歓楽等部も【無双】を目指すんで、そこんところヨロシク

プロローグ

零の章・第一話 大乱闘・覇王学園

「なんじゃこりゅぁああああああああああああああ！」

　――と言う僕の絶叫が校庭に轟く。

　だが、この現状において、それは誰の耳にも届かない。

　右、左、前、後に上。総勢200人による大乱闘が行われる。

　殴る蹴るなんて当たり前。

　武器あり鳩尾（みぞおち）あり金的アリのなんでもバトル。　

　僕みたいにガクガクと怯える生徒はどこにもいない。

　萎縮するどころか、全員がこの喧嘩を楽しんでいる。

「かかって来いやぁああああああ！」「殴るの楽しいぃい！」「死ねぇえええええええ！」「隙アリじゃぼけぇえええええ！」「キャハハハハハハ最高にハイだぜ！」

　体格差なんて関係ない。勝ったヤツが正義。

　最後まで生き残っていた20人が合格者となる。

「……うぐぅ……なんなんだよこのルール……なんで……」

　戦場の中心で僕はしゃがんだ。

　頭を抱えながら子鹿のように震えた。

「おかしな……今日は法科（ほうか）高校の入学試験だって聞いていたのに……どうして僕はここにいるのだろうか……？　こんなの法律を学ぶ場所じゃない……むしろその逆だ。決闘罪、暴行罪、器物損壊罪に傷害罪。無法地帯も良いところだ……」

　どうして僕はここにいるのだろうか？

　こんなのおかしい。何かの手違いだ。

　正門くぐっていきなり校庭は変だ。

　普通は教室に連れて行かれるはず。

「逃げなきゃ」

　今すぐここから出ないと僕は殺される。

「よしっ」

　勢いよく立ち上がり、僕は両手を上げた。

「降参します！　僕は降参します！　だから助けてください！」

　白旗を振った。戦意がないと学校側に伝える。

　審判がどこにいるか分からない。

　だけど入学試験である以上、どこかに居るはずだ。

　見えないけど、確実にコチラを見ていると思う。

「受験番号98番。なんのつもりだ？」

　校舎に取り付けられたスピーカーから男性教員の声が聞こえる。

　予想通り、どこからかコチラを見ながら評価していた。

「僕は降参します！」

「そうか」

　よかった。

　日本語が通じる相手で助かった。

　これで僕は保護されて、ここから逃げられる。

「であれば、死ね。弱い者はこの学園にはいらない」

「……ほへ？」

「よく聞け総勢200人の受験者よ。そこのメガネを倒せば一発合格にする」

「……え？　メガネ……。僕？　メガネだけど……僕の事？」

　ドンパチやっていた総勢200人の手が止まる。

　全員の視線が、一気に僕の方へと向けられた。

　気のせいではない。僕の事を言っている……。

「あのもやしを倒せば一発合格？」「なになに緊急クエスト？」「おいおい、簡単なお仕事じゃねーか」「楽しくなってきたじゃねぇえええかぁああああ！」

　あ、死んだ。

　終わった。

　殺される。

　法律を学べないまま、ここで殺されるんだ。

　でも僕を殺した場合、彼らには殺人罪が適応される。

「……刑法第199条により、人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処される……。本当は僕の手で裁きたいけど……死んだら何もできない……」

「ひゃっほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお！」

　迫り来る強者達。全員が僕を殺しに来ている。

　絶望した。空を見上げた。空が綺麗だった。

「……死にたくないなー……」

「だったら足掻け！！」

「――うわッ！？」

　誰かが僕の体を持ち上げ、宙へと飛び上がった。

　見上げていた空が、さらに近くへと迫る。

「浮いてる！？」

　足下にあった地面が、今は8メートル先にある。

「ど、どう言うこと！？」

「どうもクソもないわよ。ジャンプしたの。今から着地するから、舌を噛まないようにね。あと、着地したときの衝撃も凄いと思うから、我慢しなさい」

「ハイッ！　――え、我慢！？」

　滞空時間を利用して下を見た。

　そこには武器を手に着地を待ち伏せる猛者達。

　武器を持たぬ者は拳を構えて殺す気満々だ。

「このまま落ちたら蜂の巣だよ！！　数の暴力にやられちゃう！」

「人は鳥ではない。飛び上がったら必ず下に落ちる」

「そ、そうだけどさ！　下に沢山いる！　やられるよ！」

「やられないから黙れ。死にたくなければ口を閉じろ」

　そうだ。

　口を閉じないと舌を噛んでしまう。

　今はとにかくこの方を信じて黙ろう。

「必殺！　百夜（びゃくや）土竜打（もぐらうち）！！」

　片手で僕を持ち、片手で槍を持つ。

　その槍を地面へと向け、彼女は空を蹴る。

「うわぁああああああああああああああああ！」

　地面へと一直線。

　叫ぶなと言われても叫んでしまう。

　これはまるで富士Ｑの絶叫マシーンだ。

　なんか今日は叫んでばかりな気がするなぁ。

「あ、地面だ！　――うぐっ！？」

　地面に着地した瞬間、凄いＧが僕の肉体を襲う。

　ドゥウウウウウウウウウウウウウウウウウン。

　凄まじいダメージだが、周りへの被害はもっと大きい。

　彼女の槍から放たれた波動が、周囲の人間を吹き飛ばした。

「のぉおおおおおおん！」「うわぁあああああああ！」「ぎゃぁあああああ！

　僕たちを囲んでいた200人のうち、前線に居た80人の生徒達が倒れていた。

　その圧倒的な強さに、中央と後方に居た生徒達の手が一時的に止める。

「なんだあの女……強くね？」「え、乱入クエストヤバめ？」「イビルかよ」

　この方（かた）は、たった一撃で80人の生徒を倒してしまった。

　顔を上げ、僕の目の前に立つその生徒へと視線を向ける。

　長い黒髪、凜とした表情、スラッとした足に、華奢な体。

　禍々しく長い槍を持ち、自由自在に技を繰り出す女子生徒。

「……美しい……」

「アナタ、名前は？」

「名前？　ぼ、僕は、九重キバです」

「何ができる？」

「何……と言われましても……」

「早くして、時間がない。答え次第でアナタを守るか否かが決まる」

「えっと、えっと、えっと……」

　何か。

　何ができる。

　何ができるのか？

　早く答えないと殺される。

　立ち止まっている敵達が動き出してしまう。

「あ、僕はどんな色にも染まることのない黒い心を持っています！」

「つまり？」

「相手の一挙手一投足を観察し、嘘を見抜きます」

「それが戦いにどう役立つの？」

「……弱点……。相手の弱点を見抜く力があります！」

「んー」

　法廷ではかなり使える能力だ。

　なのに彼女は渋い顔を浮かべた。

「あまり魅力的じゃないな。弱点を知らなくても倒すのが覇王学園の生徒。弱点を知ってしまったら面白くない。助けようとしたけど、やっぱりやめようかな」

「まままま待ってください！！　見捨てないでください！！　助けてください！」

　生きるためにすがる。生きるために必死になる。

　せっかく繋いだ命、ここで失う訳にはいかない。

「誰かが僕を倒したら、その人物が一発合格しちゃうんですよ！　そしたら20席ある貴重な席の一つがなくなる。アナタはそれでいいのですか？」

