第39話「果てなき輪唱」

 ミス萬代ばんだいコンテストを見に来ていた誰もが、言葉を失った。

 絶句する程の、圧倒的な美。

 そして、異形の姿を前にした戦慄せんりつにも似ていた。


「あ、えと……次は生徒会副会長の阿室玲奈アムロレイナさん、これは……!?」


 司会者も言葉を脳裏に探せずテンパっていた。

 そう、古府谷文那フルフヤフミナの挑発で現れた玲奈は、凄い格好かっこうをしていた。

 きわどいハイレグに丸出しなおへそ、そして胸元の切れ込み。

 それでいて、手足を覆う装甲に背中や頭部のパーツ。

 そう、装甲……重そうな衣装だ。

 玲奈はガンダムのコスプレをしていた。

 ガンダムキャラではない……

 たじろぎつつも司会者がマイクを向ける。


「えっと、阿室さん……こ、このコスプレは」

「これはMSA-0011[Ext]、Ex-Sイクスェスガンダム! ZZダブルゼータガンダムを再設計した究極のガンダムよ!」

「お、重くないですか……?」

「重いわ。メイドの海姫マリーナが作ってくれたこれは、ケプラー繊維でできているの。だけど、それでもかなり重い、そして暑いわ。ただ、はっきり断言できます!」


 玲奈は司会者から自然な流れでマイクを奪う。

 そして、美しくも異様なガンダムドレスで微笑ほほえんだ。


「俺が……いえ、! です!」


 場内が静まり返った。

 そして、次の瞬間には居合わせた男子達が絶叫を張り上げ歓声を巻き上げる。興奮状態で誰もが床を踏み鳴らしていた。

 いづるはあきれてしまって、見惚みとれてしまった。

 なんというか、いけないものを見ているようだ。

 玲奈はガンダムのコスプレをしていながら、自分の豊満な肉体美を隠しもしない。そう、全身をガンダムというロボットのパーツで覆っているのに、細くてもむっちりした太腿やきわどい股間、そして豊満なバストラインはむしろ強調されている。

 ずばり、エロい。

 いかがわしささえ感じる背徳的なエロスだった。

 そんな格好で玲奈は、マイクを持って流暢りゅうちょうに語り出す。


「説明します! Ex-Sガンダムは、ガンダム・センチネルに登場する主役モビルスーツ、Sスペリオルガンダムの強化形態、いわばフルアーマー形態のようなものです。Gクルーザーへの変形機構を再現したパーツを組み込み、結果的にMS形態が強化された姿なんです!」


 力説だ。

 はっきり言って、誰も理解していない。

 だが、居並ぶ誰もが一生懸命喋る玲奈に夢中になっていた。

 そのことがいづるは、なんだか面白くない。

 あんな過激な衣装を、メイドの来栖海姫クルスマリーナが用意したこともだが……それを完璧に着こなし、MSモビルスーツ少女としての妖しい魅力を振りまいている玲奈が気になってしかたない。

 彼女の知らない魅力が、大勢に見られていることがいづるは不満だった。

 そんな自分のジェラシーを、隣の壇田美結ダンダミユ山下柔ヤマシタヤワラが指摘してくる。


「いづるさあ……あれ、いいの? 玲奈のガンダム馬鹿もここまでくると……」

「でも、玲奈さんは楽しそうですわ。それに……綺麗」


 確かに玲奈は、綺麗だ。

 もはや「ガンダムのコスプレっていうか、ガンダムそのものだよ!」と突っ込む気力も湧かぬ程に美しい。彼女はマイクを手に朗々と、自分が扮したガンダムの説明に夢中だ。そして何故か、周囲が……特に男子達が目をギラつかせていた。


「という訳で、Sガンダム、スペリオルガンダムは当初はスプリームガンダムだったの。スプリーム、すなわち最強! 最強のガンダムを目指した機体が、このEx-Sガンダムよ!」


