八人の太郎 ~鬼ヶ島地獄変~

伊武大我

桃から生まれた復讐鬼

 昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。

ある日、おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

おばあさんが川で洗濯をしていると 

 どんぶらこ どんぶらこ

と、川の上の方からとても大きな桃が流れてきました。

おばあさんはあまりの大きさに驚きながら、これはいい。おじいさんと一緒に食べよう。とその大きな桃を必死に家に持ち帰りました。


 さて、家に帰ってくるなりその大きな桃を見たおじいさんはあまりの大きさに腰を抜かしてしまいました。

ど、どこからこんな物を!と驚くおじいさんにおばあさんがことの顛末を説明し、一緒に食べましょうと言いました。

山での作業中、蛇と格闘していてお腹の空いていたおじいさんはうむ、確かにおいしそうな桃だ。さっそく食べよう。と包丁でその大きな桃を真っ二つにしました。

すると、なんという事でしょう!桃の中から大きな赤ん坊が出てきたではありませんか!

二人はびっくりして腰を抜かしてしまいました。しかし二人には子供がいなかったのでわが子ができたと大喜び。

その赤ん坊に「桃太郎」と名付け、大切に育てました。



 桃太郎はおじいさんとおばあさんの愛情をたっぷりと受け、すくすくと大きく、そして力強く育っていきました。

そしてある日のこと、近くの村人から鬼ヶ島の話を聞いた桃太郎は突然、こんな事を言い出しました。


 「俺が鬼ヶ島の鬼を退治してくる」


それを聞いたおじいさんとおばあさんはびっくりして腰を抜かしてしまいました。

鬼ヶ島の鬼と言えば、最近近くの村を襲っては食料や財宝を奪い取っていく凶悪な連中です。

おじいさんの山も被害にあっていたので、そんな危険な所にお前をやれない。とおじいさんとおばあさんは反対しました。

しかし桃太郎の意志は固く、その凛とした眼差しを見ているうちにおばあさんは本当に成し遂げてしまうのではないかという気持ちが現れてきました。

何より大事な息子の頼みなのです。

息子が死の危険に晒されるはもちろん嫌ですが、かと言って望みを叶えてあげないというのも嫌です。

そこでおばあさんは食べると百人力が出るきびだんごを拵えました。

そして桃太郎に、一つ食べれば百人力。二つ食べれば千人力。だが三つは食べちゃいけないよ。大変な事になるからね。

と、言いながら十個のきびだんごをくれました。

桃太郎は「ありがとう。これで鬼と戦える」と勇ましく家を出ていこうとしました。

しかし、家から出る寸前の所でおじいさんに呼び止められました。

そのままでは戦えないだろう。そう言うとおじいさんは自分がいつも寝ている場所の床を外しました。すると、なんと中から大きな剣が出てきました。

体の大きく、力の強い桃太郎でも両手でなければ持ち上げる事ができません。

これがきっと役に立つだろう。と言いながらおじいさんは桃太郎に剣を渡しました。

とても古そうで、しかしとても神秘的な剣でした。

桃太郎はその大きな剣を背中に背負い、お礼を告げると、今度こそ勇ましく鬼退治の旅へと旅立っていきました。



 ――しかし家を出て少し進んだところで遠くに煙と火の手が見えた。

隣村の方角だ。

桃太郎が嫌な予感を感じおじいさんから貰った剣を握りしめる。

すると向こうから村人がやってくるのが見えた。

 「ぉ、鬼だぁ!鬼がきた!早く逃げろぉ!」

村人が傷だらけで必死の形相でそう叫びながら走ってくる。

それを聞いた桃太郎はおじいさんとおばあさんを逃がそうと踵を返した。

背負った剣の重さで一瞬転びかけたが気にせず走った。

しかし、もう手遅れだった。

鬼たちは村の方とは逆の方向からも攻めてきたらしく、すでに周りは鬼だらけだった。

桃太郎は何とかおじいさんとおばあさんを逃がそうと、全速力で家の中に入った。

家の中では外の様子を見たのかおじいさんとおばあさんが抱き合ったまま小さくなり震えていた。

桃太郎!なんで戻ってきたの!?早く逃げなさい!

