第2話『出逢った者達の話』

 


帰還後、セナは謂われた通りに真っ直ぐに教官室へと来て九条教官くじょうきょうかんの話を聞いた



『君には今日から“デスジェネシス”として働いてもらう』


『はい』


『詳しい話はこの者に任せてある』



その後、女性に連れられて地下にある牢屋へと向かった


移動中は“デスジェネシス”の説明で二人一組のペアで任務をするとの内容だった


そして今いる牢屋には、セナのパートナーになるであろう“モンスター”である多田羅尊に会いに来ている



「では、私はこれで失礼します」


 

女性は牢屋の前まで案内すると来た道を戻ってその場から去っていく


セナは途中で女性から渡された“多田羅尊のデータ”を抱え、両サイドに多くの牢屋が並ぶ道を迷う事なく真っ直ぐに歩き出す



(……ここですね)



たどり着いた先は、他の牢屋よりも頑丈に作られていて牢屋というより監禁場所のような全く中が覗けない状態であった


先程の女性からデータと一緒に渡されたカギをポケットから取り出すとセナはジッとそれを見つめる


カギは二種類あり、一つ目はここの扉のカギで二つ目は中の“封印の扉”のカギだと教えられた


セナは無表情のまま戸惑うことも恐れることもなく、一つ目の扉を開ける為にカギを射し込む


ギィィっと錆び付いた音を立てて開いた扉の中に、もう一つの“牢屋”が目の前に現れる


鉄で作られた檻は普通のものだが、その鉄には隙間無く何かの“札”が貼られていた


きっとこれが、“封印の扉”なのだろう



「……やっと来たか。俺の“監視役”」



ギシリとベッドの軋む音が鳴り、闇の中から男の低い声が聞こえた



「貴方が“多田羅尊”ですね」


「ああ、そうだ」



多田羅はゆっくりと檻の近くに近寄り姿を現した


闇から現れたのは白銀の髪に濃いブルーの瞳で、今までセナが闘ってきたどの化け物とも違う雰囲気を漂わせているのが分かった


目立つ見た目だからではなく、どことなく違和感のある気がした


しかし、セナにとってはどうでもいい



「今日から、貴方の“パートナー”になる安城あんじょうセナです」



敬礼をして自己紹介したセナに多田羅は何の反応もせずに上から下へとセナを品定めするかのような視線を向ける


最初の第一印象は、黒髪のツインテールに男より細い手足と腰と色白の肌……それから、感情が分からない無表情の顔とだけ


とても強そうに見えない見た目に、多田羅は心の中で溜め息を零すほかなかった



「…まぁ、今回のも駄目だって事だろな」


「?…多田羅尊、何か言いましたか?」


「いや、別に」



多田羅の言葉に「そうですか」と返したセナは、手に持つ少し分厚い用紙の束を本人の前でパラパラとめくり始めた


そのスピードはただ紙をめくっていると思わせる程に早く、ものの数秒で全てのページが終わる



「…全て読みました」


「はっ?“読んだ”?」


「はい」



多田羅は驚いた、あの一瞬で“全てを読み上げた”とセナは言うのだ


ここに来る奴らは大抵、自分に関するデータを持ってくる


だから、セナが手にしていたモノがそれだという事は分かっていた


だがしかし、今までにパートナーになった奴らですら一日掛ける程にビッシリと書き込まれている筈だ


それなのにこの”ただの“人間にそんなことが出来るだろうか?



「…デマ言ってんじゃねーぞ」


「?それはどういう意味でしょうか」


「普通の人間が、そんな数秒の間に全部覚えられる筈がねぇんだよ」


「では、私は普通じゃないんでしょう」


「……ふざけんなよ」



尊は何を言っても無表情で話すセナに少々痺れを切らし“殺気”を少し出してしまった


けれど、セナには効いていないのかピクリとも表情が変わらない



(…普通の、しかも女なら尚更俺の殺気にはビビるってのに……)



