第3話「追撃! ドムドムドム」

 突然転校してきた二年生、古府谷文那フルフヤフミナ……人呼んで"ズィーオンの赤い彗星"とかなんとか。日陽ヒヨウいづるの好い人、阿室玲奈アムロレイナのライバルを自称する彼女の、その真意とは?

 そして、いづるは気になった。

 プライドの高そうな文那を、忘れえぬ屈辱に突き落とした玲奈との一件とは?

 どうしてもいづるには、信じられない。

 玲奈が人の尊厳を踏みにじるとは、到底考えられないのだった。


「どうしたのかしら、いづる君。難しい顔をしてるわ」

「えっ? あ、いえ……すみません。玲奈さん、そんなに難しい顔してました?」

「ええ。ガンダムMk5マークファイブみたいな顔してたわ」

「それは……難しい、顔ですね」


 さっぱりわからないが、どうやらいづるは顔に出やすいたちらしい。そんな彼の隣で、両手に鞄を持ってしずしずと、しかし堂々と歩く玲奈。二人が並んで歩くいつもの商店街は、平日のお昼時ということもあって賑わっていた。

 昼食を求めるサラリーマンや、女子会らしき若い主婦たちの団体と擦れ違う。

 そんな中、背後ではいつものように友人の二人が騒がしい。


「だからー、もぉ! 富尾先輩っ、ちゃんとSEEDシード見たんですかぁ?」

えて言おう、頑張って見たと! ……やはり大河原おおがわら先生のデザインは素晴らしい。それと、もっと軽薄なものと思っていたが、二つの人種が衝突してしまう戦争の悲劇が描かれてたな」

「そぉーなんですよ! で、やっぱりキラとアスランが……キャッ! 愛しあう二人は戦争に引き裂かれ、憎み合う中で対決を迎えて……そしてまた愛ゆえに手を取り合う。最高です!」

「そ、そうなのか? 俺には二人は、ただの友達にしか見えなかったが」

「富尾先輩っ、!」

「……す、すまん」


 毎度の調子で、ハスハスと楞川翔子カドカワショウコが一生懸命に喋っている。そんな彼女が右に左にとウロチョロする中で、富尾真也トミオシンヤはタジタジといった雰囲気で歩いていた。

 だが、真也がどこか嬉しそうに見えるのは何故だろう?

 そんなことを考えていると、不意に玲奈が立ち止まった。

 今日は玲奈が、是非とも行きたい店があって、そこで軽く昼食を取ろうということになっているのだが……その店はなにも珍しいものではない。どこにでもある、ありふれたファーストフード店、ハンバーガー屋である。都内では割りと有名なチェーン店だったが、玲奈にとっては特別な意味があるらしい。


「いづる君! みんなも! 今日はここ……ドムドムドムハンバーガーでお昼を食べるわ!」

「……ドムドムハンバーガー、ですよね。玲奈さん」

「駄目よ、いづる君! ドムは三機、三つじゃないと……ケロロ軍曹もそう言ってたわ」

「はあ」


 その店の名は、ドムドムハンバーガー。

 マクドナルドやモスバーガーといった大手の影で目立たないが、地道な営業活動でファンも多いファーストフード店だ。低価格帯のメニューが充実している他、コーヒーが飲み放題なのも手伝って学生たちに人気である。

 人の出入りが激しい混雑の中、謎の決めポーズで玲奈は皆を振り返った。


「私、ハンバーガーって食べたことがないわ。ホットドッグも美味おいしいけど、ハンバーガーよ、ハンバーガーなの! いづる君!」

「僕はいいですけど……えっと、翔子や富尾先輩は」

「わたし、ドムドム好きだよぉ? お値段手頃でたーっくさん食べられるもの」

「愚問だな、いづる少年。たまにはハンバーガー……食ってみるさ!」


 満場一致のようで、少し混雑した店内へと脚を運ぶ。すぐに笑顔で店員たちがウェルカムの挨拶を投げてくれた。席はほぼ埋まっているが、奥の禁煙席に二つ三つ、テーブルが空いていた。

