第9話 恋心

「映画に行って良い?」

 電話から聞こえて来たのは、そんな小学生の息子のようなセリフ。

「ん?映画?」

 思わず聞き返した。翔也、私と話してるって分かってる?

「そう。パンクバンドがライブツアー中に事件に巻き込まれる話で…バンドメンバー3人以上で行くとバンド割りがあって。こういう企画、バンド仲間で盛り上げたいよなぁ…って話になって」

「へぇ。ありがたい企画だね」

「で、oZも誘われたんだけど、皆が、香夜のok貰わないと行けないって言うから」

 なんだそれ。

「行って来てよ。息抜きしないと、仕事ばっかりじゃ効率悪いよ」

「岡山さんにもそう言われたけど…香夜は?香夜も見たくない?」

「興味は沸くけど、私とじゃバンド割り使えないよ?面白かったら、後で連れて行って」

「分かった」

 電話の向こうで目を伏せる、翔也の表情まで浮かんで胸がキュンと痛む。

「私の代わりに、貴君は連れて行ってあげて」

「あぁ、勿論」

 今、声のトーンが落ちたよね?

「…貴君、何かあった?」

 電話の向こうの翔也が唸った。

「あの女」

 冷ややかな翔也の声。

「桜さん?」

 翔也があの女呼ばわり。今度は何やらかした?

「連絡しても返事がないし、心配だってあいつが言うから、仕方なく、あの女の地元に貴連れて行ったんだけど」

「うん?」

 マジか。連絡も無かったんだ。

「よりによって、貴怪我させた連中とつるんでた」

 ん?どう言うこと?

「駅前の、洒落たカフェで、そいつらと楽しそうに飯食っている所に出くわして。貴も俺らも、唖然だった」

「え?何で?いくら何でも…どうしてか話したの?」

「さすがに、貴落ち着かせて電話させたら、出た」

「何て…?」

 恐る恐る聞くと、翔也はしばらく黙った後、大きな溜息をついた。ダメじゃん。幸せが逃げちゃうんだよ?

「ごめん。友達を裏切れない…だと」

 ん…?何を?誰が?裏切る?

「ヘビーメタルは勿論、バンドやっているような男と付き合っている女を、自分たちの仲間とは思えない。そのつもりでってサークル仲間達に囲まれて言われて、これが最後の忠告と脅され、仲の良かった女子達に泣かれ、彼女らが大事な仲間だって気が付いたんだと」

「あ〜…え?ごめん、理解出来ない…何?馬鹿なの?」

「そんな香夜が好き。癒される」

 え?どこが…?と思ったけど、それはまぁ良い。それより

「で…貴君は?」

 聞くまでもないか?

「世捨て人のようだな」

「あ〜」

 最悪じゃん…

「リハビリは?」

「それだけは、ちゃんと行かしてる。もう、バンドに復活するくらいしか希望がないって、一応は従ってる」

 取り敢えず良かった。

 それにしても…

「桜さんはさ。ちゃんと貴君を好きだったとは思うのよ。それは、最初物珍しさや怖いもの見たさだったかもしれないけど、貴君って個人に惹かれて甘えていたのは嘘じゃないと思う。…でも、今までの環境と交わらない事痛感して、安全な場所と天秤にかけられて負けちゃったんだな…」

 貴君の為に怒ってたあの姿を嘘だと思いたくはない。

「…貴に伝えとく」

 電話の向こうの翔也は納得は出来ていないみたい。

「好きなだけじゃダメなのかよ…」

 そう呟いた。

「oZ無しで耐えられるなら、しょうがないね。私は耐えられない」

 桜さんだって、oZのライブ大好きだったはずだ。初めての頃は、後ろの方で控えめに聴いていたけど、少しずつ控えめに頭を振るようになった。ライブハウスでは浮いていたけど、キラキラした目で貴君を見ていた。彼の事だけじゃない。oZの事も。本当に耐えられるのかな?その恋心。

「早くライブ来いよ」

 行きたいよ。我慢できないよ。

「うん。頑張る。皆に宜しくね」

 いつまでも翔也の声を聞いていたいけど、我慢だ…いつかまた何の障害もなくoZがライブを出来る日のために。私がそのライブに通える日のために。頑張れ私。

 電話を切って、空を見上げる。東京よりは広い空。雲は多いけど、快晴だ。ただの晴れより、もこもこの雲が浮かんでいるこの空の方が、好きだ。


 髪をかきあげてみる。最後に切ったのいつだっけ?私史で今が1番伸びていると思う。昔は女らしい髪型というのが嫌だったから、伸ばしたことがなかった。翔也に出会って、そんなこと気にならなくなった。彼の側では、安心して自分で居られる。髪を切ったからってグダグダ言う男じゃない。

