闇に咲く花の色は……

ボンゴレ☆ビガンゴ

第1話

「ノブ……、ノブ……。私、アナタノコト許サナイカラ」


 道の向こうから、うめくような声が聞こえる。 月明かりも無い夜道。

 街灯だけが闇夜に続く葬列のようにぽつんぽつんと規則正しく並んでいる。

 僕は逃げ出すことも出来ず、立ちすくんでいた。

 まただ。僕の両足は地面に張り付いてしまい動かすことが出来ない。僕は夢と気付いていてもその場から逃げることが出来ないのだ。



「ネェ、忘レチャッタノ? 私コト」
 


 アスファルトに這いつくばり必死でこちらに近づいて来ようとしている女。垂れ下がる黒髪に隠されていてその表情を覗う事は出来ない。


「忘レルワケ、ナイヨネ。ダッテ、アナタガ、私ヲ殺シタンダカラ……」


 彼女の髪の間から赤い二つの瞳が、こちらを見つめている。闇より深い憎しみに満ちた真っ赤な瞳が。


「お……、お前なんか知らない」


 震える声で答える。その言葉ははたして少女に向かって言ったのか、それとも自分自信に言い聞かせるために言ったのか。

 自分でも分からなかった。


 がりがりとアスファルトを引っかくようにして這いずる少女。

 心臓の音が煩くなる。


「私ハ死ンダノニ、何故、アナタハ生キテイルノ……」


 くぐもった声で少女はうめく。


「し、知らない。そんなの知らないよ」


 必死に後ずさりするが、足は思うように動かない。


「アナタノ所為ヨ……。アナタノ所為ダヨ……」


 少女はギクシャクと操り人形のように身体をくねらせる。

 身に纏うセーラー服は赤黒く染まり、伸びた四肢には無数の青痣が散見される。


「違う!! 僕のせいじゃない!!」


「アンタノ所為ダヨ……。アンタノ……」


 少女は地面を這い近づいてくる。血の跡をアスファルトに刻んで。


「違う!! やめてくれ!!」


 憎悪に満ちた赤い瞳は僕を捉えて離さない。

 息が荒くなっていく。全身から汗が吹き出る。


「ノブ……、ノブ……。私、アンタノコト許サナイカラ。

ダッテ、アンタガ私ヲ殺シタンダカラ……」



 僕は恐怖に身を震わせて目を覚ました。

 見慣れた天井。いつもの汚れた部屋。静寂に包まれた慣れ親しんだ自室の中で、心臓だけが激しく脈を打っていた。

 全身は汗に濡れていた。それでも僕は分厚い布団を頭まで被り、目を瞑る。手足の震えはとまらない。

 

 久しぶりに見た悪夢。

 あれは誰なのだろうか。知らない少女。

 いや、多分、僕は彼女の事を知っている。でも、彼女が誰であったか思い出せない。本当に思い出せないのか、思い出したくないだけなのか、それすら自分でもわからない。


 ……分かりたくない。


 時の流れは降り積もる雪のようで、いくら景色を塗り替えるほどに積もったとしても、暖かな光が当たれば解けてしまう。


 そして、解けた後に現れるのは泥に汚れた醜悪な思い出の遺物なのだ。





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