 すると、真也が眼鏡のレンズに光を反射させながら機敏に動いた。


「まずは席を確保だ……戦いは非情さ。で、い、行くぞ、楞川! レジに大勢で並ぶのは非効率だ。俺は……楞川と同じ物でいい」

「はーい! じゃあ、いづちゃん! わたしね、お好み焼きバーガーにてりやきバーガー、ベーコンレタスバーガーのセット! コーラで!」

「……すまん、いづる少年。俺は野菜バーガーとコーヒーで……いい」

「富尾先輩、食が細いですねっ! じゃあ、席に座ってましょぉ」


 なんだかもう、話を聞いただけでげんなりしている真也がそこにはいた。彼は、そんな気持ちなどつゆ知らずといったペースでニッコニコな翔子を連れて、奥のテーブルへと向かう。

 そして、いづるの隣では……人生初のハンバーガーショップに、玲奈が興奮を隠せていない。


「さあ、あっちのレジが空いたわ。いづる君、注文の用意はどうかしら?」

「あ、いいですよ。一緒に四人分頼んで、席で精算しましょう」

「この数日間、全部のハンバーガーチェーン店を調査したわ。なのに、なぜドムが三つも並ぶ名前の店がわからなかったのかしら」

「だから玲奈さん、ドムドムハンバーガーですって」

「大丈夫よ、いづる君! 阿室玲奈、行きまーすっ!」


 優雅に一歩、力強く踏み出す玲奈。

 彼女は見守るいづるが心配でそわそわする中、レジを挟んで笑顔の店員と向き合った。その態度たるや堂々としたもので、初めてハンバーガーショップに来たとは思えない。だが、こういう庶民的な食生活、そして食文化には憧れがあるのだろう……どこか浮かれて気分を高揚させているのが、いづるにはすぐにわかった。


「はじめましてね、ドム!」

「え? あ、えっと、いらっしゃいませ! ご注文はお決まりでしょうか?」

「敢えて言わせてもらうわ、ハンバーガーであると!」

「は、はい、どちらのバーガーにいたしましょうか。こちらのメニューをどうぞ」

「よく言ったわ、ドム! ……厳選ナチュラルチーズバーガーをセットで、 人呼んで玲奈スペシャル!」

「お、お飲み物は……」

「断固、アイスティーよ」

「かしこまりました……ほ、他にもご注文は」


 駄目だ、まるで駄目だ。

 奇妙を通り越して奇天烈きてれつな言動になっている玲奈は、なまじ見目麗みめうるわしい美少女なのも手伝って客の注目を浴びている。なにより、応対している店員さんが引いてる。ドン引きである。だが、やはりハンバーガーが嬉しいのか、玲奈は形良い鼻をピクピクさせながら得意げだ。


「こ、こちらの、期間限定で復刻したお好み焼きバーガーはいかがでしょうか」

「これは、ドムを堪能できる……? 見事な対応だわ、店員さん!」

「ど、どうも、恐縮です」

「そう、忘れるところだったわ。そのお好み焼きバーガーを一つ。それと、てりやきバーガー、ベーコンレタスバーガーのセットをコーラで。そして野菜バーガー……そう、このフレッシュ野菜バーガーにホットコーヒーよ! ……いづる君は? なににするのかしら」


 あくまで優雅に、気品に溢れた態度で玲奈が振り返る。

 その向こうでは、なんだか妙な汗で苦笑する店員さんと目があった。自然といづるは、視線でスミマセンと何度も謝罪の言葉を送った。

 どうにか注文を終えて支払いを済ませると、トレイの上に次々と品物が並べられてゆく。

 それを興味津々の眼差しで見詰める玲奈は、子供のように瞳を輝かせていた。

 やはり、玲奈は高嶺たかねの花とうたわれる才女であると同時に、純真無垢な乙女だ。

 ロシアの荒熊じゃなくたって、彼女は乙女だ、と言わずにはいられない。

 やはり、いづるは確信する。ずっと気になっていた、文那のこと……彼女が言う、屈辱を受けた玲奈の仕打ちというのは、なにかの誤解か事情がある。筈。だと、思う。気がする。

