留置所と通訳

「……まさか異世界の監獄に入るなんてねぇ」

「留置所だ。ここで事情聴取とかするはずなんだが……」


 調書を取るにも、言葉が通じないからなんとも言えない。


「こういう場合、どうすりゃいいんすかね」

「とにかく話しをするんだ。こちらと言語が異なるから会話できないことを知ってもらわねば」


 そうすればなにかしらリアクションを得られるはずだ。ある程度文明が発達しているから、いきなり殺したり監獄送りになったりはないだろう。

 他国からのスパイと思われる可能性もないとは言えないが、周囲と全く異なる服装、つまりかなり目立つ格好をした諜報員なんて誰も使わないと思うし、そこらへんは大丈夫な気がする。


「じゃあ折角っすから俺やカンダラさん、オシコさんが行った不思議スポットの話でもするっすよ」

「おっ、それ聞きたかったんだ。時間もありそうだし話してくれ」


 それからハッシャクは初めて行ったホラースポットの話から始めた。




 暫く話をしていると、看守らしき男がパンと野菜炒め、飲み物を持って来た。


「おっともうそんな時間か」

「おー異世界食! 留置所だからそんなに美味そうじゃないけど感激!」


 初の異世界メシにみんな大興奮。恐れがないのかハッシャクが早速パンへかぶりつく。


「酸っぱ! なんだこのパン、酸っぱ!」

「飲み物も酸っぱい……ワインとビネガーの中間みたい……」


 そして野菜はしょっぱいと。

 飲み物は仕方ないとして、野菜はパンに挟んで食うのがいいだろう。


 みんな半泣きになりつつもなんとか完食。これ実は刑なんじゃないかと思った。



「それよりすまなかったな。いきなりこんなことになってしまって」


 俺が巻き込んでしまったのだから謝らなければならない。留置所にぶちこまれるなんて恐怖や不安でいっぱいだろう。


「いやいや、これもまた経験っすから!」

「むしろ元より想定していたことさ」

「異世界! タイーホ! 釈放してくれるイケメンとのラヴ!」


「……なんか楽しそうだな」

「楽しいっすよ。物語ではぼちぼちあるシチュエーションっすから」


 どんな物語かよくわからんが、とりあえず彼らが前向きで助かった。


 というよりも、話を聞く限りどうやら彼らは廃墟などに入り込み、住居侵入罪で何度か留置所に入ったことがあるらしい。要するに慣れているわけだ。



「まあ、むしろいざとなればオレがピッキングして脱出する」

「おいおい、普段なにやってんだ」

「実家、鍵屋なんだ」


 ついリアルの話をしてしまったが、犯罪沙汰というわけではなくてよかった。

 ……いや、その技術を用いて廃墟とかに潜入していそうだ。あまり深く突っ込むのはよそう。



 そんな話をしていると、また看守らしき男がやって来て、俺を指さし手を招くようにしている。きっと事情聴取だろう。


「なんか俺だけ呼ばれてるっぽいけど……モモンガさん、一緒に来てくれ」

「りょーかい!」


「俺のほうがよくないっすか?」

「彼女には言葉を覚えてもらうつもりだっただろ。少しでもこの世界の人と接触する機会があったほうがいい」

「ああ、そうっすね」


 俺とモモンガは檻から出ると、通路の先にある部屋へ案内された。



 そこにいたのは、眼鏡をかけ口ひげを蓄えた初老の男。印象的には博士っぽい。

 そして隣にいるのは少し派手な服装の、まるで道化のような男だった。


 博士的な人は、俺たちと机に座らせると、目の前に紙と細長い筒を置いた。


「シャ、ヒティ」


 それぞれを指しながらそう言った。それを2、3度繰り返す。


「紙がシャなのかな」

「この筒は……細竹で作った万年筆みたい。これがヒティ?」


 ものの名前を説明している。つまり言葉が通じていないことがわかっていて、そういう相手と対話する術を構築しようとしているのがわかる。


 そしておかしな恰好をした人が立ち上がり、不思議な踊りのようなものを始めた。


「どこ、から、きたのか?」

「モモンガさん、わかるのか!?」

「パントマイムみたいなものだよ。昔の字幕のない無音映画とかで使われていた技法かな。手話とは違って雰囲気で理解するものだからなんとなくわかるよ」


 なんだこの子、ハイスペックじゃないか。

 だけど適材適所という言葉通り、彼女は先遣隊としてかなり有用だ。


 それでどこから来たかだったな。外国人とかとも滅多に会わないから無駄に焦る。


「え、ええっと……じゃ、じゃぺぁーん」

「普通に日本にっぽんでいいじゃん」

「そ、そうだね」


 いかん、なんで俺のほうが慌ててるんだ。


 そして折角だからと、モモンガはスマートフォンを取り出し録音しながら言葉を書き込み始めた。

 表情は活き活きとしている。あとは彼女に任せれば大丈夫そうだ。


 そんな感じでやりとりを見ていたら、役人らしき人に再び招かれる。俺はそちらへ行くと、そのまま檻へ戻された。

 年長者だから俺を呼んだのだろうが、大して役に立たないと思われたのだろう。少々情けない気もするが、事実だから仕方ない。


「アリスのおっさん、どうだったんすか?」

「どうも俺たちと会話をしようとしているみたいだ」

「できるんすか?」

「そこらへんはモモンガさんががんばってくれるだろう」


 完全に他人任せになってしまっているが、情けないことにこういうことは頼らざるをえない。




 暫くするとモモンガが戻って来た。あちらへ笑顔で手を振り、謎の言葉を発していた。


「どうだった?」

「うん、とてもいい人たちだったよ! 言葉も少し覚えたし!」


 凄いなこの子。若さだけで片付けられないなにかを持っている。


「もう少ししたらみんな釈放してくれるって! それで私にも暫くお世話になれるところを探してくれるみたい!」


 そこまで話を進めていたのか。どういうコミュニケーション能力をしているんだこの子は。



 モモンガが戻って10分くらい経ったころ、俺たちは本当に解放された。

 そしてとりあえず戻るのは、俺を含めて4人だけ。



「本当にひとりで大丈夫か?」

「うん! 心配しなくても大丈夫!」


 モモンガは大きく手を振り、俺たちを見送った。




「これでこの世界の人たちとのコミュニケーションと言語はなんとかなりそうっすね」


 帰り際、みんなで今後のことを話し合う。色々と思うところはあるだろうが、見通しが立ちそうだという感じだ。


「そうだな。順調な出だしだ」

「あとは穴の出入り口の小屋っすね」

「だな。他には……」


「あのな、むしろこっちに電気とLANを引こう」


 カンダラの意見に少し驚いたが、こちらと向こうで色々とやりとりができれば確かに便利だ。


「家から穴まで120メートルくらい。穴の長さが30メートル前後。むしろ余裕をもって180メートル。それくらいの長さのキャプタイヤケーブルを仕入れよう」

「それだけ長いとかなりロスがあるんじゃないか?」

「40Aのキャプタイヤならむしろロスは出ないはずだ。あとLANは100メートルのがあるから、途中で中継の箱を作ろう。一旦ルータに繋げばいくらでも延ばせる」


 彼の言うむしろは一体どこにかかっているのか未だ気になるのだが、それほどロスがないのならやってもいいだろう。あとは断線とか劣化をしないようしっかりとカバーをしないといけない。地面直置きだとどうしても劣化するし、虫や動物に齧られたら大変だからな。



 段々現実味を帯びてきた異世界ツアー。

 この感じなら数か月もしないうちに開業できそうだ。

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