ドラゴンキラー商店街

ロケット商会

本編

0日目

第1話

 あと三日。

 それまでに、俺たちはドラゴンを殺す必要がある。

 キャプテン・遠藤がそう言っていたのだから、それはおそらく間違いないのだろう。キャプテン・遠藤は商店街の相談役であり、各店舗の状況をおおむね把握している。簡潔に述べるなら、ドラゴンの脅威によって首都圏からの輸送は軒並み遮断され、俺たちの新桜庭市は滅亡の危機に瀕していた。

 やはり誰かがドラゴンを殺さなければなるまい。

 そうでなければ、街を捨てて逃げるか。

 冗談ではなかった。

 なぜ、こんなことになってしまったのか。思えば一か月前、ドラゴンが街の裏山に降り立ち、巣を作り始めた当初は、町内にも楽観的な雰囲気が漂っていた。

「きっと消防庁から聖騎士団の一個大隊が派遣されてくる」

 とか、

「たぶん最新鋭のオーガーが出動する」

 とか、

「いい街興しになるかもしれない」

 なんて意見すらあった。ドラゴンの住む街。確かになかなかインパクトのあるキャッチフレーズだと思う。気の早い輩はドラゴン羊羹とか、木彫りのドラゴン像などの商品を開発しようとしていた。

 実際のところ、それらの甘い考えはほとんどすべて的中した。

 消防庁からは聖騎士団《伯鷹》が一個大隊、戦車つきで送られてきたし、世界最新鋭のオーガーの少女も一人やってきた。テレビでは日本史上二百年ぶりにドラゴン被害を受けている街として、連日のように報道された。ドラゴンをひと目見ようとやってくる観光客なんかもいたため、街が一気に活気づいたのは事実だ。

 キャプテン・遠藤は大いに奮起し、このときとばかりに大規模な宣伝広告を展開したものだった。

「大変そうだけど、まあ、なんとかなるんじゃないか?」

 町内にはそんな風潮がたしかにあったし、俺もそんな気分になっていた。

 ――その夜、本物のドラゴンの脅威を目の当たりにするまでは。

 結局のところ、俺は、というか俺たちはドラゴンというものがなんなのか、本当には理解していなかったのだろう。アフガニスタンやニュージーランドといった隣界危険区域でのドラゴン討伐支援経験があったはずの聖騎士たちですら、はっきりとその危険性を認識できていなかったように思える。

 なにもかも、いまさらの話だ。


 すべてが取り返しのつかないことになってしまったその夜、俺はミキヒコとともに山へ登っていた。

 ドラゴンが巣をつくった山を、桜木岳という。

 新桜庭市の北部に位置する、ごく標高の低い山だ。見晴らしが悪いために登山客も少なく、ろくな地図が存在しない。地元民の先導なしで、ドラゴンを追って動き回るのは無理がある、というのが聖騎士団の考えだったらしい。

 そこで案内役が募集された。志願したのは俺とミキヒコの二人だった。

 夜の桜木岳を歩き回ることにかけて、俺とミキヒコには絶大な自信と実績があった。少なくとも新桜庭市においては、頭の悪いやつほど山歩きが上手いという絶対的法則がある。それは幼少の頃から勉強をしないで山の中で遊んでいるためであり、俺とミキヒコはトップクラスに頭が悪かった。

 俺たちは子供の頃から『修行』と称して、このあたりをやたらめったらと走り回り、飛び跳ね、そして転んだり死にかけたりした。おそらく俺たちは、カンフー映画の見すぎで脳に深刻なダメージを負ってしまっていたのかもしれない。

 だが、なによりも俺たちが志願した本当の理由は、俺とミキヒコが『高校を出てから大学にもいかずふらふらしている暇なやつ』であり、『身寄りのない町内会一の鉄砲玉』であったからだ。商店街のやつらを見返してやろうとも思っていた。

 その夜の桜木岳は冬の冷気に満ちており、雪が降りそうな気配すらあった。俺たちは聖騎士団の先頭集団に同行して進軍した。

 後方にはさらに五十名前後の聖騎士が列を作って続いていた――とはいえ、このときは精鋭を集めた偵察部隊にすぎず、さらに数百名もの戦力が町外れの本部で待機していたと、後になって知った。

 聖騎士たちはさすがに静かなもので、ときおり言葉をかわす他は、黙々と山を登っていた。電気式のカンテラの数は最小限。あたりは闇と沈黙に覆われており、喋るのは俺とミキヒコくらいのものだった。

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