おばあさんが鬼に聞こえない程度の小さな声で叫んだ。

 「二人を置いて逃げられるわけないよ」

桃太郎はさっさと逃げろ!と抵抗する二人を無視して無理矢理外へと連れ出した。

そして比較的足の遅いおばあさんを抱きかかえ、出せる限りの速度で走った。

 「おじいさん!早く!」

おばあさんよりは早いとはいえ、桃太郎の速度に比べてしまうと断然遅いおじいさんが付いてこれているかの確認も込めて桃太郎はおじいさんに声をかけた。

わしはいいから!早くおばあさんを連れてにげ…

急におじいさんの声が途切れた。

不審に思った桃太郎が振り返ると、おじいさんの姿がない。

そんな!まさか!と桃太郎は最悪の事態を想像した。

血の気が引いていくのが分かった。

事実を確認するのが怖くて一瞬体が強張った。

しかし一縷の望みにかけて桃太郎は辺りを見渡した。

よく見ると少し離れたところに横たわるおじいさんの姿が見えた。

どうやら鬼に吹っ飛ばされたようだが、動いている。まだ死んではいないようだ。

想像した通りにはならなくてよかった…

つい安堵のため息が出た。

しかし鬼が今まさにおじいさんを踏みつぶさんと近寄っている。

桃太郎は今来た道をおじいさんの元へ全速力で走っていった。

そしておじいさんの隣におばあさんを下すと、鬼の前に立ちはだかった。

そしておじいさんから貰った剣を力いっぱい振り回す。

 「おじいさんにぃ!近寄るなぁああ!!」

桃太郎は剣術を知らない。

文字通り力の限り振り回した。

関節の軋む音が聞こえた。

桃太郎もこれで鬼が倒せるとは思っていない。

しかし力の限りに振った。振り回し続けた。

おじいいさんを殺そうとした鬼が許せなかったから。

安堵は怒りに変わった。

桃太郎は少しでも鬼を傷つけようと、精一杯の力で剣を一文字に薙いだ。

腕の一本くらいは切り落とせるかと思っていたが、不思議な事に目の前の鬼がすごい叫び声を上げながら燃え始めた!