 多分翔也は私が坊主頭になったって、気にしない。何かそうする理由があったんでしょ?って受け入れてくれると思う。

 だけど、短いの、翔也好きかな…と考えている自分が居て、ちょっとうんざりする。そんな自分にまだ慣れないんだ。


 よし。と心を決めて、「brise de printemps」と書かれたお店のドアを開けた。

「いらっしゃいませ」

 すぐにそんな声がかかる、感じの良い店だ。

 白が基調で、所々グリーンがアクセントになっている。壁に大きな並んだ鏡は左右合わせて5枚で、それぞれに椅子が置かれている。

 店内には年配の女性客と、男性客が1人づつ。それぞれ椅子に座って頭をいじられながら雑誌を読んで居た。

「予約している泉です」

 そう言うと、

「ご新規のお客様ですね。こちらに記入をお願いします」

 派手に逆立った髪をした細長いマッチ棒のイメージの店員が、紙を差し出したので、それに素早く記入する。住所…東京の住所じゃ不自然だよね…と実家の住所を記入する。

 電話番号は携帯で良いや。

 荷物をロッカーに入れて案内されるままに鏡の前の椅子に座る。

「店長の花田です」

 そう言ってやって来た中年のおばさん…って言ったら失礼か?でも、間違っては居ないはず。マッチ棒店員ほど派手じゃないけど、同年代のおばさんたちに比べたらきっと派手なんだろうな。そう言う感じの店長さんは、私の記入した情報を見ながらふんふん…と髪をいじった。

「肩下10センチくらいね…結構長く切ってなかった感じ?」

 お見通しか

「カラーは初めて?久し振り?結構入れちゃって良いのね…」

 ふんふん言いながらチェックしていく。

「思い切ってこのくらいでも似合うと思うけど、そこまでは切らない?このくらいが良いのね?じゃあ、この辺軽くしていく?」

 店長さんはもっと短く切りたそうだけど、そこは譲れない。ヘドバンしてサマになる長さって言うものがあるんですよ。そして色は揺れる稲穂のようにしたいのです。前の方でヘドバンしているお姉さん達の髪が稲穂のように揺れるの、羨ましかったんだ…せっかくだから、やってみる。


 最初に髪にハサミを入れられる瞬間は、今でも緊張する。特にここは忌まわしい地元だ。左胸の心臓より少し高い肩寄りの奥あたりがヒヤリと冷える。

 そしてそれは、鮮明ではない何か直視したくない映像に直結していて、急いで目を背ける。そういう事は減ったとは言え、無くなりはしない。だけど、逃げない。その感情全部、だからどうしたって笑ってやる。私は弱いよ。心は傷物だ。だけど、負けないから!翔也がいつだっている。後ろには案山子君も立っている…はず。柳君も貴君も今は頼もしいwhy so?の岡山さんも、仲間と呼べる人たちがいる。守りたい相手が。