 喝采かっさいが沸き立った。

 しかし、それを面白く思わない人間はいづるだけではなかった。

 ガンダム少女の横に毅然とした態度で、ハマーン・カーン(ZZ版)の古府谷文那フルフヤフミナが詰め寄る

 彼女は玲奈からマイクをもぎ取ると、両目を釣り上げ指をさす。


「ちょっと、阿室玲奈! それはなんですの! その格好は!」

「Ex-Sガンダムです。MSA-0011[Ext]、Ex-Sガンダム……新たにIアイフィールドジェネレーターとリフレクター・インコムユニットを」

「そういう話をしてませんの! それに、私はセンチネルでしたらゼク・アインの方が好きですわ。……で、でも、Sガンダムのブースターユニット装着型は好きですわ」

「私はディープストライカーも好きよ……」

「あっ……同意。じゃなくて! 思い出しましたわ、以前のGジージェネ対決で貴女! ディープストライカーで無双しましたわね! キーッ!」


 あまり会話は噛み合っていない。

 しかし、市立萬代学園しりつばんだいがくえんが誇る美少女の双璧が並んでいる。

 これだけでもう、ミスコンは大成功で大盛況だった。

 周囲は熱狂的な興奮で盛り上がっており、いづるもはらはらしつつ目が離せない。

 そして、後ろの席ではやはり海姫がニヤリと笑っていた。

 時々海姫のことがわからなくなるいづるだった。

 そうこうしていると、ようやく司会者がマイクを取り戻す。


「はいっ、じゃあええと……阿室さんも何かアピールポイントを」

「阿室玲奈、歌わせて頂きます! ……マイクをもう一つ」

「は?」

「もう一つ! お願いします……貴女あなたに、マイクを」


 貴女に、力を……そんなニュアンスで玲奈はそっと文那に手を差し伸べた。

 なんて流麗りゅうれい所作しょさなんだろう。

 見た目はMS少女、それを通り越して装甲と武装のオバケみたいになってる玲奈が、だ。文那へと手を伸べ、司会者からマイクを渡すように促す。

 司会者の男子は文那にマイクを渡し、スタッフからもう一つのマイクを受け取る。

 すかさず玲奈はそのマイクを取り上げて、周囲の観衆へと呼びかけた。


「私も歌います! 文那さんと一緒に! 歌は、ガンダム! 機動戦士ガンダムAGEエイジ主題歌、藍井アオイエイルさんの……AURORAオーロラ!」


 多分、事前に歌う歌を申請していたのだろう。

 瞬時に裏方の音響さんがCDを回してくれる。

 サビ頭の曲で、すぐに玲奈の歌声が会場のボルテージを突き上げた。その中で文那も、戸惑いつつマイクに向かう。

 ガンダムむすめとハマーン娘が、一緒に歌い出した。

 二人の声と声とが、求め合うように紡がれて歌になる。


はるかな宇宙、さまよえる光だって」

「あと一秒、一歩先に、見付け出してみせるから!」


 息はぴったりだ。

 とても、一方的に恨まれ、それを理解できぬ仲だとは思えない。

 歌唱力がどうとか、表現力がどうこういうレベルではない。

 素人がカラオケで歌ってる以上でもなく、それ以下でもなかった。

 だが、今この瞬間……玲奈と文那は歌を介して繋がっていた。

 そして、熱唱が終わる。

 二人はそれぞれ決めポーズで互いの背中を預け合っていた。


「ふおおっ、ハマーン様! ハマーン様あああああっ!」

「文那ちゃーん、こっち! こっちに目線ください! 最高ぉ!」

「玲奈ちゃんのせいで……俺、新たな性癖に目覚めちゃったよ……」

「くっ、フルスクラッチしてでもEx-S玲奈ちゃんを作りたいこの衝動!」

「最高……二人共最高だよ! ミス萬代は二人に決まりだよ!」


 白熱する男性陣の中で、いづるは改めて玲奈の凄さを知った。

 自分を憎んで恨む相手と、イベントで一緒に歌える。

 そして、普通の女の子なら羞恥で縮こまりそうな、あのきわどいガンダムの衣装で人前に出れる。いや……ガンダムの格好だからこそ恥ずべき何ものもないのだろう。

 堂々とした玲奈は、歌い終えるや文那の手を取った。

 まるで勝者を称えるように、文那の手を高々と上げて周囲の拍手を誘う。

 二人にしみない拍手が送られた。

 いづるは思わず圧倒され、同時に奇妙な笑いがこみ上げる。

 玲奈が自分の知らぬ姿を晒して尚、自分のよく知る硬結で理知的な女の子だったから。


「玲奈さんにはかなわないなあ……二人の仲、上手く進むといいんだけど」


 そう、文那は玲奈に恨みを抱いている。

 そして、その理由を明かそうとしない。

 玲奈にも心当たりはないという。

 だが、いづるから言わせれば……玲奈を恨む文那に正当な理由があっても、決して驚かない。玲奈は公明正大で高潔な人間だが、。自分の知らぬところで恨みを買い、彼女が知らぬままに誰かを傷付けていることだってあるだろう。

 だが、いづるは決めている。

 彼女の常人離れした才気と美貌、そしてある種のどてらい精神構造……そうしたものを全て受け止める。彼女のありようが不幸を呼ぶなら、それも全て甘受かんじゅする。そして、彼女の独特な生き様が現実を齟齬そごを生んだら、その解消と修復に心をくだくつもりだ。

 ステージ上では、喝采を浴びつつ文那が玲奈に向き直った。


「阿室玲奈……どういうつもりですの?」

「……文那さん、ハマーン・カーンの衣装がとても似合ってますわ。素敵です」

「とっ、当然よ! それに比べて貴女は何? その扇情的せんじょうてきなコスプレは!」

「重くて少し疲れます。ですが、私は今はガンダム……ガンダムには何者にも負けぬ強さがあります! ……ガンダムの力を借りて、貴女と話したくて」


 玲奈は皆の前で、海姫が用意した衣装の理由を話した。

 彼女にとって親愛なる存在、敬愛する象徴……信仰心にも似た道警を捧げるに値するもの、ガンダム。その姿を着て、彼女はそうまでして文那と対話を持ちたかったのだ。

 勿論、この場には「対話ならダブルオークアンタだろ!」と突っ込む者はいない。

 ただ、文那は頬を赤らめマイクを捨てた。

 ステージに転がるマイクが、スピーカーにゴッ! という音を響かせる。


「くっ、くだらないわ! 不愉快でしてよ! ……貴女、本当にヤな娘!」

「文那さん、私を嫌だという貴女の言葉、本音の本心を聞かせてほしいんです」

「わたくしに勝ったらと言いましたわ! その時、貴女の罪を暴露しますの……でも、でも……貴女、音痴おんちですわね! わたくしがいなかったら、酷い有様でしたわ!」

「二人で歌えて、よかった……そう思っています」


 二人の視線は今、一本の線に収斂されて結ばれる。

 そして、行き交う感情は二人にしかわからない。

 ただ、いづるは願った。

 自分の好きな人、恋人の玲奈に真実が伝わることを。文那には真実を明らかにしたうえで、玲奈の反応と対処を受け止めて欲しい。それは謝罪であるかもしれないし、贖罪しょくざいをうたうかもしれない。ただ、拒絶はしない……それは絶対の信頼だった。

 こうしてミス萬代コンテストは大盛況の中で幕を閉じるのだった。

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