桃太郎は最初どういう事なのか理解できなかった。

気付かなかったが目の前に雷でも落ちたのかと思った。

しかし一心不乱に剣を振るうちに、周囲の温度が上がっている事に気付いた。

よく見るとおじいさんから貰ったこの剣が燃えている。

正確に言うと剣を振る度に炎が噴き出し、鬼たちを燃やしていた。

剣から炎が噴き出すなんて一体全体どういう事なのか桃太郎にはさっぱりわからなかったが少しニヤリとしながら、よし、これならばと桃太郎は鬼の大群へと向かっていった。

おばあさんはやめなさい桃太郎!早く逃げましょう!と叫んでいたが、桃太郎は殺してやる…と聞く耳を持たない。

そして鬼の大群の前に立ち、さあ燃やし尽くしてやるかと剣を振り上げたところで様子がおかしい事に気付いた。

何匹かの鬼が何かと争っているようだ。

桃太郎がよく目を凝らしてみるとどうやら動物のように見える。

最初に目についた鬼は猿と争っているようだ。

鬼の巨体をあちこち飛び回って攻撃してくる猿を鬼はうるさがってはいるが、ダメージが与えられているようには見えない。

その鬼はその猿の毛並みに似た毛皮でできた腰布のような物を着けていた。

その近くの鬼は鳥と争っているようだ。

捕まりそうになると華麗に羽ばたき、鬼の手をくぐり抜けながら執拗に鬼の目を狙っている。

これにはさすがの鬼もダメージがありそうだ。

その鬼と周りの鬼の腰と肩には大量の雉の死体が首を切られて逆さまに吊るされていた。

反対側の鬼は白い犬と争っているようだった。

鬼の巨体にダメージが与えられているのかわからないが、必死に噛み付き、引っかいている。

よく見るとその犬はおじいさんが山に行くとよく可愛がっていた野犬だった。

桃太郎も何度か遊んだ事がある。

いったいなぜこの3匹が鬼と争っているのか

詳しいことは桃太郎にはわからなかったが三匹の鬼にも勝る表情から同じ思いを感じた。


――殺してやる――


状況は違えど目的は同じであることを悟った桃太郎は、燃える剣を振り回しながら加勢に入る。

近くの鬼は切り付け、寄ってくる鬼は炎の餌食に。

周りの木々諸共鬼を燃やし、空気が揺らぎ、鬼の悲鳴が響き、肉の焼ける臭いのするその様はまさに地獄絵図。

もはや赤く照らさせる桃太郎の顔は鬼どころが地獄に住まう悪魔のようであった。


 とりあえず怒りが落ち着くくらいに鬼を殺した桃太郎はふと、先ほどの3匹の方を見る。

桃太郎の野焼きでだいぶ鬼が減ったとはいえかなり苦戦しているようだ。

そこで桃太郎はおばあさんからもらったきびだんごを思い出した。

「(確か一つ食べれば百人力と言っていたな)」

桃太郎はきびだんごを入れた袋から三つ取り出し三匹に一つずつあげてみることにした。

この激戦に近づくのはあまりにも危険なので、桃太郎は絶妙なコントロールで三匹の口の中へきびだんごを投げこんだ。

小鳥を石で落として遊んでいたのがこんなところで役に立つとは―


いきなり口の中に何か丸い物が飛んできた三匹は、それが何なのか確認する間もなく飛んできた勢いでつい飲んでしまった。

最初は口に入ってきた異物を排出しようと咳き込んだりえずく三匹であったが異物が奥へと進み、胃の中へと落ち着くと三匹ともおとなしくなった。


 一番初めに変化があったのは犬だった。

急に牙を剥き出したかと思うと苦悶の表情を浮かべながら唸りだした。

そして次第に唸りは叫びへと変わり、目は血走り真赤に腫れ、肉は膨れ上がった。

牙は伸び、爪も伸びた。

痛みからか苦痛の表情を浮かべていたせいもあってまさに「怪獣」のようであった。

他の二匹も痛みで叫びながら体がみるみる大きくなっていった。

目が血走り、牙や爪が伸びた。

鳥は肉が膨れる代わりに羽が大きくなり、鋼のように固くなった。

そして変化が終わった三匹は痛みと怒りをぶつけるように鬼たちを襲い始めた。

筋肉がパンパンに膨れ上がり牙や爪が伸びた犬と猿は鬼の攻撃をものともせず、鬼を引き裂き、噛み千切った。

羽が鋼のように固くなった鳥は高速で飛び回りながら鬼たちを翼で切り裂いた。

今まで三匹を軽くあしらっていた鬼たちを一気に追い詰め始めた。

予想以上のきびだんごの効果に桃太郎も少し引いていた。

「(ほんとにまずい時にだけ使おう…)」

自分もあんなに筋肉が膨れ上がったりするのかと思うとちょっと使うのに抵抗を感じた。


 あっちには放火魔。こっちには怪獣と行き場をなくした鬼たちは徐々に後退しはじめた。

落ち着いては来たが怒りの収まらない桃太郎は追い打ちをかけようとした。しかしおばあさんの泣き声がして踏みとどまった。

おばあさんがおじいさんに覆いかぶさりながら泣いていた。

近寄ってみるとおじいさんの動きが止まっていた。

鬼を燃やすことに夢中でおじいさんが死ぬなどとこれっぽっちも思っていなかった。

おじいさんが桃太郎にって…と言いながらおばあさんが小さな石の様な物を桃太郎に渡した。

半透明で黄色い稲妻のような模様の入った石だった。

桃太郎は叫んだ。

おじいさんのその小さな石を握りしめながら

怒りに任せて大事なものを失った自分の馬鹿さとおじいさんの命を奪う直接の原因となった鬼たちへの怒りの叫び。

するとまるで共鳴するかのように犬が吠え出した。

もう変化は収まっていた。

そしておじいさんのもとに近づきぺろぺろと顔を舐めだした。

まるでなんで起きないの?という顔をしながら…


他の二匹も泣いていた。

鬼の落とした毛皮と首の無い鳥の死体の前で。

ひたすらに泣いていた。怒りの表情を浮かべながら…


もはや叫ぶだけでは収まりのつかなくなった桃太郎はおじいさんから貰った剣を背負い、黄色い石を握りしめ動きだした。

ど、どこに行くんだい?!と問いかけるおばあさんに対し桃太郎は一言言い放った。


「鬼ヶ島を地獄にしてやる…」


そして目的を同じとする三匹とともに歩き出した。

一人残され、悲しむおばあさんの顔も振り向かずに…

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