第22話「落ちてきたDLC」

 阿室玲奈アムロレイナの、初めてのバイト代の日。

 その夜は、あとから来栖海姫クルスマリーナも合流して賑やかなパーティになった。日陽ヒヨウいづるは、いつもの団欒だんらんの光景がいつになく華やかで、なにより玲奈の笑顔が嬉しかった。

 相変わらず姉の日陽あかりが進めるままに、海姫は酒を飲まされていた。

 やがて二人が『ガンダムは敵だ!』と気炎をあげても、笑っていられる。

 富尾真也トミオシンヤはなにか楞川翔子カドカワショウコと話してたが、珍しい取り合わせで面白い。

 あれから数日たっても、いづるの幸せは続いている。

 だが、一つだけ気がかりなことがあった。


「あの、玲奈さん」


 下校中の帰り道、今日は玲奈もバイトがお休みだ。生徒会室での執務を終えた彼女は、いつものようにいづると真也、そして翔子と一緒である。

 いづるの声に振り向く玲奈は、目尻に玉の涙を浮かべていた。


「あ、あら、いづる君……見てたの? 恥ずかしいぞ、ちょっと」

「す、すみません。でも……最近、眠そうにしてますよね」

「ええ、少しね。でも、居眠りなんてしてないし、予習も復習もばっちりよ?」


 そう言って玲奈は、再びあくびを噛み殺した。

 どうやらやはり、睡眠不足のようだ。

 その訳をいづるは知っている。

 彼女をとりこにしているのは、先日プレゼントした携帯ゲーム機だ。勿論、彼女は学業をおろそかにしたりはしない。家では不器用なりに、翔子に指示を仰いで家事をしている。

 そして……就寝までの短い時間、少しだけゲームをするのだ。

 それが時々少しですまなくて、この有様である。


「おいっ、阿室っ! お前という奴は……寝不足だと? それではいい道化どうけだよ!」

「あら、富尾君。だって……しょうがないじゃない? ガンダムのゲーム、面白いんだもの」

「ええい、年頃の女の言うことかっ! ……わかったぞ、この間のゲームセンターでの、あの戦いを思い出しているのだろう!」


 そう言えば以前、秋葉原でみんなで遊んだ時のことだった。

 玲奈と一緒にいづるは、真也や翔子とガンダムの対戦ゲームを遊んだのだ。結果は散々なものだったが、とても楽しい時間だったのを覚えている。

 そしてどうやら、玲奈も気持ちは同じようだ。


「確かに、ガンダムVSガンダムもやるわ。ふふ……私、最近は新しいガンダムを体得したのよ? 勝てるかしら……私のEx-Sイクスェスガンダムに」

「なんとぉーっ! ええい、さらにできるようになったな、阿室ッ!」

「当然よ……でも、他にも面白いゲームが多くて」


 そうこうしていると、いつもの駄菓子屋が見えてくる。

 瞳を輝かせた翔子が、我こそはと歩調を強めて店内に入っていった。どうやら今日も、寄り道していくようだ。ここでのおやつの時間は、四人の数日に一度の贅沢になりつつある。

 ほんわかと喋る翔子が店内に消えると、真也が珍しく玲奈との話を切り上げた。

 彼は翔子に続いて、店内へと入っていく。


「今日はなにを食べようかなー? あ、富尾先輩っ。オススメ、ありますかぁ?」

「そ、そうだな……品揃え、先週までの品揃えとまるで違うぞ!?」

「ほんとだぁ、新製品ですねっ! あれが食べたいかも……先輩、どいてくださーい。邪魔ですっ」

「……これが若さか」


 なにやら狭い店内で、二人は仲良くやっているようだ。

 そして不思議と、それを見守る玲奈の表情が優しい。

 玲奈はいつになく不手際な真也を、温かい目で……で見守っていた。

 いづるの視線に気づくと、彼女は表のベンチに座って隣を叩く。


「いづる君。少し二人にしてあげましょう? ……さ、隣にきて」

「はあ……どうしたんです? 翔子と富尾先輩」

「さあ? ふふ……今はいいのよ、全てを忘れて」

「わ、忘れて?」

「二人残った、色気づいた彼が……この駄菓子屋で二人きりなら恋路こいじに落ちる」

「恋路!?」

「冗談よ、冗談。まだ、ね」


 玲奈は楽しそうに笑い、鞄を開く。

 隣に座れば、遠慮なく玲奈は身を寄せてきた。

 隣からピタリとくっついて、玲奈は取り出した携帯ゲーム機をいづるに向ける。先日プレゼントした、白いPSVitaヴィータだ。


「見て、いづる君。ガンダムブレイカーもやってみたわ。海姫が何本かソフトをダウンロードしてくれたの。これは面白いわね……ガンプラが欲しいけど、私はお金も場所も限られた居候いそうろうの身。でも、ゲームの中でなら揃えたい放題だわ」

