイロハを叩き込めるんだから、相当の実力ではあるんだろうけど、やっぱりここが最大の見せ場って感じはしない。

 なんにしても主役どころかどんな物語なのかも見当がつかないなんて前代未聞だ。

 果たして僕らは歪みを見つけられるのだろうか。



 山々に囲まれた高原は想像以上に日の入りが早く、気がつくと周りは静かに闇に染まり始めていた。

 僕らは取り留めのない話を打ち切り、目の前に迫った非常線に注意を向ける。

 いよいよあの罠が点在する危険地帯だ。

「足元に気をつけてください。いきなり踏み込むんじゃなくて、一度つま先でつついて安全を確認してから進めば平気ですから」

 僕達はかなり暗くなりはじめた丘の斜面を、シェインのアドバイスに従い一歩ずつ進んでいった。

 落とし穴に落ちるのはまっぴらゴメンだけど、これはこれでなかなかしんどい歩き方だ。

 レイナは片足を上げた拍子によろけると、まるでサーカスの綱渡りのように両腕を振り回しては足を引っ込めるという有様で、さっきっから遅々として進んでいない。

 ファムはちゃっかりタオの歩いた後をコソコソとついていってる。

 仕方がないのでレイナは僕がエスコートすることにした。


「ねえ、エクス……」

「どうしたの? レイナ」

「居たわ、あの子よ」

「分かった。レイナ、そこから動かないで。僕が行く」

 印象のあまり良くないだろうタオは論外として、この暗がりで何が飛んでくるのか分からない以上、女子を矢面に立たせる訳にはいかない。

 僕は両手を上げて敵意のないことを表現しつつ、足元を確認しながら少しだけ彼に近づいた。

 一歩進んだところで足元の小石が弾け飛ぶ。彼の警告射撃だ。

これが彼のセーフティースペースということで僕は立ち止まり、既に次弾を番えたスリングを構えている少年に大きな声で話しかけてみた。

「僕ら君に何かするつもりはないよ。ただこの村で何が起こってるのか知りたいだけなんだ」

「そんなこと聞いてどうすんだ? おまえらよそもんにはカンケーないだろ!」

「それはそうなんだけどね。参ったな……」

「めんどくせーな……一気に踏み込んで黙らせちまうか?」

「シッ! 機嫌損ねたら元も子もないでしょ。ここは下手に出ましょう」

 僕に倣ってみんなそれぞれ手を上げてくれているのに、これじゃカッコ付かないどころじゃない。何とか話を聞き出せないものか思案する。


「話を聞かせてもらうだけでいいんだ。そしたら僕らは帰るからさ、それじゃ駄目かな?」

「ふんっ、オイラと話がしたければ、子分を通してくれないと困るんだよ」

「その子分さんはいつ戻るんですかね?」

「さぁね。用事があるからって出かけてるけど、戻るまで誰もサクに近づけるなってさ」

「おいおい、どっちが子分だか……まるで親の言いつけ守らされてるガキそのものじゃねーか」

「タオ、お願いだから黙ってて」

「へいへい……」

「そうですか、それは残念です。せっかくお土産持ってきたのに渡せませんね。もったいないので美味しいうちにシェインたちで頂きましょうか」

 そう言うと、シェインはカバンから紙袋を取り出し少年にちらつかせてから、ゴソゴソと中身を取り出して見せびらかすようにかぶりつこうとした。

「ああっ! それあいつの作ったチーズサンドじゃんか! オイラのだろ!? 返せよ!」

「このままじゃ渡せないよねぇ? 近づいても良ければ別だけど……」

 見るとファムも加わり、シェインと二人悪そうな顔でニヤニヤしながら、サンドイッチに舌なめずりしている。

 子供相手に容赦ないなぁ……

「ま、まぁ届け物があるんじゃしかたないな、サクの側までなら来てもいいぞ。ただしそれ以上近寄ったらただじゃおかないからな!?」

 教訓。僕に交渉ごとは向かない。

 そしてシェインとファムは意外とえげつない。


 あまりお腹の空いていない僕らは遠慮して、少年に紙袋ごとサンドイッチを渡すと、とりあえず一息つくのを待つことにした。

 見れば相当お腹が空いていたらしく、喉に詰まらせながら無我夢中でかじりついている。

 二つ三つと平らげて、シェインの差し出す水筒の水で一気に流し込むと、ようやく落ち着いた少年が口を開く。

「……なんでこんなことに首突っ込んでんだ? あんたらこの国のやつじゃないだろ」

「ええ、あちこちを旅してるの」

「で、一体何が起こってるんだ?」

「そんなの聞いてどうすんだよ……」

「それはほら、村人からだけ話聞いたんじゃ不公平でしょ? 君からもきちんと話を聞かないとねぇ」

「おまえらの国はモノズキばっかなんだな。得にもならないのによくやるよ」

 彼はまだ幾つか中身の残っている袋を覗き込み、ため息をついてからぽつりぽつりと話しはじめた。

 断片的で拙い話に、僕らは黙って耳を傾ける。

 彼は捨て子だった。


 麓の町では、食うに困った親が教会に子供を置き去りにし、ある程度成長してからあちこちに貰われていくそうだ。

 女の子であればお針子や給仕として、男の子であれば労働力として、それぞれがすぐに働き始める。

 彼は羊の番をするために、この山村に連れてこられたらしい。

 孤児院の友達とも引き裂かれ、この小屋だけ与えられ、羊飼いとしての日々が続くのだという。

 たまに抜け出せば大目玉を喰らい、ある時酔っ払った親方にしたたか殴られた腹いせに悪戯をしたところ、せっかく出来た友達も親に行っちゃ駄目だと言われたからと、一人二人と会えなくなってしまった。

「なるほどな、参考までにどんなことしたんだ? オレの時はとびっきりクールなやつかまし

てやったもんだぜ」

「えっ? ……オオカミがきたぞ、って」

「おおー、それはまたイカしてますね」

 その後は村人たちの言ってた通り、ということか。

 なるほど、この歳にしてグレる理由は分かった。

 話のついでにヴィランの事を訊ねてみると、彼は「知らない」と小さく首を振る。

 そして、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。

「オイラが運命からはずれちゃったからかな……」


 彼の見上げる満天の夜空を一緒になって眺めていた僕らは、ふいに耳に届いたその言葉に即座に反応できなかった。

 上の空で話を聞いていた訳じゃないのに、あまりにも想定外の言葉に、思考がついてこなかったのだ。

 白い騎士に関わる何らかのつながりがこの少年にはあったということか。

 あるいは悪戯しすぎたせいで村に近づけさせてもらえなくなったために、運命が狂ったのか。

 顔を見合わせていた僕とレイナが事の詳細を聞こうと、綻びの原因と思しき少年に話しかけようとした時、ファムが緊張した面持ちで駆け寄ってきた。

「大変大変! 星空デートの最中悪いんだけど、緊急事態! アレ、アレ!!」

 二人揃ってファムの指し示す方へ振り返ると、村の方角の空を焦がさんばかりに赤々と、火の手が上がっているのが見える。

 夜になるのを待って再び襲ってきた狼に、村人たちが手を焼いてるうちに家まで焼いちゃったのか?

