第12話 共振


 ジャックとエルトの戦闘を、木の枝に座ったマリアは、緊張の面持ちで見つめていた。木といっても、10メートルの高さを誇る木々を見下ろすような、とてつもない巨木である。

 小さく華奢な外見にあるまじき運動能力は、マイクローゼによって置換された肉体故。

 しかし、肉体は変わってもその心はあくまで10代の少女だ。言いつけ通り、しばらくはテントの中でじっとしていたのだが、いつまで経ってもジャックが戻らず、募る不安の方が勝ってここまで来たのだ。

 森林を見下ろすその瞳は、未だに不安で揺れている。

 木々の揺れる具合とパンドラから送られてくる様子を鑑みると、どうやらジャックは防戦一方に追い込まれているようだ。

(わたしも……何か、できることを……)

 自分の為に死力を尽くしている彼のためにどうすれば良いのか――確実に迫っている銀色の影を振り払い、マリアは思考をめぐらせる。

 そして、思案に集中するためにいつの間にか閉じていた瞳が、何かを悟ったように静かに開かれた。

(ジャック……)

 自分の騎士を想いながら、少女は己の内に蠢くものへ、意識を収束していく――。


「……なんだ?」

 筒から矢を取り出していたエルトは、頭の中に突然わき起こった異質な感覚に、不愉快そうに眉を動かした。

 頭の中を何かが這い回るような感触の後、脳裏に、少女の声が響いてきたのだ。

『やめて……わたし達を行かせて……』

「なんだ……声か?」

 幻聴を追い払おうと頭をふるが、声はより鮮明に伝わってくる。

『なぜ、あなたは戦うの?』

「狩人は獲物を狩る為に存在している。獲物を狩る事は我々の存在理由そのものだ」

 仕方なく口を動かして答えつつ、弦を引いていたククリの指をはなす。

 射撃の瞬間、表情が曇った。

(……はずしたか)

 射程距離ぎりぎりから狙いを定めているため、少しの集中力の欠如によって大幅な誤差が生じてしまうのだ。《ククリ》の隠密性能を考慮した上で編み出した戦術のデメリットであった。

「チッ!」

 思わず舌打ちをしつつ、再びモニターに表示されたレティクルをにらむ。

 しかし、そこに標的である漆黒のシュタールリッターの姿はなかった。

『教えて、あなたにマイクローゼを注入したのは誰なの?』

 未だに頭の中に響く声に、苛立ちをぶつける。

「黙れっ!幻聴などに惑わされるものか!!」

『おねが――』

 一喝すると、頭に響いていた少女の声はかき消えていった。

 頭の中で何かが蠢く感覚を、頭を振って払いのける。

 そして、再びモニターへ意識を向けたエルトは、多少の冷静さを取り戻していた。

「見失った?」

 近くの木陰に隠れているのだろうと、先ほど狙った場所の付近の木をめがけて矢を放つ。

 しかし、矢で串刺しにした木の幹の向こうからは、何もでてこない。

「……」

 エルトの顔が、再び苛立ちでゆがむ。

「まさか、逃がしたのか?」

 標的である黒いシュタールリッターが持つ運動性能はそれまでの騎体とは比べ物にならない程に高い。

 それは、速射を得意とする自分が矢をつがえるよりも早く、次の遮蔽物の影へ走り込んでいる事だけでも十分に分かる。

 しかし、いくら機動力があるとしても、自分が悪態をついている数秒で、見えなくなる程に距離をあけられてしまうものだろうか。

 障害物を利用しているにしても、騎影が捉えられなかったというのはおかしい。

(いや、標的は逃げるような素振りは見せなかった……)

 最初、逃走に徹すると予測して立てていた戦術は、標的が果敢にも立ち向かってきたために変更を余儀なくされたのだ。

「となると……」

 すばやく周囲を映し出すモニターに視線を走らせ、腰部装甲に収納していたナイフを抜き放つ。

『はああああああっ!』

 気合いの叫びは、左からやってきた。

「窮鼠猫を噛む、というものか。驚嘆する機動性だな。あの距離もう詰めてくるとは」

 冷静にひとりごりながら、細身の騎体ならではの速度を乗せた横薙ぎの一撃をナイフで器用に防御する。

『エルト!剣を引いてくれ!』

「短弓だけがおれの得意分野だと思わないことだ」

『エルト!』

「うるさい!獲物がさえずるな!」

 標的よりも高い出力を活かし、触れ合った刃の角度を反らしてつばぜり合いを回避すると、そのままナイフを突き出す。

『うおっ!?』

 鋭い反撃に、黒いリッターから驚きの声が漏れる。

「あの頃とは……違う!」

 素早い刺突を連続で繰り出しつつ、勝ち誇ったように叫ぶエルト。

 その胸中で、マイクローゼによって堅く閉ざされていたものに亀裂が入った事は、本人も気がついていなかった。

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