 そうこうしていると、玲奈は沢山のハンバーガーが載ったトレイを手にとった。


「流石にドムね、見事な重厚感……ファーストフードもこうして集まると、十分なボリュームを感じずにはいられないわ」

「翔子がなんか、すみません。あいつ、時々牛馬のごとく食べますから」

「健康な証拠よ。さ、席に行きましょう」


 テーブルに向かうと、なにやら凄い勢いで翔子がキラアスがどうのこうの、イザーク総受けだのを喋り続けていた。真也は逆に無言になって、聞き手に徹している。

 それも、いづるたちが席についてトレイが置かれると、どうやら唐突に終わったようだ。


「わあ、玲奈先輩お疲れ様ぁ。えっとぉ、おいくらでしたあ?」

「まずはドムが先よ、熱い内に食べましょう。ヒートロッドは熱い内に打て、だぞ?」


 そんな慣用句かんようく、聞いたことがない。

 だが、敢えて突っ込まずにいづるはみんなにハンバーガーと飲み物をくばる。

 玲奈はこんな時でも「いただきます!」と元気に手を合わせると、開封したハンバーガーに、ハムッ! とかじりついた。そして、見る間にその表情がうっそりと朱色に染まってゆく。


「ああ、これが夢にまで見たハンバーガー……美味しいわ!」

「ふっ、阿室……どうやら人生初のハンバーガーのようだな。そうだ、ドムドムハンバーガーは財布に優しくリーズナブル。そして美味い。モスとも違うのだよ、モスとも!」

「わたしはどこのハンバーガーも好きだなあ。マクドとかまた、百円チーズバーガーやらないかなあ」


 すかさず真也が、全員のセットについてきたポテトを一箇所にまとめて、みんなでつつこうと言い出す。桜色の頬に満面の笑みで「フライドポテトありがとうね!」と、玲奈は上機嫌だった。

 いづるはいづるで、翔子はマックじゃなくてマクドって呼ぶのか、とツッコミぐせがつい心の中に呟きを広げる。幼馴染は東京生まれの東京育ち、関西人の血は入ってない筈だが。

 そうこうしていると、玲奈が周囲を見渡して立ち上がる。


「紙ナプキンを少し取ってくるわ。セルフサービス……実に効率的だわ」

「あ、僕が」

「いいのよ、いづる君。この賑わうドムの中を歩いてみたいの。……まあ、ドムは多くの場合はホバーで滑るように高速移動するのだけど」

「はあ」


 店内の活況の中へと、玲奈はしずしずと歩いて行った。トレイで商品を出してくれる際にも何枚かくれるが、やはりもう数枚ほど欲しいと思うのが、ファーストフード店での紙ナプキンである。

 なにより、玲奈にはファーストフードという文化そのものがデカルチャーなのだった。

 どこか楽しげに紙ナプキンを手に取り、他にも周囲の物珍しさに玲奈は嬉しそうだ。そんな背中を眺めていたら、いづるに控えめな声で真也が語りかけてくる。


「いづる少年、今日は驚かせたな。古府谷文那……彼女は、阿室のもう一人のライバル。俺が好敵手だとしたら、奴は宿敵……互いに激突を避け得ぬ龍と虎だ」

「は、はあ……そういえば、そんなことをさっき言ってましたよね」

「まあ、文那が一方的に敵視しているのだが、彼女は阿室と常に部活動でぶつかり、ことごとく接戦の末に敗北してきた。運動部は勿論、演劇や吹奏楽といった文化部でもだ」

「聖ズィーオン女学院って、確かミッション系のお嬢様学校ですよね」


 赤い髪も鮮やかな美少女、古府谷文那……彼女の登場は少なからず、真也にも影響を与えているようだった。そして、自他ともに認める阿室玲奈の一番のライバルは、どこか複雑な心境を吐露とろする。