 笑い事じゃない、胸騒ぎがする。

 最悪の事態に備えて救援に向かうべきだろう。


「あんな奴らほっとけばいいじゃんか、これがあいつらの運命なんだろ!?」

「ヴィランが──あの黒い怪物が出てきている時点で、みんなの運命が狂っているかもしれないのよ」

「だから僕達は行くよ。君も戸締まりをして気をつけて」

「お二人さん。残念ながら、村には行けそうもありません」

「ああ、どうやらおいでなすったようだぜ」

 暗闇に目を凝らすまでもなく、無数の光る眼がそこかしこからこちらを伺っているのが分かる。

 どうやら僕らは話に夢中になっていて、少しばかり警戒を疎かにしてしまったようだ。

 先手を撃ち損ねる、それは場合によって致命的なダメージにつながることも。

「嘆いてたってしかたねーさ。おい坊主、明かりを用意できるか!?」

「いきなり無理だよ!」「それなりにあるよ!」

「あぁ……わりぃ。ありったけ用意して柵の四隅とその隙間に配置しろ。お嬢も手伝ってやってくれ」

「分かったわ」

「こう暗くちゃ足元も見えねえからな、遠距離中心で散開!」

「了解!」


 狼だけでなく、動物は実際火を恐れない。

 タオの出した指示は追い払うためのものじゃなく、暗くてもこっちが見える狼たちに対して、あまり相手が見えない僕らのアドバンテージを少しでも引き上げるためのものだ。

 僕、タオ、シェイン、ファムが柵を囲うように配置につき、それぞれ篝火の心許ない明かりを頼りに狼を迎え撃つ。

 いや、狼だけじゃない。

 鈍い光を放つ黄色い目、僕らが見間違う訳がない──あれはヴィランだ。

「お嬢、援護頼んだぜ!」

 僕らはそれぞれ得意な方法で、時には牽制し時にはとどめを刺す攻撃で、敵の数を減らしていく。

 村のことが気がかりで、さっさと終わらせたいと逸る気持ちを抑えながら、少しでも早く少しでも多く敵を討つことに集中した。



 どれくらいの数を倒したろうか。

 気づくと狼たちの動きが変わってきていることに気付いた。例の警戒モードだ。

それにしてもヴィランまでもが、まるで狼のように統制の取れた動きをしてきたのには正直驚きを隠せない。

「なあ坊主! 念のために聞くが、日が昇るまで一人でしのげるか?」

「ゼッタイに無理」

「だよな」

 僕達は一度柵の内側に集まり、背中合わせに四方を警戒しながら打ち合わせをする。

「奴らの動き、お嬢はどう見る?」

「そうね、私たちが隙を見せるのを待ってるってところかしら」

「間違いないと思います。多分油断したら一斉に来ますね」

「とすると、村の方はどうするの?」

「綺麗事を言いたくはないけど、彼らが踏ん張ってくれてることを祈るしかないんじゃないかな」

「あっちはあっちで頑張ってもらうしかねーだろ」

「とりあえず私たちは、見張りと休憩を交代でやりましょう」

「坊主は小屋で休んでてもいいぞ」

「へん、バカにすんなよ。ここはオイラの家だ、自分のことくらいやれるさ!」

「おーけー。それじゃくじ引きで決めよう!」

 こうして僕らは三人交代で見張りに立ったが、結局大掛かりな攻勢は最初だけで、大した戦闘は起こらないまま静かに夜は更けていった。



 翌朝、山々の向うが白みはじめる頃には、ヴィランと狼の群れは姿を消して、どこにも居なくなっていた。

 見れば村もなんとか無事のようだ。

 ホッと胸を撫で下ろすのもつかの間、激しい違和感が襲う。

 あれだけ燃え上がっていたのに、何故か遠目にも被害があるようには見えない。

 どうやらその謎は、すぐに答えが分かりそうだ。

 だけど、果たして話してくれるかは些か疑問な気もする。