「それはイヤだ。私は何が何でも入学しないといけない」

「だったら助けてください！」

「理解した。私がお前を倒せば済む話だ」

「……え？」

　彼女の鋭い眼光が僕を捉える。

　槍をコチラへと向け、今にも襲いかかって来そうな雰囲気。

　勝手に味方だと思っていた。だけどこの子も僕の敵だ。

　そもそもここに味方とか敵とか言う概念はない。

　総勢200人。全員が合格目指して殴り合っている。

　善も悪も正義も卑怯もない。勝者が全て……。　

　この子も俺を倒す。そして彼女は合格する。

「遅かれ早かれ、僕は倒されていたのか……。ここに間違えて来てしまった時点で、敗北は決まっていた……。なんで間違えちゃったんだろ……」

「何をブツブツ言ってる？　恐怖で頭でもおかしくなったか？」

　僕は全てを諦め、顔を上げた。

　槍を向けてくる女子生徒をにらみ返した。

　やけくそになり、言いたいことを相手に伝える。

「殺したければ殺せばいい。だがこれだけは覚えておけ。 人の生命と言うのは、究極の法益（ほうえき）とされている。人の命は、この世界で最も重要なモノだ。アナタは今、それを奪おうとしている。奪えば最後、日本の法律はアナタを許さない」

「……」

　ギロッと女子生徒が僕を睨む。

　だから僕は笑顔を浮かべる。

　言いたいことは言えた。

　なんだかスッキリしたな。

　これで悔いなく死ねる……。

「お前、私の槍が怖くないのか？」

「もちろん怖いよ。今も体が震えて心臓が爆発しそうだ」

「にも関わらず、あんな目で私を睨めるのか？」

「まぁ、ある種の諦めかな。もうやけくそだよ。なるようになれってやつ」

「……やけくそ……」

　彼女は槍を地面に突き刺した。

「面白いヤツだな。お前、生きたいか？」

「死にたくはないね。裁判官になる夢もあるし」

「そうか。死にたくはないか。懐かしい台詞だな」

　すると彼女は笑顔を浮かべた。

　ハハハと言いながら手を差し伸べてきた。

「手？」

「私の人生の中で、私はあの目をした人間を二人知っている。一人は私の兄と、もう一人は私の師匠だ。彼らが戦う目的は、強くなるためではなかった」

「なら、なんのために戦っていたんだ？」

「死なないためだ。生きるために戦う。だから強くなれる。お前の目は、兄と師匠にそっくりだ。もしかしたら、強くなる素質があるかもしれない」

「……僕が……強く？」

「だから九重キバ、私と来い。お前はもっと強くなれる！」

「……」

　僕の目的は強くなる事ではない。

　法科（ほうか）高校に入学して法律を学ぶことだ。

　だからこの試験に落ちることが目的。

　潔く落ちれば、入学しなくて済む。

　あとは簡単だ。法科高校を受験すればいい。　

「さぁ、何を迷っている！　私の手を取れ！　私と友達になろう！」

　だけど法科高校の入学式は今日だ。

　たぶん今現在、筆記試験が行われている。

　今から行ったところで間に合うはずがない。

　であれば3週間後に行われる面接に賭ける？

　その面接で落ちたら？　……浪人確定だ。

「それもいいかもしれない。来年再チャレンジだ」

「何が来年再チャレンジだ。お前は今日、合格するんだ。だから私の手を取れ！」

　圧が凄い……。

　この状況では逃げられない。

「因みに、アナタの手を取らなかったら僕はどうなります？」

「え、殺すよ」

　偽りなきお言葉。

　この人、本気で言っている。

「法律はアナタを許さ――」

「関係ない。終身刑になろうが死刑になろうが知らない。私はお前が気に入った。だから仲間に誘う。兄や師匠と同じ目をした人間を、見逃すわけには行かない。それに、お前を殺して即合格？　そんな馬鹿げたルールがあってはならない。拳法科（けんぽうか）高校・通称：覇王学園は【武力】【武術】【武器】を極めんとする者が集まる場所だ。勝って勝って勝って勝ち残ってこその意味がある。だからお前を狙って楽しようとする連中を、私は許さない。必ず倒してお前を守る」