「俺は……時々思っていたのだ。文那がうらやましい、と」

「羨ましい、っていうのは」

「男女同権の昨今、勉強でもスポーツでも、俺は阿室と競い、互いを高めることができる。だが……同じ女として、ほぼ完全に公平な勝負を挑める文那が羨ましいのだ」


 なるほど、清廉潔白な真也らしいなと、いづるは感心した。

 だが、次の瞬間には素っ頓狂なことを言われてしまう。


「勉強やスポーツなどならまだいい……文化祭がこれからあるというのに、阿室がメイド喫茶をやっても、俺は勝てんのだ! 俺がメイドの格好をする訳にもいかず、何故かザブングル喫茶やイデオン喫茶、ダンバイン喫茶は不評なのよね!」

「それは……ええと」

「それってでもぉー、玲奈先輩は面白そうだって言ってましたよお?」


 さっきまでモガーっとハンバーガーを頬張っていた翔子が、指をチロリと舐めながら笑う。そして、彼女はそのままいつもの緩い笑みで言葉を続けた。


「ただぁ、今日見た古府谷先輩って……なんかこぉ、思い込みが強いというか、妄想癖? みたいな……家に薄い本がいっぱいあったり、カップリングのこだわり強そうな人ですよね~」


 お前が言うな、という顔をいづるはしてしまって、同じ表情を真也に見出す。

 そうこうしていると、どこまで話を聞いていたのか、戻ってきた玲奈が言葉尻を拾った。


「文那さんはとても優秀な方よ。私と幾度も勝負して、危うい場面は何度もあったわ。正しく、ズィーオンの赤い彗星に恥じぬ試合の数々……でも、ね。ちょっと思い込みが激しいの」

「そうだな……そして、いづる少年! 気をつけ給えよ、君は! 今朝、あの女を助けただろう? 文那は勘違いしやすいからな。運命の人くらいには想われているかもしれん」


 それは困ると思った、その時だった。

 いづるの隣で玲奈は、小さく頬を膨らませた。

 彼女なりに今、面白くない話を耳にしているし、先ほどは実際に目にしたのだ。あの時、文那の前では毅然きぜんとしていたが……こうしている時は普通の女の子のように、いづるにヤキモチを焼いてくれる。

 そういうなにげない表情を見られるのが、いづるにはこの上なく嬉しかった。

 そして、いかなる相手であろうと、無敵のヒロイン阿室玲奈はいささかもたじろがない。


「文那さんとはいずれ、ゆっくりお話したいわ。それに……いづる君がいくらかわいくて愛らしくて素敵で、類まれなる平凡さの中に確固たる強さを秘めた男の子だからって、それは駄目よ。気安いわ」

「あのー、玲奈さん……僕、褒められてますか? 褒められてるですか、それ」


 男としては、かわいいとか愛らしいとかは、全然うれしくないものだ。

 だが、そんないづるの困惑顔を見て咳払いしつつ、玲奈はいつものおおらかな大物の笑顔で微笑んだ。


「さ、文那さんの話はここまでよ。高校生がこうして寄り道してファーストフード店……しかも、ドム! ドムドムドムハンバーガーなのよ。もっと高校生らしい話をしましょ」

「はい! はいはい、はーいっ! 玲奈先輩っ、玲奈先輩的にはSEEDの推しカプはなんですか? わたしはやっぱりぃ、キラアス……でも、ラウフラガ、もしくはその逆も」

「推しカプ……推挙したくなるカップリングということかしら? それだったら断然、最終回間際の。いずれ白服を着るイザークは、一人で連合のガンダムを二機も撃墜しているわ。このスコアは大きな意味があるんじゃないかしら」

「わあ、イザディアですかあ~! わたしもそのカプ、すっごく好きですぅ。グレイトォ!」


 ――これが、高校生らしい会話だろうか?

 だが、きっと玲奈は憧れていたのだ。普通の女子高生のように、友達と寄り道して、なんでもない会話に花を咲かせる。それは、かつて友達がいなかった彼女にとっては夢のまた夢だったに違いない。

 それに、いづるは思うのだ。

 大好きなガンダムを堂々と、楽しく語れる玲奈でいて欲しいと。

 反面、翔子のように腐って欲しくないとも、少しは思う。

 そんなこんなで、四人は小一時間ほどドムドムハンバーガーの賑やかな店内でお喋りを堪能するのだった。まだまだ暑い九月の一日、新学期が始まったばかりの午後だった。

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