第3話「悪魔の大好物」

 戦い終わって陽が暮れて……

 ここは悪魔王国ディアボルス、王都ソドムにある王宮大広間。


 俺達は任務を終えて荒野から戻り、悪魔王アルフレードルへ報告をする為に待機しているのである。

 このような場合、通常私語は厳禁なのだが俺達は王家の親族という事もあって黙認されていた。


「ああ、酷い目にあった!」

「ホント、ホント!」

「あの不気味な……平べったいかさかさ動く姿を思い出したら、絶対にご飯が食べられないよ」


 嫁ズから不満が噴出していた。


「皆様、とんでもない仕事をさせてしまい、大変申し訳ありませんでした!」


 イザベラが両手を合わせて素直に頭を下げたのには理由がある。

 無理もない――よりによって最後に出現したのが、黒光りする『アイツ』だったからだ。


 アモンが俺を見て、にやりと笑う。


「トール! 商売をしているより、お前はやはり戦いの中に身を置く方が似合う」


「戦いって……相手が蟻やゴキでも?」


「……蟻やゴキでもだ」


 きっぱりと言い切るアモン。

 まあ相手が何であっても戦う事が必要な場合は仕方がないわけだが……アモンの奴、何故か面白がっているような気がする。


「アルフレードル様のご出座ぁ」


 侍従長アガレスの声が高らかに響き、いよいよ悪魔王のお出ましである。

 いつもは厳しい義理父ではあるが……今日は珍しくにこにこしている。

 一体、どうしたんだ!?


「トール、イザベラ、そして皆の者、よ~くやってくれた」


 ああ、やはり機嫌が良い。

 とりあえず話を聞こう。


「お前達が奴等を掃討してくれたお陰で、あの地区を農場として開発出来る。また農地面積が増え、我が国の食糧事情は著しく改善されるのだ」


 アルフレードルは満足そうに頷く。


「お前達にはたいへん感謝しておる。創世神による縛りは相変わらずあり、我々悪魔族は地上で自由に暮らす事は出来ないが、お前の口添えでガルドルドのテオフラストゥスが魔界へ来訪し、彼の協力で食糧不足が大幅に改善された。その結果我が国民は人生……いや魔生に前向きになっている。実に喜ばしい……よって褒美を遣わそうと思う」


 褒美か!

 待ってました!

 ゴキの大群を倒したり、蟻を塵にしたり頑張って働いたのだから当然報酬は欲しい。

 だけど悪魔王国の国民栄誉賞とかって言われたらどうしよう?

 ちょっと微妙かもしれない。


 しかしその予想は……見事に外れた。


「我が手の中にはベリアルとエリゴスから没収した財産がある。トールとその一族には今回の討伐の褒美としてそれを授けよう」


 貰えるのがベリアルとエリゴスの財産?

 何だろう、それ?


「バルバトスにアモン! 王国の食糧事情改善に多大な貢献をしたトールに授けるのは当然だな」


「仰る通りです、陛下」

「御意!」


 何か意味ありげなやりとりだ。

 部下に対して確認して既成事実を作るかのようである。

 すっごく怪しいな。


 悪魔王国は世界で一番地下資源に恵まれている。

 このような場合、褒美として下賜されるのは宝石や貴金属なのに、ベリアルとエリゴスの没収した財産を渡すか?


 やっぱり何か裏がありそうだ。

 とりあえず確かめなくてはならない。


「トール! 悪魔の一番の好物は知っておるか?」


 アルフレードルがいきなり俺へ聞いた。


 おおっと!

 奇襲攻撃?

 だがその答えはどこかで聞いた事がある。

 悪魔との契約は魂を差し出せとよく言われるが、それは全くの間違いなのだと。

 実は悪魔が本当に好むのは……


「確か……悪魔が好むのは人が見る夢であり、特に叶った瞬間だと理解しています」


 念の為に言おう!

 ここで俺が言った夢とは寝ている時に見る夢ではない。

 そっちはバクが大好物。

 悪魔が好むのは人が目指す理想、叶えたい希望の事をいう。


「ふふふ、良く分かっているではないか。万が一、魂などと抜かしたらお前の魂をバリバリ喰らおうと思っていたわい」


 バリバリ喰らう?

 魂を喰われたら消滅してしまう。

 存在が消える。

 それは勘弁だ。


「ちなみに夢とは執着や執念にも繋がる。長き戦いが終わり平和になったこの時代こそ、夢を見て執着する……悪魔にとってはとても良い時代が来たとも言えるのだ」


「…………」


「トール! お前はあらゆる者が持つ執着の手助けをすればよい」


 アルフレードルが放つ言葉は何か謎掛けのようである。


 あらゆる者が持つ執着の手助け?

 何なんだ?


 俺は気になって問う。


「えっと義父上、……それは一体どのような意味でしょうか?」


「ははは、よいよい。ではバルバトスにアモン。奴等の財産を保管してある王宮の倉庫へ、トール達を案内してやれ」


「ははっ!」

「かしこまりました!」


 バルバトスとアモンが答えて謁見は終わった。


 褒美も一応貰えたし、まずはひと安心。

 しかし俺の発した問いにアルフレードルは答えなかった。

 今度会った時の……宿題ということだろう。


 俺達はアルフレードルに別れの挨拶をすると、バルバトス、アモンに先導されて王宮の倉庫へ向かったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ここです」


 王宮地下の倉庫へ俺達を案内したバルバトスはにこにこしていた。

 傍らに居るアモンの愛想の無さとはとても対照的である。

 

 バルバトスが宰相になってから、政務は上手く行っている。

 爽やかなバルバトスはアルフレードルのおぼえも良いし、周囲もシンパで固めている。

 これなら長期政権は間違い無いだろう。


 俺がそんな事を考えて倉庫の中を見ると、魔道具や美術品、稀少な金属がうずたかく積まれていた。

 奥には様々な武器防具もある。


 これがベリアルとエリゴスの財産?

 すっごい量だ。


 当然嫁ズも倉庫を覗き込む。


「おおっ! 凄い量だね!」と、驚くイザベル。


「わぁ! 素敵な装身具!」と、竜神族ならではの感想を述べるジュリア。


「全部高そうじゃ!」

「あのけち臭い悪魔が貯めたのなら当然高価でしょうね」


 ソフィアとアマンダは大袈裟に肩を竦めていた。

 そしてフレデリカは拳を振り上げるくらい気合が入っている。

 兄アウグストの商会運営がとても上手く行っているのでライバル心が凄いらしい。


「ようし! これでバッチリ儲けるわ」

 

「フレデリカ様、面白そうですね……アールヴにも骨董の収集家がいっぱい居ますから」


 フレデリカの気合に応えるのは元侍女のハンナだ。

 ふたりとも俺の嫁になったのだが、主従関係は続いている。


「お父様なんか典型的なコレクターですものね」


 アールヴにも骨董の収集家がいっぱい居る?

 フレデリカ父マティアスが典型?


 ん? 待てよ……

 おおおっ、閃いた。

 

 考え抜いた挙句、先程のアルフレードルの謎掛けが漸く俺には解けたのである。


 そうか!

 そういう事だったのか!


 合点のいった俺は豪華な財宝の前で納得したように頷いていたのであった。

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