あまりのことに尊も先程のイラつきがどこかへいってしまったようで溜め息を吐いた


状況が把握出来ていないセナは、頭に?マークを浮かばせて尊をみるだけ


やがて、考えるのを諦めた尊はベッドに腰掛けて煙草に火を付けて吸いはじめた



「あの、」


「…なんだ。話は終わったろ」


「いえ。先程のデータによれば人間と同じ食事ができるそうなので、今から食事をしに行きましょう」


「……はっ?」


「もう直ぐお昼なので、お腹を空かしている筈ですので」



セナはそう言って持っていた“封印のカギ”をなんの躊躇もなくカギ穴にさして扉を開けた


尊は唖然としてその光景をみると、瞬時に近付き扉を閉め直す



「…?多田羅尊、どうしましたか」


「どうしたもあるか!誰が行くって言った!!……行くなら一人で行け」



扉を閉めたまま、尊は焦ったようにセナを怒鳴るが最後には低い声で断ったのだが……これまた無表情で言葉を返された



「私一人で行っても意味がありません」


「あぁ?独りが寂しいなら他の奴と行きゃいいだろ」



開けようとするセナに、開けさすまいと扉を支える尊の声は未だ低くく普通の人間ならばここで引き下がるだろう


だが、セナは普通ではなかったらしい



「怖いんですか」


「…なんだと?」


「檻の外が怖いから、何年もここに閉じ籠もってるんですか」


「テメェ…!!」



カッとなる尊をよそに、いきなり冷たいコンクリートの床に座りだしたセナの姿はまるで読めない行動だった


出ている肌の部分が床につく様は、みている側も冷たさを感じる程にそこは冷えている


なのに、それですら無表情にしているセナを尊は少しばかり不気味に思った



「檻から出たくないと言うのでしたら、致し方ないですね。ここで食事をするとしましょう」



また訳の分からないことを口にするセナに戸惑っていると、ズボンの左足首に手を伸ばしズボンの裾のチャックを開けるとなんと隠しナイフがあった


尊はなんとなく嫌な予感がした



(いや、まさかな…)



そんなことを考えている内に、あっという間にセナは自分の腕を捲りナイフで切り裂いたのだ



「っ!?」



これは流石の尊も驚いた


しかしセナ自身、なんともないような表情で檻の内側に居る尊に向けて切った右腕を差し出す


右腕には大量の血が流れ出ていた



「外で食事が出来ないのであれば異性の血で食事は可能だと書いてありました」


「………お前、馬鹿だろ?俺が呑まなきゃ、お前死ぬんだぞ。俺はお前がどうなろうが関係ねぇ…そんな俺が呑むと思ってんのか?」


「私はどちらでも構いません。アナタのパートナーの代えなどいくらでもいますので」



セナは、まるでここで死んでも構わないと言うような言葉を口にする


その間も血は流れ出ているというのに……セナは痛みに顔を歪ませることもせず無表情のままだった



「普通……ここまで切ったら痛いだろ」


「私に痛みなど感じません」



とっさに出た哀れみの言葉にセナは驚く言葉を口にした



「痛みが、感じない?」


「はい。一言で言えば“感情”を無にする、そう訓練を受けましたので」


「訓練?」


「はい。感情があれば不利になる場合を想定し、総教官の指示により数十年前から密かに計画されていた組織を作り出したそうです。そして、それに適した人材の条件である”使い捨ての出来る幼い子供“を集め、我々が造られ成功したその一人が私です」



まるで機械が話しているような違和感のある喋り方はそのせいかと尊は納得した


そして、自分の知らぬ所でそんなおぞましい実験をしていたとは思いもしなかったのだろう


つくづくここの人間の考えが気に食わないと思った


だが、今はそれどころではない


早く出血を止めないと本当に死んでしまう


話は血を止めてからゆっくり話せばいいと尊は怒りの感情を抑える



「…チッ…余計なことしやがって」



差し出された血に染まるセナの腕に顔を近づけさせ、傷口に唇を寄せて舐めはじめた


すると舌が触れる傷口が次第に塞がっていく


傷が全て塞がると、腕についた血を舐めるように舌を使って口元の血を拭った



「食事は終わりましたか」


「……ああ」


「では、これから私の家に行きましょう」


「…なんで」


「正確には養子として住んでいる家なのですが、旦那様と奥様が是非とも会いたいと仰っていましたので」



セナは、何事も無かったように隠しナイフをしまい立ち上がると埃を払う仕草をしながらなんの感情も抱かないとばかりの表情で言う



「多田羅尊を連れて行かないと私が家に入れません」


「……分かった。けどその前に、一つ約束しろ」


「?…なんでしょう」



諦めたのか檻から出てくる尊に振り向くと、静かに怒っているような真剣な顔でセナを真っ直ぐと見据えた



「もう二度と、あんな真似するな。今度はねぇと思え、いいな」


「でわ、今後は拒まず食事をして頂けますか」



此方が約束させようとしているのに、何故か自分がさせられているのは気のせいだろうかと尊は思った



「………チッ…分かった」



しかしここで否定すれば、また何をするか分からないと尊は渋々と応えた



「では、コレをどうぞ」



その返事を聞くなり、セナは”パートナー“の証であるシルバーの腕輪を差し出した


シルバーの腕輪には、黒のプレートに白のバーコードが刻まれていた


パートナーであるからには、お互いがそのパートナーであるという証拠の証明写真が必要である


例えば、買い物に行くとレジで店員が赤いセンサーで値段をコンピューターに送り込んでするあれとほぼ同じだ


が、この場合は少し違っていて自分の顔写真をパートナーである相手に付けることでパートナーである証になるのだ


尊はやや細い腕輪を手に取ると手慣れた手つきで左腕に着ける



「ああ。あと、言い忘れていましたが」


「まだなんかあるのか」


「家に着いても私には関わらないで下さい」



セナの言葉にまたしても驚かされる尊は言葉すら出てこなかった



(……今回の“監視役”は、かなりの訳ありみたいだな……)



この時から、セナに対する気持ちが揺らぎ始めていたのかも知れない


……そのことにまだ、尊は気付いていない


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