「た、確かに……へえ、ガンプラを組み立てて遊ぶゲームなんですね」

「そうよ。そして、これが私のオリジナルのガンプラ……よ!」


 なんか、派手に翼がついたガンプラが画面に浮かんでいる。

 いづるが一般的に、どれも同じに見えるなりに認識してる、ガンダムらしさにあふれたガンダムだ。白を貴重にトリコロール、そしてシールドとライフル。

 全体的な統一感があるのは、きっと同じシリーズ作品のパーツだけで構成してるからだろう。そのことを口にしたら、玲奈はますます嬉しそうに顔を近付けてくる。


「そうよ、いづる君! フォーチュンガンダムは、デスティニーガンダムの後継機っていう設定なの。だから、光の翼と、あとはSEEDシード系のパーツだけで構成してるわ。ストライクフリーダムやバスターなんかの部品も使ってるわね」

「は、はあ」

「幻の劇場版SEEDがもし公開されたら、シン・アスカが乗る機体……そういう設定なの」


 自分でも一生懸命喋っていたのに気付いたのだろうか? 玲奈はまくしたててから「あっ」と頬を赤らめ、そして口をつぐんだ。

 そうして、一度ゲームのアプリケーションを閉じる。

 いづるにはサッパリの話で、そのことを察して少し申し訳無さそうだ。

 でも、そんな玲奈の笑顔がガンダムとともにあって、いづるは素直に嬉しい。


「……ごめんなさい。私、ガンダムのことになると夢中に。いけない女だわ。人には恥ずかしさを感じる心があるということも」

「あ、いいんですよ。もっと話、聞かせて下さい」

「じっ、じじ、実は……もう一つ、ソフトをダウンロードしてくれたわ……海姫が。それも面白くて、つい夜更よふかししちゃって。こんなんじゃ、私はガンダムになれない」

「いや、ならなくてもいいと思いますけど……」

「そ、そうよね! 私が、私たちがガンダムならいいんだわ。それでね、いづる君」


 ふと顔をあげれば、おやつを両手で抱えた翔子がニヤニヤしている。目の前ですごく、すっごくニヤニヤしている。彼女はみんなにおやつを配りながら、なにか口をはさもうとした真也の腕を、ブッピガーン! と抱き締めた。

 突然絶句して、眼鏡の奥で目を見開く真也をいづるは目撃する。


「富尾先輩はこっち! わたしとこっちですー! ふふ、お邪魔虫は、メェ! ですよー」

「そ、そうでもあるが! そ、その、楞川! う、うでに当たって、当たって――」

「ほえ? どしたんですかぁ? 富尾先輩」

「当たらなければどうということは! ……直撃だとぉ!? フ、フハハハ、ハハハハ! 我が世の春がきたああああ!」


 真也がおかしくなった。

 彼は翔子から受け取ったサッポロのベジタブルスナックを開封し、ぽりぽりと食べ始める。そのまま翔子が隣のベンチへ去ろうとした、その時だった。

 ふと、玲奈が顔をあげて呼び止める。


「あ、そうだわ。翔子さん……ちょっと教えて欲しいのだけども。いづる君でもいいわ」

「え? わたし、ゲームはあんまし得意じゃないけどぉ」

「この、ウィング・アイ・フリーダム・アイっていうのを設定したいのだけど」

「……ああ! Wi-Fiワイファイのことですね! なんの話かと思ったよう」


 どうやらこの駄菓子屋、Wi-Fi環境が整ってるらしい……恐るべし、現代の駄菓子屋。子供たちの姿も周囲には多く、いうなれば小学生たちの社交の場だ。

 今はゲーム機で遊ぶ子供たちは当たり前だから、店側も導入したのだろう。

 そして、玲奈はスーパーパイロット級の機械音痴なのだ。

 そっと玲奈からPSVitaを受け取るなり、翔子が瞳を輝かせる。


「通信環境設定完了。PSショップリンケージ。画面明るさ濃度正常。システムデータ公式パッチ更新。壁紙をガンダムに。各種ボタン正常。全システムオールグリーン。プレイステーションVita、システム再起動。楞川翔子、玲奈先輩に、渡します!」


 ズガガガガ! と各種設定を一度に全部に終えて、にっぽりと笑顔で翔子は玲奈にゲーム機を返す。覗き込むと、既にオンライン状態になっていた。

 それを見た玲奈は、瞳を輝かせる。


「まあ……ネット接続、できて?」

「現状でPSVitaの性能はぜーんぶ出せますぅ」

「バッテリー切れのランプはついていない」

「そんなの、まだまだ先ですっ! 夢中で遊んでると、それがわからんのですー」

「使い方は画面を見てわかるわ。けど、ダウンロードコンテンツ……私に落せるかしら」

「玲奈先輩のクレジットは未知数ですけどぉ、注意して無駄遣いしないでくださいねっ」


 どうやら玲奈は、なにかのゲームの追加データをダウンロードしたかったらしい。

 そして彼女は、真也のベンチにさる翔子を見送りつつ……先程以上にいづるに密着してきた。二人で見詰めるゲーム画面は、あまりに綺麗な横顔が近くて、ドキドキする。

 頬が熱くて、頭が夢見心地の中で浮遊感を感じていた。


「ダウンロードできたわ……いづる君、見て。わたし、Gジージェネにも夢中なの」

「Gジェネ、というのは――」


 その時だった。

 不意に、駄菓子屋の周囲の子供たちが一斉に顔をあげる。

 その無数の瞳が視線を放つ方向から……が走ってきた。

 それは、あの少女がやってきたということ。

 駄菓子屋の前で静かに停止する金色の車体から、予想通り見知った顔が降りてくるのだった。

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