天元推理学

星里有乃

プロローグ 巫女とタイムリープ

第1話 星を守るカノープス

 僕は手元にある羊皮紙に描かれた「案内図」を頼りに夜の川沿いを歩いていた。

  1月にしては暖冬で、薄手のコートで充分だ。街に灯りは少なく、星空と満月が道を僅かに照らしていた。


(こんなことならランタンを持ってくれば良かった)


 そんなことを考えていると、目的地である観光案内所に辿り着いた。西洋風の白い壁の建物だ。

 入り口には、

“ようこそ綺羅星の街-天元-へ”

 と書いてある。


 天元(てんげん)というのはこの小さな街の名前だ。星がよく見えるので綺羅星の街というキャッチフレーズを作ったのだとか。


 ステンドグラスが嵌め込まれた洒落たドアを開けると、フリードリンクのコーナーがあった。


 メッセージカードには、“お疲れ様です。天元名物ミルク珈琲をどうぞ”と書いてある。

 珈琲なんて大人の飲み物だと思っていたが、ミルク珈琲はほどよい甘さで中学生の僕でも美味しく飲める。


 観光案内所の中には、綺羅星の街というだけあって星座表や天体モチーフの雑貨が所狭しと飾られていた。地球儀やアメジストのクラスターも置いてあり、ちょっとしたお土産さんだ。値札が付いているので実際に売り物のようだ。帰りに何かお土産を買うことにしよう。

「おや、貴方が見学の加持(かじ)君かな?」


 後ろから声をかけられて、僕はここに来た本来の目的を思い出す。今日は進路を決めるためにこの観光案内所に来たんだ。


「カノープス(水先案内人)の仕事を見学に来たんですよね? ゴンドラは夜明けに最初の便が出ます。それまでゆっくり休んでおくといいですよ。」


 話しかけてきた老紳士は胸に船着き場責任者の札を付けていた。


 ゴンドラを自在に操るカノープス(水先案内人)は、この国公認の難関資格だ。一人前のカノープスになるためには、中学生のうちから養成学校に通い認定試験に合格しなくてはならない。


 努力の甲斐あって認定試験A判定の評価を得た僕は、職場になる予定の観光案内所船着き場の見学に来た。


 けれど認定試験に受かっただけでは本決まりではないらしい。


 カノープスの仕事を見学し“覚悟”が決まったら就職することになるそうだ。どういうことなんだろう……。

「それから、貴方の仕事のパートナーになる人がいるから挨拶しておくといいですね……道幻(どうげん)さん、新人のカノープスが来ましたよ」

 カフェスペースに20代と思われる男の人がいた。何やら真剣な表情で碁盤に向かっている。


「道幻さんの仕事は、ここで星の動きを守りながら囲碁を打ったり観光客のみなさんに囲碁を教えたりすることでね……なんといっても天元シティは星々を管理するのが本来の役目だからね……この世から星が消えたら大変でしょう? 私達が守らないと」


(何をこの責任者は言ってるんだろう? 星を守る? 役目? それと水先案内人の仕事に何の関係が……?)


「おや? もしかしてまだ詳しい説明を聞いていないのかな? カノープスのもうひとつの仕事…… “星泥棒の捜索” のこと……結構危険な仕事だからみんな1年持たずに辞めてしまうんだよ」


 星泥棒っていったい何のことだろう? 試験問題にはそんな内容なかったのに……。

「詳しい説明は私がします」

 気がつくと道幻さんが僕の隣に立っていた。当たり前だけど、中学生の僕よりずっと身長が高い……道幻さんは黒髪のサラサラした前髪で、くせっ毛の僕はちょっと羨ましい。道幻さんが落ち着いた口調で話しはじめた。


「天元シティは夜空の星々を管理している。最近は星泥棒が現れるようになったから要警戒体制でね。私が使っている囲碁の碁盤は特殊なもので、星の動きを管理しているんだ」


「来て見てごらん」


「道幻さんに案内されて、カフェスペースにある碁盤を覗くと碁石が勝手に碁盤の上を移動していた。まるで碁石が生きているようだ」


「これは星の動きなんだよ。この碁石は本物の夜空の星々だ。だから、碁石自らの意思で動くことが出来る。私達の仕事は星泥棒からこの星々を守ること」


 道幻さんが僕の方を見て優しく微笑んで、手を差し出した。


「はじめましてカノープス。私の新しいパートナー」



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