　あれ？　今、さりげなく学園の名前が出た？

　法科（ほうか）高校じゃなくて、拳法科（けんぽう）高校？

「……」

　もしかして僕、よく確認せず検索しちゃった？

　法科で調べ、一番上のサイトのＵＲＬで地図設定。

　緊張していたのは分かるけど……やらかした。

「さぁ、死にたくなければ私の手を取れ」

　ダブルチェックしなかった僕が悪い。

　法科と拳法科……。紛らわしい……。

「さぁ！　さぁ！」

「……」

　小さくため息をついた。

　ここは潔く彼女の手を取ろう。

　そして適当なとことで退学しよう。

　編入試験を受ければ、まだチャンスはある。

　俺の目的は強くなる事ではない。

　沢山勉強して、裁判官になることだ。

「命さえあれば、何度だって挑戦できる」

　なら、僕がやるべき事は一つ。

「わかったよ」

　彼女の手を取り、名も知らない美人と友達になった。

「私の名前は風車（かざぐるま）渚左（なぎさ）。よそしく、キバ」

「……はい……」

「それじゃ、今から全力で君を守るよ！　ハハハハハハハハッ！」

　もしかしたら僕は、とんでもない事をしてしまったのかもしれない。この人の手を取ったことが、本当に正解だったのか今の僕にはまだ分からない。退学したくても物理的に退学でさせてくれないかもしれない……。などと今後の事を考える。

　分かってる。今考えても仕方がないことくらい理解している。

　だけど、考えずにはいられない。

　なぜなら俺の視線の先に居る風車渚左と言う女は――

「アハハハハハハ！！　死ね死ねしねぇええええええええええええええ！」

　――めちゃくちゃ強い。

　彼女は戦場を駆け回り、生徒を次々となぎ倒していく。

　この人に『退学します』なんて伝えたら……殺される。

　今の僕では、この学園から穏便に去る方法が思いつかない。

「あぁ、終わった」

「もやしの命、この俺様が貰ったぁああああああああああ！」

「ソイツに手を出すなぁああああ！　必殺：十五夜（じゅうごや）日熊打（ひぐまうち）」

　カッキーン！　と風車渚左が槍を野球バットのように振り、僕に襲いかかって来た男子生徒を吹き飛ばした。大男を一撃で倒すその威力。……半端ないって……。

「か、風車さん、ありがとうございます」

「渚左（なぎさ）でいい。私はお前をキバと呼ぶ。だからお前も私を名前で呼べ」

「は……はい。……あの」

「なんだ？　質問か？」

「はい。ここは、どこなんですか？」

「なんだお前、何も知らずに死法（しほう）試験（しけん）に来たのか？　まぁいい。ここは表の世界で何かを極めてしまったがために、公式戦では戦う相手がいなくなってしまって生徒が集まる場所・拳法科高校だ。人々は私らの事を極学生（ヴァテクス）と呼ぶ。戦う相手がいなくなっても尚、血が騒ぐ猛者共。さらに強い相手と戦いたい。さらに上へと行きたい。高みを目指したいと願う。そんな生徒たちが、蜜に誘われる蜂のようにへと来る。人々はこの高校を非公式に覇王（はおう）学園（がくえん）と呼ぶ」

「覇王……学園……？」

「最強の生徒が最強の学園に来る。最強と最強のぶつかり合いだ！」

「……」

　絶句である。

「根性！　友情！　努力！　勝利！　九重キバ、想像するだけでワクワクするな！」

　どうしよう。ヤバすぎて失神しそうだ。

　しそうと言うか……あ、意識が飛んだ。

　◆―――――◆―――――◆―――――◆―――ー◆

　――と言うのが、俺の大好きな漫画作品の第1話だ。

　自室のベッドで横になり、大好きな漫画を読む。

　この覇王学園と言う作品は、本当に最高だ。

　第1話も大好きだが、第2話以降も面白い。

　ストーリー構成、キャラクター、コマ割り。

　どれをとっても俺の趣味にぶっ刺さる。

「あぁ～素晴らしい」

　何度も読んで、何度も余韻に浸る。

　もう10回以上はこの漫画を読んでいる。

　それでも飽きない。

　俺は本当にこの本が好きなんだな。

　本を閉じ、瞳を閉じ、笑顔を浮かべた。