 いつまでも、隠れる為の小太郎の姿をビクビクした気持ちで探したりしない。


「どうかした?大丈夫?」

 店長さんがそんな私の顔を覗き込んで来た。

「え?大丈夫です」

 私が急いで答えると

「そう?首に力が入っているわよ?リラックスして?」

 ハサミを置いて、私の肩をマッサージしてくれた。

「泉さん?もしかして、泉清子って知ってる?親戚とか?」

 私の肩を揉みながら、用紙を覗き込みながら核心に触れて来た。

「え!あ、清子は叔母です」

 突然過ぎて対応が遅れたが、心はビンゴ!と叫んでいた。

「あ。やっぱり?ここいらでは珍しい苗字だもんね。…ってことは晴人さんのお嬢さん?やだ、そうなんだ」

 何がやだなのか分からないけど、父の事も知っているのね。

「私は、小学校から高校まで清子と一緒だったのよ」

 店長さんはハサミを握り直して、気さくに話し始めた。

「そうなんですね。でも私、叔母のことはあまり知らなくて」

 うんうん。と頷きながら

「清子、家を出て行っちゃったもんねぇ」

 と続けた。

「叔母って、どんな人でした?」

 さりげなく聞いてみる。職業柄おしゃべりは好きだろうし、サービス精神も旺盛だと良いな。

「なんて言ったら良いのかな…本が好きだった。小説家になったって噂聞いたけど、驚かなかったわ。読書感想文とか、すごく得意だったもん」

 そうそう、そう言う日常的な情報が欲しいの。

「私、本とか読むの苦手で、読書感想文の宿題に困って、清子に本の内容要約して貰ったこともある」

 へぇ…と店長さんを眺めた。特別仲が良いわけじゃない…って克也さん言っていたけど、ちゃんとそう言うエピソードがあるくらいには親しかったんだ。

「ぶっきらぼうなんだけどね、結構的確な指摘してくれるから、助かったわよ」

 あぁ、それは分かる…ちょっと嬉しくなって、口元がにやけた。

「ははは…そう言う表情、ちょっと清子に似てる。素直に笑わないのよね。嬉しいくせに」

 店長さん、本当に、叔母さんの友達なんだ…そう感じた。大勢の中の一人としての認識じゃなくて、ちゃんと泉清子って個人の事を分かってくれているんだ…叔母さん、友達いるんじゃない。何だか、胸の奥の方がジンとした。だから慌てて口先で笑った。

「だからね、一瞬清子の娘かと思ったのよ」

 それは何だかくすぐったいな。

「でも、それは無いわよね。逆算したら合わないもんね」

 ん?逆算?私が思わず店長さんに視線を向けたので、慌ててハサミを頭から離す。

 そして

「あ…」

 失言に気が付いて、動きが止まった。逃しちゃいけない。

「叔母さんに、子供が?」

「え?いやいやいや…居ないなら勘違いよ。私の」

「居るか居ないか私は知らないんです。居るかもしれないんですか?」

「さぁ〜どうかな?私もよく知らないわ」

「私一人っ子なんで、従姉妹がいたら、嬉しい…」

 本当に嬉しいかどうかは分からないけど、居るかどうかは凄く重要。だって遺産相続って…

「そっか、そうよね」

 そう言った店長さんは、人が良いんだな。

「私も本人に聞いたわけじゃ無いけど、彼女、海外留学してたの、知ってる?」

「それは聞いてます」

 昨日、克也さんから。

「その前に、清子、急に太りだして。元々すごく痩せてたわけじゃないけど、気分悪そうにして居ることも多くて、妊娠じゃ無いの〜って噂になったのよ」

 ええっ⁉︎凄く意外。

「相手は…?」

 まさか…『ヒカル』⁉︎

「それが…皆思い当たらなかったのよね」

 それでよく妊娠疑惑が出たな…

「叔母さん、好きな人いなかったのかな…?」

 聞こえるような独り言を言ってみる。

「どうかな…彼女が好きな相手って言われて思い浮かぶのは、一人だけだわ」

 え!居るの⁉︎

「…と言っても、小学生の時だけど」

 うんうん。誰?店長さんを見る目に期待がこもる。

「先生よ。習字の、おじいちゃん先生」

「おじいちゃん…?」

 まさかその人がヒカル?叔母さんの相手?子供…って、大問題じゃ…?

「まぁ、当時は子供だったからそう感じただけで、今の私らとそう変わらないと思うんだけど、厳しいけど優しい先生で…クラスで浮くことが多かった清子を凄く気にかけてくれてて」

 そう言う叔母さんのこともちゃんと気にして覚えていてくれて居るんだね。

「朝登校すると、先生に会いに行ってた。図書委員の担当だったし、清子も図書委員だったからね。ぴったりでしょ」

「はい…」

「あんな風に、誰かに気を許す清子を見たことがなかったな」

 そう言ってから、ちょっと寂しそうに笑った。

「だからね、中学の時に、先生が死んだって聞いて、清子、本当に心配するくらい泣いて…」

「亡くなったんですか」

 …と言うことは、子供の父親では無いのか。そっか。

「清子の好きな人って、その先生くらいしか思い当たらない」

 しんみりとそう言って、私の髪に意識を戻した。

「高校時代も…?」

「そうねぇ。少なくとも、学校にはいなかったと思う。だから、妊娠説も皆信じてたわけじゃ無いんだけど…」

 だけど?視線で続きを促すと

「留学先から帰ってきた清子は、元の体型に戻っていたのよ。ううん。以前よりもすっきりしてた」

 …それって…

「だから、それ以上皆言葉にしなかったんだけど、でもねぇ、考えるでしょ?」

 留学先で堕胎したってこと?