 鬼のような形相で、村人たちが大挙して押し寄せてくるのが見えるからだ。

 目的地は当然だろう。

 眠い目を擦りながら、半分船を漕いでいた少年も一発で目が覚めたようだった。

「やあ、おはようございます。今日もいい天気ですね。皆さんお揃いでどうされたんです?」

「…………」

 駄目だ。やっぱり僕にこういうのは向いてない。

 代表と思しき数人が一歩前に歩み出る。昨日話をした青年達だ。

「悪いがあんたらに用があって来た訳じゃないんだ」

「昨日一体何があったの? それと関係してるのよね?」

「ああ、よくわかったな。狼の群れとあの黒い悪魔の大群が襲ってきたんだよ。そいつのせいでな!」

 そこからは堰を切ったように怒号が飛び交った。

 村人たちは口々に、そいつの差し金だ、そいつを差し出せ、運命に従わせろ、このままじゃ更なる災いが来る、などと好き勝手に喚き散らしている。

「ちょっと待って! そんな筈ないでしょ!? 一晩中ここに居たし、こっちも大群に襲われて身動き取れなかったんだから」

「この村の習わしに部外者が口を挟むのか!?」

「レイナ、言っても無駄だよ。全然こっちの言うことに耳を貸すつもりがないみたいだ」

 最早手が付けられず、まさに一触即発の事態へと発展しそうだった。


 こういう時一体どうすればいい?

 今はまだ危険地帯の手前でシュプレヒコールを上げているだけだが、いつ沸点を超えてなだれ込んで来ないとも限らない。

「そういえば白騎士さん現われませんね」

「ホントだよぉ、こう言う時こそ主役の出番なのに〜」

「待っててもどうせ来ないさ。子分のくせに、用事があるって出てったっきりで戻ってきやしないんだ。それにさ……」

「これはこれは、やはり白騎士さんは関係者でしたか」

「それに、主役は騎士アイツじゃない……オイラだ」

「ええ? 騎士じゃないの!?」

「全部、オイラがだから悪いんだ」

 それまで村人たちの糾弾に、下を向き歯を食いしばっていた少年が、ぼそっと漏らしたその事実に僕達は仰天した。

 そういえば昨晩も運命に逆らったようなことを言っていた気がする。

 直後緊迫した事態が続いたために、うっかり失念していたとは言え、まさか彼自身が主役だとは想像だにしていなかった。

「おい、まさかお前、あいつらが言うように本当は死ぬ運命だったのか!?」

「そう、だけど……オオカミに食われるのが、怖くってさ……もうウソつくのやめたんだ」

 なるほどこれは間違いない。彼は正真正銘の主役だ。

 物語の定めと乖離した想い。

 それによって歪みが生じたというケースか。

 にしても何故カオステラーになっていないんだろう?

 成り掛けのカオステラー、あるいはコントロールされた……

 まさかここにもあいつらが!!

 僕と同じ結論に至ったのかは分からないけど、レイナが苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 決断までの時間はあまり多く残っているように見えない。

「そっちが引き渡すつもりがないなら、俺達で勝手に連れてくまでだよ」

 やがて膠着状態に痺れを切らした村人が、農具を振り上げ丘の斜面を駆け上がってきた。

「お嬢! どうすんのかさっさと決めてくれ! 持ちこたえられる人数じゃないぜ!」

「そんなこと言ったって……も〜〜〜どうしたらいいのよ!?」


 物語の筋書きを取るか、少年の命を取るか。

 レイナは判断できない。決断できる訳がない。

 刻一刻と迫る審判の時を、僕らは黙って見届けるしかないのだろうか。

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