恋するheavy metal

月島

第1話 恋愛小説が書けない

 冒頭はこうだ。

(車のドアを開けて降り立った彼は、雑踏の中で彼女を見つけ、目を離せなくなった。頭の中で、Edのラブソングが流れる)

「俺たちの場合は、歪んだ爆音のギターサウンドだけどなー」

 ライブの物販で売れ残ったTシャツやタオルを元の段ボールに詰め直しながら、翔也が茶化すのを聞き流し、次のフレーズを考える。

「ライブ会場の一番前でヘドバンの途中、顔を上げた瞬間目が合った…って言うのはどう?」

 妙案!という感じで言われるのが腹立たしい。素人でもこの位思いつく。やはり陳腐だったか…とBSキーを押す。

「あ〜〜〜‼︎」

 叫んで頭をかきむしるのもこれで何度目か分からない。

「兎に角、書き出しよ。そこが決まれば後は勝手に浮かんで来るんだから」

 PCを閉じで、頭を抱える私を宥めるように

「そう言うもんなんだ?」

 翔也は優しい声で頷いてくれた。

「そう信じたい…」

 これは声にならない私の声。

 兎に角、恋愛小説を書かなくてはいけない。

「とりあえず。Edの歌はやめとけ。どうせならヘビメタにしておけよ」

「恋愛小説で、くたばれ!とかBGMに流れるの?それ病気だよ」

 私が切り返すと手を止め、

「俺のラブソングが聞きたいのか?」

 そう聞きながら見つめてくるので、考える。答えは分かって居る。

「ううん。翔也の甘い歌なんて聞きたく無い。ハードなのが良い」

 だって、そんな所に惚れているんだもん。

 翔也は満足そうに笑ってご機嫌で作業に戻る。その姿は地味で、ヘビメタとはほど遠いけど。と言うか、素の彼は結構シャイな青年だったりする。

 私に甘い。本気でラブソング歌われたら…と考えて背中に寒気が走る。

 兎に角、甘ったるい事は苦手だ。拒絶反応の蕁麻疹が出る。

 映画『タイタニック』なんて、足手まといなんだからさっさとボートに乗って行っちゃいなよ!と腹しか立たなかった。

 まぁ、そんな私の性癖を知っているから、そんな愚かな行動に出ないと信頼しているけど。


「相変わらず、甘いね、香夜は」

 中目黒のシーフード中心のお気に入りのカフェで、食後のアイスコーヒーをすすりながら小太郎が切り捨てる。グラスの中で泳いでいる大きな氷がカランと音を立てた。

「男なんて、幾つになっても中一のガキと一緒だよ?」

 ストローを咥えたままウインクする姿が、おシャレなお店にも映えて絵になる男だ。

「好青年なんて、女の幻想だから。ユニコーンや人魚と一緒。女はファンタジーが好きだからなー」

 いやいやいやいや…人魚を好きなのはむしろ女より男なんじゃ…?

「股がないじゃん」

 反論しかけて、何言ってるの?という感じに切り返され、ぐうの音も出ない。そう言われると…そうなのか…?いや、でも、やっぱり見目は良いわけだし…

 と言い掛けたところで、ぽかんと丸めた雑誌で頭を叩かれる。

「論点はそこじゃないだろ」

 そうでした…

「中一の男子の前を、爆乳、くびれウエスト、形の良いお尻に、長い足の美女が歩いたらとる行動は皆一緒だろ?」

 …どういう行動を取るんですか。思わずメモを取ろうとする私の頭を、もう一度叩くと、

「物書きなら、想像しろ」

 と怒られた。

「そんな美女見たことない」

 と言う反論はスルーされた。

「でもさ、恋愛小説の相手がそんなエロ小僧じゃ、ロマンティックじゃないじゃない」

 コレは正論だと思う。自信を持って言える。恋愛小説で、そんなヒーロー出てこない。多分。あんまり。…自信が無くなってきた。

「大人の男と、中一小僧の違いは、エロを隠す術見せる術を心得ているか、いないかだ」

 言いきった。

「でも、そうしたら、男の人口に対して美女が足りないじゃない」

 これは明らかに正論な筈。

「だから、妥協する奴が出てくる。 美女を高嶺の花…と諦めて、性格が良い、とか言い訳して自分に釣り合う程度の相手で手を打つ。だから世の中なんとかうまく行ってるんでしょ」

 むぅ…反論したいが、上手い言葉が見つからない。

「歴代の権力者見たら分かるだろう。叶うなら、皆エロいボディの美女が欲しいの。幾らでも。無理だから、妥協点を探して手を打つの」

 反論出来ないぞ、男どもよ!

「好青年の仮面も、美女を手に入れるための手段の一つだから」

 ルックスや、財力で選ばれない男の。…と付け加え、両方持っている余裕を見せつける。性格の難でお釣りが来るからね!

「香夜は少なくとも、その胸を持って生まれて来た事をDNAに感謝した方が良いよ。爆乳は七難隠すって言うだろ」

 絶対言わない!聞いたこと無い!そして、胸を突くな‼︎

「まぁ、全体的に身長が足りないし、くびれが無いからエロくは無いけどなぁ。妥協点が一つ少ないだけでもまだマシだからな」

 何に対してですか。そして何気にすごく失礼なやつだな。

 これ以上コケにされる前に仕事の話に戻って良いですか。


「でも何よりの問題点は、恋愛経験の少なさだ」

 急に真面目な顔に戻った。出来る男の仮面を付けたな…

 目下、翔也とラブラブ同棲中の私に向かって言う?

「翔也しか知らないだろ」

 図星を突かれて思わず涙目に成る。そこまで踏み込むか?この男は。デリカシーのかけらも無い。

「デリカシーも女の幻想だから。俺の前で、ファンタジーを持ち出さないでくれる?もう二度と」

 バッサリ切り捨てられる。

 見た目だけ、女性陣の幻想の王子様を体現しているくせに。見た目だけ!

「俺に選ばれようと頑張る女たちを見るのが快感な訳」

 特定の女は作らない主義だから。と言い切る。見た目が良いだけに腹がたつ。

 でも逆らえない。

「香夜は、今のコラムのライターじゃなくて、小説家になりたいんだろ?」

 そうです。と力なく頷く。

「だから、ウチの企画で募集している恋愛小説コンクールを紹介してやったんだぞ?幼馴染のよしみで」

 はい。感謝しています。そもそもそのコラムだって、小太郎のコネで書かせて貰っているんだし。

「子供の頃から目指していたもんな。叔母さんみたいに超ベストセラー恋愛小説を世に送り出し、一生働かなくても生きていける印税を手にするって」

 いや、そんな邪な考えでは…

「もうさ、その叔母さんに直に会いに行って、恋愛小説の書き方習ったら良いんじゃ無いか?」

「でも叔母さんは行方知れずなんだよ」

 そう言うと、小太郎は待ってましたというように、指に二つ折りにした小さなメモを挟んでこちらに差し出しウインクする。

 ねぇ、キザって言葉はこいつの為にあるの?そしてキザは市民権を確立してるの?

「行ってこい。そして恋愛小説家になってこい」

 メモを受け取り開いてみると、見たことの無い土地の住所が書かれていた。家族も誰も知らない、口にしない、父の妹の住所。

 満足そうな小太郎の顔。小太郎、一つ言っても良い?

「相変わらず、悪筆だね」

 セクシー気取っても結構なマイナス要因に成るから、エロボディ美女には字は見せない方が良いと思うわ。











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