 もしくは、流産?妊婦に飛行機って良くなかったよね…?時期にも寄るのかな?

「私としては、向こうで産んで、養子に出した…って説の方を信じたいけど」

 海外は養子縁組盛んだもんね。

「そう言う訳で、根拠はないのよ。ごめんね、変な話聞かせちゃって」

「あ。いいえ…」

 結局、ヒカルは分からずじまいか…でも念の為

「その先生って、なんて言う名前ですか?」

「何だったかしら…確か、北…北野。そう北野先生ね」

「下の名前は?」

「う〜ん何だったかしら…あ。そうそう、太一よ!良くキタノダイチって呼ばれてた。北野太一先生」

 懐かしそうに言う店長さんを横目に、小さく息を吐く。失望はそれほど感じなかった。叔母さんの大切な思い出。温かい記憶の中で聞けて良かった…

 叔母さんに、大好きな人がいて良かった。孤独じゃない過去の記憶…亡くなったことは悲しいことだけど、大切な思い出がちゃんとあるじゃない。良かった。

「懐かしくて、つい話し過ぎちゃった…ごめんね」

 店長さんはそう言ってから、私に手鏡を持たせた。くるりと椅子を動かされ、合わせ鏡に、ライブ会場で、いつも後ろから眺めて居るファンの女の子たちの、稲穂のような髪の後ろ姿が写った。

 思わず頷く。そう、これこれ。

「ありがとうございます」

 そう言うと、彼女も満足そうに頷いて、

「もし清子に会ったら、ハナが、カットサービスするから髪切りに来るの待ってるって伝えて」

 ちょっと寂しそうに笑いながら言った。

「約束します」

 うん。ちゃんと伝えよう。私が見つけた、叔母さんの愛おしい過去。あんな孤独だけ抱えて生きなくたって、良いじゃない。

 あぁ、この髪で早くoZのライブでヘドバンしたい。そんな思いで「brise de printemps」を後にした。


「お前今どこに居る?」

「南町」

 それで通じるところが地元民の強み。

「 南町に?」

 今、小太郎の脳内で、この町内がかなりの精度で復元されて居るところだろう。

「叔母さんの友達を見つけて話ししたんだよね」

 凄いでしょ…と言う思いを込めて報告する。

「へぇ…友達…何?有益な話聞けたの?」

「まぁね、でも電話じゃな」

「なら丁度いい。俺も今向かってるから。車で拾う」

「小太郎…?暇なの?」

「言ってろ。後20分程度で着くから、ん〜図書館の前の公園辺りな」

 そう言って電話が切れた。本当に暇なのか?仕事大丈夫なのかな、あいつ。そして言った時間より小太郎が遅れることはない。案の定、15分後、小太郎の黒いスポーティーな車体の車が現れた。

 そして開口一番、

「世の中にはのっぺりした日本人顔がより強調される髪色が存在するって、知ってるか?」

 そう、うんざりしたような顔で言い放った。

 そういう男だった…無視だ無視!

「叔母さんは?会ったんでしょ?」

「あぁ。お前より可愛げがある」

 うわ…流石たらし。あの叔母さん相手に可愛げを感じ取れるんだ。感心するわ。

「ますますメタラーに染まりやがって」

「取材の為だもん」

 思わず口を尖らす。小太郎に文句言われる筋合いないじゃないか。

「で、どう有益だった」

「叔母さんの好きな人は、小学校の習字のおじいちゃん先生だったんだって」

「へ⁉︎」

「でも、中学の時に死んじゃって、その後はそれらしい人居なかったって」

「確かな情報?」

「うん。小学校から高校まで一緒だった叔母さんの友達の話だからね」

「良く見付けたな。友達なんて」

「うん。叔母さんに友達がいたんだよ。何だか嬉しいなぁ…」

「能天気なやつだな」

 小太郎はハンドルを握って前を向いたまま、話を聞いて居た。

 どこか安堵しているように見えた。


 小太郎の運転は、本人の見た目に相まってスマートだ。

 自分がスマートでいることに全力を傾ける男だ。でも、昔はそうじゃなかった。突っ走る私の後ろを、必死に無様に忠実にくっついて来る忠犬みたいだった。

 私の幸せな子供時代が終わる頃…自分が女の子だと気がつき始めた頃は、小太郎は私の横で一緒に泣いたり、落ち込んだりしてた。だけど、いつかな…ふと顔を上げたら、忠犬小太郎は居なかった。私の横にいたのは、しなやかで気まぐれで、気位の高い猫のような小太郎だった。


 何泣いてんの?地面見てたら何か見つかるの?そう言って、バカにしたように笑いながら側にいる。

 するりと居なくなり、私をからかった男子たちに「モテない男の見本市だね」って蔑んでみたり、陰口叩いた女子たちに「 胸だけが女の価値じゃないよ。ひがむより他を磨けば?良い女になるチャンス自分で潰さないで」と、流し目を送る。そうしてまた気がつくと私の隣でくつろいでいる。行動の読めない愛猫小太郎。


 何もかも捨てて故郷を出た筈なのに、色々回り道して必死で辿り着いた叔母さんの本を出した出版社で、涼しい顔をして待っていた。

 ストーカーなんて生易しいものじゃない。

「カメだね」

 私を見た第一声がそれだった。

「随分待たされた」

 そう言って、私の原稿が入った茶封筒でパシリ…と頭頂を叩いた。痛くは無かった。

 連絡するという約束を破った私を、先回りして待っていた。こいつは、忠犬か?愛猫か?分からないけど、彼はそうやってずっと私の傍らにいたのだ。


「何しに来たのよ」

 運転する小太郎をちろりと横目で見て問えば

「帰郷するのに理由が必要?」

 そうそっけなく答える。

は居ない。先生の創作だ。イズミも」

 前を見つめたままそう言った。

「うん…そうだね」

 それは痛感してる。

「本当に、過去を探って欲しいと思っていると思うか?お前だったら…」

「クソ喰らえだね」

 即答した。過去に無神経に触れようとする輩は全員ぶちのめしてやりたい。

「お前を追い払う口実だ」

 小太郎の言葉は、真実だろう。

「絶対に見つからないヒカルを探させる。どういうことか分かるだろ」

「遺産を譲る気は最初からないってこと…?」

「そう言うことだ。このやり方じゃな。他のアプローチをしないと」

「うん…でも…」

 私は前より叔母さんを身近に感じ、好感を持っている。

「叔母さんの過去に触れて、良かったと思ってるよ」

「そこでやめておけ。どんな過去だろうと、突きつけられてもあの人は喜ばない」

 それは分かってる…帰って来いと言っても、誰かを連れて行っても、嫌な顔しかしないこと。だけど…このままにしておきたくは無いんだ。


 小太郎は、祖父母の家の前で車を止めた。

「家には帰ってないんだろ」

「うん…」

 流石に良く分かっている。

「先生の事も良いけど、自分の事もちゃんとしろ」

 うん。分かってる…

 先生か…

 時間は早いけど、ひぐち食堂に行ってみる。

 仕込み中の克也さんが居た。

「あれ、髪型変わったね」

 覚えて居てくれた。

「はい、気分転換で…」

 そう言ってから、

「小学校時代の、北野太一先生って覚えて居ますか?」

「キタノダイチね、覚えてるよ。俺は勉強は苦手だったから色々面倒かけたんじゃ無いかな…」

「清子叔母さんが懐いていたと聞いたんですけど、覚えてます?」

「そうだったかな?あぁ、でもそうだったかも。良く先生の助手みたいに配り物したりしてたな」

 やはりそっか…

「昔皆で先生の家に遊びに行ったよ。その時も、清子さんは初めてじゃなかったみたいだったな。先生の息子と仲良かった」

「先生の息子?」

「そう、当時、5歳くらいかな?清子さんに懐いていた」

「幾つの頃ですか?」

「俺たち?確か…9歳くらいかな」

 9歳か…に会ったのは、確かその位じゃなかったか?

「その子って、名前分かりますか?」

「そりゃ、勿論。今、市長やってる」

「え⁉︎」

 この街の市長…離れているから把握していないけど。それなら探せる…

「ありがとうございます!」

 そう言ってすぐに行動に移した。

「また飲みに来て。清子さんも一緒に連れて来たら良い」

 そんな言葉を背中に聞きながら。叔母さん。叔母さんの過去は、決して叔母さんを締め出してはいないよ。そう思いながら。


 急いで検索して出て来た名前はだった。


「キタノコウイチ…」

 その名前を何度か口に出して見た。

 胸がドクンドクン言っている。さっき小太郎に言われたばかりだけど、コレはもしかしたらビンゴなんじゃ無いだろうか。



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